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「ヤっちまった……」
「ヤっちまったな……んふっ」
脱ぎ散らかした服を着直して、へたれた掛け布団に二人でくるまっていた。おれの頭を抱え込むようにして、葛葉がおれを抱きしめながら。
「なーに笑ってんねんのっ」
葛葉の手が、ぐしゃぐしゃとおれの髪の毛をかき混ぜた。髪が乱れる音と一緒に、葛葉の胸板越し、心臓の音が聞こえてくる。穏やかなリズムと、心地良い体温。にやけたおれの顔はきっと、葛葉の目には映っていない。
「なぁ、葛葉がここでおれのこと抱くの初めてじゃない?」
そう言って顔を上げ、見上げてみれば。葛葉はやけに小難しい顔をしていた。
「万が一、叶がここ来たら……どう言い訳すんだよ」
「こんな深夜だぞ? 来るわけないだろ。それに叶さんはああ見えて空気の読める人だから大丈夫でしょ。おれら付き合ってるの、叶さん知ってるし」
「なぁにが大丈夫だ。バレたらやばいのは俺だからな?イブと不破っちにもなんか言われそうだし……」
「イブと不破っち? なんでアイツらが出てくるんだ?」
ただただ疑問を口にしてみれば、上からは溜息が落ちて来る。
「ここでこんな事してたなんて、イブと不破っちの耳にでも入っちまったら……居た堪れないね」
「はァ? イブも不破っちも、おれの保護者じゃないんだが!?」
おれがそう言って声を上げると、葛葉がこちらを凝視した。苦虫を口の中いっぱいに噛み潰したみたいな、すんごい形相である。
「ローレン、ほんとそういうとこ」
「そういうとこってどういうとこだよ!? ここ、おれの部屋だし! おれがここで何をしようが、おれの自由だが!?」
「あ〜もう! ほんっっとなーんもわかってねぇ!」
それにここ、配信部屋だし! 神聖な職場だし! 淫行禁止!タバコ臭ぇし!風紀が乱れるわッ! と、葛葉は一人ワーワー喚いている。お前もおんなじぐらい汚ねぇだろ!!!
その間、犬をもみくちゃにするみたいにおれの頭はワシャワシャの刑に処されている。
ようやく葛葉の手が止まったかと思うと、今度は何やらぶつぶつと言い始める。
「それにエデン組のやつらもこえーんだよなぁ。とくにオリバーさん。俺がローレンに指一本でも触れようもんなら『踏み潰すぞ』って顔してる……」
おれは首をかしげてしまう。
「怖いかぁ? おれにはそんな事ないが?」
同期たちの顔を順番に思い浮かべてみた。
エデンには安全に暮らせる場所なんてない。
けれどいつからか、あいつらの傍が、おれの居場所になっていた。
パタちをはじめとするみんな、おれに対して口やかましい。やれ『掃除をしろ』だの、やれ『ゲームばっかしてないで外に出ろ』だの、やれ『ローレンってばいつまでもガキなんだから〜』って、ぜんぜんおれのことを敬いもしない。警備部隊なのに。
そのくせ。『たまには休んでくださいよ』『あの新作ゲームもうやった?』『ローレンの好きなアニメのグッズ引いたんであげるよ〜』って。
まったく。
アイツら、おれのことなんだと思ってるんだ?
長い時間一緒にいる、エデン組のアイツら。
アイツらは……おれにとって……。
「あ゛〜ッ! 俺がローレンにここで手ぇ出したことバレたら、マジで出禁される!」
「お前、おれがいくら出禁にしても無視するくせに?」
「だぁからぁ! そうじゃなくてぇっ!」
「おれが何をどこでどうしようが、みんな知ったこっちゃないだろ」
たとえおれが、どうなろうとも。
誰も困りはしない。
ついに葛葉は頭をかかえて悶えだした。
なんなんだ、さっきっからコイツ。
情緒不安定か? 働きすぎなんじゃね?
葛葉が何をそんなにグダグダ言っているのか、おれにはさっぱりわからなかった。
ひとしきりウダウダし倒した葛葉が、顔を上げた。
「ローレン、お前分かってる?」
「なにが?」
「自分がめちゃくちゃ愛されてるってこと」
「……は?」
ふたたびおれは、首をかしげてしまう。『?』マークが頭の中を埋め尽くす。
「最近は後輩まで……ここ来るたび、ヒヨコどもにまで監視されてる気分になるんだよ。ローレンに変なことしたら俺、みんなに殺されるんじゃね?」
そうなのか?
