第一章 氷狐の最期**
異世歴一九〇年、三月一日。
この日、のちに「空地大戦」と呼ばれる、異世界の秩序を決定づける戦争が始まった。
地の底深くから現れた地下帝国軍五万を率いるは、将軍・葵。
対するは雲海上にそびえる天空神殿、その守り手たる天空神殿軍五千。
その総大将は大妖怪・四季。
数字だけ見れば勝敗は明白——誰もがそう思っていた。
だが天空神殿軍は、ただの五千ではない。
そこに集うは妖怪たち。
人の身で抗し得る相手ではなかった。
◆過去の夜襲
地下帝国軍は過去に一度少佐率いる三百の精鋭で、カラス天狗族の族長・俊を討伐出来るか試した。
「全員、止まれ。……ここから先は音を立てるな」
右側から十の敵影——だがそれは罠だった。
俊の「暴風刃」が放たれた瞬間、突如現れた竜巻が二十人を空へと吹き飛ばす。
竜巻には無数の刃が混じり、生身では到底防げない。
「甲亀陣営!」
少佐の号令とともに兵たちは一つに密集し、鋼鉄の盾が外側を覆った。
だが、俊の二撃目「暴風縮矢」が解き放たれたとき——甲亀陣営は一息で半壊した。
一瞬にして三百名、全滅。
俊はただ静かに告げる。
「防御兵を増やせ。……侵入者を、二度と通すな」
その後、地下帝国軍が再び現れることはなかった。
◆現在の翌朝・右側戦線
夜明けと同時に、地下帝国軍大佐・円率いる一万の兵が前進。
対峙するは、獣系妖怪族長・玉の九百体。
玉は自軍の副将・九尾に軽く尻尾を触りながら言った。
「ねぇ、九尾。西側の防御お願い」
「……戦場で尻尾触りながら言わないでください、玉さん」
二人のやり取りは緊張をほぐすわずかな時間だった。
九尾は副将として兵を率い、西側の高野へと向かう。
◆氷狐の戦い
右側戦線ではすでに少佐率いる千三百と、九尾の副将・氷狐の五十が衝突していた。
氷狐は静かに息を吸う。
「……氷柱矢雨」
空から無数の氷柱が降り注ぎ、帝国軍前衛を半壊へと追い込む。
だが兵力差は埋まらない。
帝国軍第二・第三部隊が側面と退路を同時に塞ぎ、氷狐隊を包囲した。
氷狐は即座に判断する。
「愛嬌、濠楽。退避経路を確保して」
だが彼らは奮戦むなしく討たれ、残されたのは氷狐と数十体の兵のみ。
「……皆、合図で逃げて」
「何を言うのです、共に——」
「氷壁」
氷狐が放った氷の壁が何重にも展開し、仲間と敵を隔てる。
しかしその壁は、氷狐自身が妖力を注ぎ続けなければ保てない。
「この壁は……私が支えている。だから皆、早く」
「では我らも残りま——」
「吹雪!」
暴風が兵士たちを強制的に後退させる。
彼らの視界に残ったのは、妖力を使い果たし、ゆっくりと倒れていく氷狐の姿だった。
「……皆、元気でね」
帝国軍三部隊の雄叫びが響く。
「氷狐、撃ち取ったり!」
氷狐隊、生存二十。
帝国軍、生存三百。
その戦いは悲しくも、静かに幕を閉じた。
◆左側戦線——雷狐と九尾
同じ頃、左側の戦場では合分中佐の一千七百と、九尾の百五十がにらみ合っていた。
雷狐と騎馬隊が激突し、戦線は混迷を極める。
やがて雷狐は包囲され、死地に追い込まれた。
「……俺らの死地なら、最後くらい暴れてやるか」
しかしその瞬間、遠方から炎が走る。
「大炎竜!」
九尾だった。
雷狐隊を覆っていた包囲網に炎が穴を空け、退却路が生まれる。
「死ぬな、雷狐!」
だが雷狐は九尾の制止を無視し、最後の力で突撃する。
「放電崩!」
雷鳴にも似た爆光が戦場を飲み込み、雷狐と敵三百は跡形もなく消えた。
九尾は声もなく、その場に立ち尽くす。
そして静かに炎を纏い、怒りを燃やし始めた。
「全軍……雷狐と氷狐の敵を討つ!」
乱戦の果て、九尾は合分の槍に貫かれ、最後の妖術・大炎暴風を発動。
双方は全滅した。
獣系妖怪族族長玉の副将及び九尾軍隊長九尾↑
◆中央戦線——円と玉
その頃、まだ戦況を知らぬ玉と円の本陣が動き始めていた。
円は六千を連れ突撃し、玉は七百で迎え撃つ。
だが双方の戦いは、ある存在の登場で大きく変わる。
「桜吹雪」
無数の花弁が舞い、獣系妖怪は癒やされ、帝国軍は傷を負う。
現れたのは天空神殿総大将・四季。
「友達が虐められてたら助けるのが普通でしょ?」
円は最後まで戦い抜き、四季の技——「四季合草」によって静かに崩れ落ちた。
消える間際、円は微笑んだ。
「葵……さようなら。あの世で待ってる」
円軍の兵たちは絶望し、そして円の遺した手紙に涙した。
——“私の後を追うものは誰一人として許さない。
死ぬ気で幸せになりなさい。
……葵様を頼んだよ。”
兵たちは武器を捨て、退却した。
そして地下帝国大佐・円と獣系妖怪族長・玉の戦いは終わりを告げた。
◆つづく
獣系妖怪族族長玉 ↑
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