「……」
今藤の事情聴取に付き合った二人は教室を出て歩いていた。
「どうしたの?歩美?」
「さっきの冴香ちゃん。嘘ついてる」
「はあ?」
歩美の言葉に紗季は呆れたような声を出した。
「いや、いくら何でもそんなことが……」
「さっき冴香ちゃん口元をおさえていた。あれは嘘をつくときの仕草」
「で、でもどうして嘘なんかつく意味が……」
紗季は苦笑いで歩美の方を向く。
「考えてもみてよ。私は、咲田を知ってるか聞いただけなのに、嘘をつく意味がどこにあるの?仮に嘘をついていなかったとしたら、私が質問する前に『この画面にいるのは……』みたいな感じの事言ってたでしょ?それじゃつじつまが合わないじゃん」
「いや、でも……もしほんとに嘘をついてたらよ。じゃあなんで知らないなんて言ったの?」
紗季は声が震え出した。歩美ははっきり言う。
「それは、薬物の密輸に加担した、密輸組織の残党、もしくは、あの男を殺した犯人か……」
「……いや、まさかそんなわけ……」
紗季が「そんなわけない」と言いかけたとき、後ろから突然話しかけられた。
「よ、お前ら。何やってんだよ?」
「雪ちゃん」
「さっき冴香に会ったよ」
雪の言葉に歩美は驚く。
「会ったの⁉」
「あ、ああ。さっき松村と話があるって言ってたけど……」
「実は私達彼女に用があるの」
「何か冴香ちゃんと話したの?」
「いや特には普通に挨拶した程度だよ」
雪は平然と答えた。歩美はそんな雪を怪しげに見つめた。
「なんだよ。その顔」
雪は鼻で笑って歩美の顔を見つめ返した。
「前にも言ったが、好奇心は探偵の餌。怪しいと思うのなら、本人に直接聞けばいい。疑わしきは罰するのアイツなら何かわかるんじゃないのか?」
「……雪ちゃんってもしかして、何か知ってることでもあるの?」
「さあな。一つ言えることは、あそこの部屋で会ってるのは松村じゃなく、海だってこと」
雪は歩美たちがさっき出てきた部屋を指さした。
「状況によっちゃお前に情報をくれてやってもいい。でもあたしの正体に関しては自力でたどり着けよ。そこまで難しくないだろうからさ」
雪はそう言って去って行った。
「……行ってみる?」
「勿論。あそこまで言われたら気になるよ」
歩美は向きを変えると、さっきの教室の方へと歩いていった。
ガラガラ。ゆっくりとドアを開ける。
「誰?」
「ごめん。忘れ物しちゃって」
「何?携帯でも忘れた?」
「うんまあ、そんな感じ」
紗季と歩美は愛想笑いしながら、部屋全体を見渡した。
「ねえ。松村は?」
「ああなんか、ちょっと遅れるって」
紗季は冴香の元へ一歩ずつ近寄って行った。
「そういえば、気になったんだけど、アンタ、スカート長いよね」
「そうだけど?やっぱ委員長として、このくらい長くないと、困るでしょ?」
冴香はスカートを掴んだ。
「ふ―ん。でも、スカートは別に校則に書いてないでしょ?どうして守ってるの?」
「それは……」
冴香はスカートを掴んだ手を緩んだ。
「先の理由はまだ分かるわ。でも、太ももに何か隠してるとか?そうでもない限り、此処までスカートを長くしないでしょ?」
紗季は顔を傾けて言った。
「……まさかとは思うけど、ナイフか何か隠してるんじゃ?」
「そんなわけないでしょ?冗談うますぎ」
冴香は嘘をの無い笑顔で紗季の方を見つめ返した。
歩美はその後ろで段ボールをごそごそしていた。
「ナイフじゃなくとも、拳銃とか?」
「なっ……」
「こんなものまで用意しているとは、アンタ結構な手練れのようね」
冴香はじっと二人の方を見つめ返している。
「もしかして、昨日男性を殺したのは冴香ちゃん?」
「……」
冴香は下を向いて深くため息をついた。
「ここまでバレたらしょうがないな。良いよ。教えたげる。私は表では公安警察だが、裏では殺し屋よ」
「殺し屋⁉」
歩美は思わず拳銃を床に落とす。
その拳銃はそのまま冴香の方に引き寄せられ、冴香はそれを手に取った。
「フン。言っとくけど、ここまでバレちゃあ、後は警察に言うだけなんだから、形勢逆転の言葉は言わせないわよ」
「悪いけど、言っても誰も信じないわよ。殺し屋は日秀学園じゃ、メジャーじゃないし。それに私は、あの≪ラトレイアー≫が直接雇う殺し屋なんだから」
冴香の言葉に歩美は驚いて目を見開いた。紗季は立ったまま続ける。
「なるほど、あの≪ラトレイアー≫という組織はまだそんなに知られていないから言っても誰も信じないだろうってことね」
「ええ、その通り。それに、私の仕事が増えるだけだから」
「仕事が増える?」
不思議な言葉に、歩美は問う。すると冴香は、まるで包丁で切り裂いたような笑顔で言った。
「あの組織を知っている者を消すのが私の仕事。過去にはその名を知っているだけでも、死んだやつが居たわ」
「じゃあ、このまま黙ってろっての?」
紗季は冴香を睨みつけた。だが冴香はその瞳には全く動じなかった。
「いや。この組織は一度入ったら抜けられない。たとえ、裏の世界の人間だろうと関係ない。命の保証はない。それが≪ラトレイアー≫なの」
冴香は拳銃を降ろした。
「私は、その組織から抜けたい」
「え?どうして?」
「あんたらには関係ない」
冴香は紗季に背を向けた。
「あの組織を潰したいんなら協力するわ」
「なるほど。利害が一致したから、協力しろって?」
歩美は立ち上がり、冴香の方へ近づいていった。
「はい。握手」
冴香は、手を差し出す歩美の姿を見て思い出した。
――大丈夫?ほら、はい。
あの時、手を差し出してくれた友人と同じだった。
「……」
「?冴香ちゃん?」
「!あ、いや、昔の友達に似てたから」
冴香は目をぬぐうと、その拭った手を歩美に差し出した。
「これからよろしく」
「こちらこそ」
「あんたとは長い付き合いになりそうね」
紗季はそう言って歩美の隣に立った。
次の日。
歩美はパソコンで、2年前に起きたCIA殺害事件について調べていた。しかし、以前見れた記事は見つからなかった。
コンコン。
「すみません。依頼です」
「え、あはい」
歩美は答えた。そこに居たのは、彼方倫だった。