どっちかと言うとみんな、おれより葛葉の肩ばかり持ってる気がするんだが。
葛葉と喧嘩してると、だいたいおれのせいにされるし。
「ローレンは、アレだな。箱入り娘ならぬ箱入り息子か。大事にされすぎてて、大事にされてるっての、わかってねぇんだ」
——はぁ?
それって、つまり。
葛葉がおれのこと大事にしているのを、おれがわかっていないから、おれはみんなに責められてたってこと?
「付き合いたての頃、なるせに付き合ってることを報告しに行ったことあっただろ?」
「ああ、おれの知らないうちにお前が一人で勝手に」
「ちゃんと言っとかねぇとって思ったから」
「おれも一緒に連れてけよ」
「だって連れてったらテキトーに済ませちまうだろ」
「……まぁ、否定はしないが」
おれが口をもごつかせていると、葛葉が細く息を吐いた。やけに神妙そうな口ぶりで、言葉をつづける。
「あいさつに行って、言うのを……今年一緊張したわ。 心臓が口から出るかと思ったわ」
その時のことを思い出しているのか、葛葉が静かに目を伏せた。長いまつ毛が頬に影を落としている。
しばらく黙ったままだった葛葉が、視線をふたたびおれへと寄越す。真剣な顔だった。
「あの時なるせ、『ローレンをよろしく頼む』って俺に頭下げてなぁ……。あんな言われたら俺、ローレンのこと一生大事にするしかねぇじゃん」
「……」
あいつが、そんなことを言っていたとは。
体を直角に折り曲げ、葛葉に頭を下げるなるせの姿を想像してみた。
……いやいや、別に。
アイツ、おれの親じゃないし。
付き合いが長く、おれとバカなことをやってたのは確かだけど。
おれのこと、容赦なくぶん殴るくせに。
あのなるせが……。
そもそも、そこまで詳しい話を当時おれは聞かされていなかったのだが。
「あー言うつもりなかったけど……なんか今日、めっちゃ口が滑る……」
そう言って葛葉は、口元を手でおおった。
確かに今日の葛葉は、どこか様子が変である。減らず口は多いヤツではあるが、こういう話題はあまり口にしない。
さっきだって、あんなにおれに好きとか言っ
て……。
そういえば。
はたとおれは思い出す。
媚薬を買った時、YAMAZONのクチコミに書いてあったっけ。
『ふだんは無口な彼が、ベッドの中で好きっていっぱい言ってくれました』
『結婚して五年目。倦怠期ですっかり関係が冷めていたけれど、最近会話が増えて、新婚の頃に戻ったみたいです』
『遠距離恋愛中で気持ちがすれ違ってばかりいた彼女と、腹を割って話せた』
『なかなか言えなかった自分の気持ちを彼氏に素直に伝えたら、彼ってばさらに優しくなりました。想いを伝えるのって、とっても大事ですね』
おれらが飲んだあの媚薬。
素直になれるとか、言えなかった気持ちを言葉に出せるとか……そういう効果があったのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ポツポツと話す葛葉の声が、耳に届いた。
「……大事にしたいんだよ。だから、あんまがっつかないようにしてたのに……」
そう言うと葛葉は、枕にぼすんと突っ伏した。しばらくしても顔を上げる気配はない。
おれは葛葉の、まんまるの頭を眺めていた。
——ああ、好きだなぁ…と思った。
おれは、葛葉が好きだ。
隙間のあった距離を、詰めてみる。
葛葉は相変わらず、うつむいたままだ。
二人分の体温のこもる布団は、あったかい。
冬の朝、布団から抜け出せないでいる気持ちとおんなじように、ずっとこのぬくもりに包まれていたいなと思った。葛葉のそばから、離れたくなかった。
「……くずは」
おれが呼びかけると、ようやく葛葉が、ゆっくりと顔だけをこちらに向けた。
よっぽど気恥ずかしいのか、目元に少し、赤みが滲んでいる。
「なぁ葛葉……もっと…ずっと、そばにいろ」
言ってから、おれは自分が酷いことを口にしていると自覚した。
葛葉がどれだけの時間を他者に割いているのか。
トップのVtuberは配信だけにとどまらない。番組や案件だってこなしている。他箱との交流も自ら率先して請け負って、ミーティングや打ち合わせもしているとも聞く。
限られた時間の中、寝る間も惜しんで、自身の鍛錬だって手を抜かない。
おそらく葛葉は、にじさんじのなかでも上位に、多忙を極める男である。
——みんなの、葛葉。
「まぁ俺なりに、努力してるつもりなんだけど……」
葛葉がしおれた声で言う。おれはただ、葛葉の顔を見つめ返した。
うん、知ってる。
おれはお前の頑張りを、ちゃんと知っている。
お前がわざわざこうして、おれに会いに来ていることも。
『ローレンの顔見たら、もうひと頑張り出来そうな気がする』って、くたびれて笑うお前の顔を見て、おれの方こそ癒されてるんだってことも……おれはちゃんとわかっている。
でも、おれはとことん、性格が悪いので。
「そもそも! こっちに来いと声をかけてやったおれの誘いを断ったお前が全部悪い!」
「なにそれ。まだ根に持ってた? 俺ら付き合う前のはなしだろ……」
「出た! あ〜出た出たッ! 付き合う前のことはぜ〜〜んぶ不問にしろ! っていうモテ男の吐く最低ワード、ベストスリー!!」
勢いよくおれが起き上がれば、葛葉も体を起き上がらせた。二人して布団の上であぐらをかいた。
「まぁ俺、あの時モテ期来てたからなぁ」
「ちょおおおォォォい!? この期に及んで『自分、モテるんで』アピールしてんじゃねぇ! おれをフッたこと、棚に上げるな!」
「だからぁ。そっちに行くのは断ったけど、ローレンをフッたわけじゃねえよ」
「うるさいうるさい! あ゛〜ッ思い出したらムカついてきた!! この! 赤目! 塩顔! イケメン顔!!」
「なんだその悪口のレパートリー。顔面集中型か」
「と! に! か! く! お前の顔はいけすかんッ!!」
「ローレン、俺のこの顔好きなのに?」
「はぁぁぁ!?」
「だってお前、俺 に一目惚れしたんだろ?」
「は!? ちげーし!! ……、……。——はぁぁァァ!? ちゃうわっ!! 顔っていうか、おれはお前のから、っ」
「ええっ俺の身体が目当てだったんすか~?」
ローレン ドすけべじゃんっ! と葛葉はふざけたことをぬかし、大笑いし始める。笑う葛葉の声が、部屋に響き渡る。
いつもの葛葉だ。いつものおれら。
会えば喧嘩したり。ふざけ合ったり、笑い合ってみたり。葛葉といるのは、とても楽しい。こういう時間が、ひどく心地良い。
この感じがなんだか、おれらっぽい。
なのに、いつからだろう。
おれはいつからか、物足りなくなっていた。
「葛葉、」
おれは——……
「おれはお前と……もっとずっと、一緒にいたい」
気づいた時には、言葉が口からこぼれ出てしまっていた。
ずっと言えずにいた気持ち。
大それた願い。
こんなのただのワガママだ。
そんなの、自分が一番よく分かっている。
葛葉の笑い声が止む。さっきまでの賑やかさの余韻のせいで、沈黙がやけに重苦しい。葛葉の顔から、笑顔が消えた。
「そんなこと、言うなよ……」
ほらみろ。
言わなきゃ良かった。
こんなこと、言ってもムダだ。
バカバカしい。
明るかった雰囲気が、嘘みたいに消えてしまった。おれらのあいだの空気が、だんだんと重く冷たいものになっていく。
おれの望みは、葛葉を追い詰めるだけだ。
葛葉を苦しめたい訳じゃない。
なのに、おれは——……
こんな気持ちになるくらいなら。
葛葉のことなんか、好きにならなきゃ良かったんだ……。
「こっちは、必死なんだよ……」
葛葉が顔を俯ける。
掠れた声で、葛葉が言った。
「お前と、一緒にいたくて」
葛葉の髪が、さらりと流れた。
おれはそれを、目で追った。
触れたいな——と、思った。
その髪に、まあるい頭に。
お前はじゅうぶん頑張ってるぞって。
お前は偉いなぁって。
凄いぞって。
やさしく言葉を投げかけて、葛葉の頭を撫でてみたくなった。
なぁ、葛葉。
おれはそんなお前のことが……。
やさしくしてあげられたら、どれだけ良かったことだろう。
「足りん」
なのにおれは。
おれはお前に。
お前みたいに、やさしくなんてしてやれない。
「こんなんじゃ足りない。もっと。もっと、一緒にいろ」
だってお前は。
お前はいつだっておれに、おれの期待以上をくれるから。
「そうは言っても、限度があんだろ……」
困ったように、葛葉が首裏をかいた。
わかってる。
きっとここが、おれらの行き止まりなんだろう。
葛葉が長く息を吐いた。
次の言葉を聞くのが怖かった。
おれはもっと、葛葉と一緒にいたい。
でももう、これ以上は——……
「じゃあ、結婚するか?」
葛葉の言葉に、思考が停止した。
——コイツ今、なんて言った?
軽口や冗談を言うことはあっても、決して無責任なことは言わない葛葉がまさか、『なら、ウーバーイー◯する?』みたいな軽いノリで言い出した。
脳の情報処理が追いつかない。おれが無言で固まったままでいると、
「えーその反応、どっち……」
葛葉が両手で顔を覆ってしまった。覆った手の隙間から、「めっちゃ恥ず」「ダサっ」と小さな声が漏れ出てくる。耳が。葛葉の耳が、赤くなっている。
ようやくおれは、理解する。
葛葉の言葉と、自分の気持ちを。ようやくおれは理解した。
理解してしまえば、簡単だった。言葉が出てくるよりも先に、体が動いた。
おれは葛葉に、思いきり抱きついた。
「うわっ!?」
飛びかかる勢いで抱きついたおれのことを支えきれず、葛葉がうしろへと倒れ込んだ。勢い余って倒れた先、おれは布団におでこをぶつける。
息を大きく吸い込んだ。布団に染みついた香りを感じる。自分の匂いしかしなかったここの布団に、いつの間にか葛葉の匂いがまじっていた。
そんなちっぽけな変化に、おれはなぜだか、無性に嬉しくなってしまうんだ。
「重っ!」
「支えろよ!」
コアラみたいに、おれは葛葉にガシッとしがみついた。
「無茶言うなー」
葛葉の手が、おれの背にまわる。ぎゅっと抱きしめられて、布団の上を転がった。
「おい葛葉! おれの面倒しっかり見ろよ! 一生! おれは返品不可だからな!」
「あーも〜〜記念日とかにちゃんとしたシチュエーションで言いたかったのに最悪ー」
ごろん、ごろん、と左右に行ったり来たりを繰り返す。回っていた視界が、ピタリと止まる。
「おれは最高なんだが!?」
見上げながらおれがそう言えば、葛葉が顔をくしゃっとほころばせた。笑って下がった目の端が、ちょっぴり湿っていて。キラキラ光っているみたいに、おれには見えた。
「くずは!」
背中にまわしたお互いの腕がふりほどかれぬように抱きしめ合った。
「くずは、すきだ!」
深夜の部屋 に、おれの声が響き渡る。「うっせっぇ!」とクスクス笑った葛葉が、「おれの方がローレンのこと好きなんで」って言うもんだから。今度こそおれは、大声で笑ってしまった。
おい葛葉。
それ、なんの勝負だ?
「おれの方がお前のこと好きだから、おれの方が勝ちだ!」
「俺だ!」
「おれだ!」
お互い負けじと、叫び合った。
騒音を聞きつけ、誰かが来たらどうしようか。
そんな考えはほっぽり出して。さらに二人して、ぎゅうぎゅうと抱きしめ合った。
「やっぱ、俺の勝ちだなぁ……」
「どっから来るんだ、お前のその自信……」
さすがのおれでも呆れてしまう。
コイツ、ほんと負けず嫌いだな。
「ローレンが俺に一目惚れする前から、おれ、ローレンのこと好きだったから」
「へ?」
「そういうことで、俺の勝ち」
「ちょおおおォォォ!? 待て待て待てッ! そんなこと、おれは一度も聞いてない!?」
「…………だって、言ってねぇもん」
ぎゅーーっとおれのことを抱きしめる力が、強くなる。聞き取るのがやっとの声で、「みんなのローレンを独り占めしたいって……口が裂けても言えねぇ……」と、葛葉が言った。
おいおい葛葉。
お前、本気出しすぎだ。
肋骨のあたりがミシミシいってて……ちょっと痛い。
「おいっ! もっとやさしく抱かんかい!」
「いつも! やさしく抱いてるやろがい!」
あれ?
なんでおれら、喧嘩してるんだっけ?
なんだか全部、どうでもよくなって。
二人で顔を見合わせ、額を突き合わせて。
どちらからともなく吹き出しては。
大きな笑い声をあげた。
いつかこの声が枯れて果てるまで。
ごろりん、ごろんっ。
くたびれた布団の上で、二人一緒、笑いながら転げまわった。
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終わり
コメント
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第7話、めっちゃ良かった…!最後の「結婚するか?」からの流れ、声出そうになったわ。あの葛葉が本気で口にした感じ、そしてローレンの「おれの方が好き」って言い合い、もう完全にこっちまでニヤニヤ止まらなかった。媚薬で素直になるって設定も効いてたし、エデン組の存在がじんわり効いてる構成が好き。mihさんの描く二人の距離感、ほんと絶妙だわ…!
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琳埜
75
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