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座標が示したのは、街の喧騒から隔絶された、霧深い山奥に佇む旧軍の地下シェルターを改装した研究施設だった。
豪雨と闇が視界を遮る中、俺は情報屋サカキから奪うように受け取った電子キーを使い、厳重なセキュリティが施された裏口を突破する。心臓の鼓動が耳の奥で爆音のように響き、握りしめた拳は怒りと焦燥で白く震えていた。
コンクリートの冷たい廊下を、警備の目を潜り抜けて最深部へと突き進む。防犯カメラの死角を縫い、立ち塞がる警備員を隠し持ったスタンガンで沈め、俺はようやくその「部屋」へと辿り着いた。
「……いたぞ」
強化ガラスで仕切られた「処置室」。そこは、人の尊厳を無機質な数値へと還元する、現代の地獄だった。
二つの並んだ手術台の上で、白と黒が四肢を金属製の拘束具で固定されている。彼女たちの細い腕には何本ものチューブが繋がり、首筋の静脈からは、強引に変異させた細胞を徐々に壊死させ、激痛と共に体力を奪う「調整用」の毒素が、不気味な蛍光色を放って絶え間なく注入されていた。
「……あ、……あ……」
白の瞳は力なく揺れ、その唇は紫に震えている。黒もまた、体内を駆け巡る毒の痛みに耐えかね、意識が朦朧とした状態で、時折喉の奥で小さく呻くだけだった。
「ふざけるな……!!」
俺は消火器を手に取り、強化ガラスへと叩きつけた。一度、二度。激しい衝撃音が室内に響き渡り、ついにガラスが粉々に砕け散った。
「誰だ!? セキュリティはどうした!」
色めき立つ白衣の研究員たちを、俺は野獣のような勢いで蹴り飛ばし、真っ直ぐに二人のもとへ駆け寄った。
「白! 黒! 今助ける、今すぐだ!!」
俺は荒々しく毒のチューブを引き抜き、金属の拘束具を一つずつ解いていく。解放された白の身体を抱き起すと、彼女の身体は驚くほど熱く、呼吸は浅い。毒によって体力が削り取られ、命の火が細くなっているのが手に取るように分かった。
「……ごしゅ、じん……さま……?」
白が、霞む視界の中で俺を捉え、震える指先で俺の頬に触れた。毒の苦しみの中でも、彼女は俺を忘れてはいなかった。だが、その過酷な「処置」が、彼女の脳のブレーキを完全に壊していた。
「えへへ……。アタシ、もう……死んじゃうのかなぁ……。だったら……最後、もっと……メロメロにして……」
意識が混濁した白は、死への恐怖と苦痛を、俺という唯一の希望で塗りつぶそうとするように俺の胸に顔を埋めた。執拗に俺の匂いを嗅ぎ、熱い吐息を漏らしながら、蕩けたような表情で俺の首筋に何度も頭を擦りつける。
「動くな! 彼女たちの『解毒剤』が必要なんだろう?」
奥の扉から、武装した警備員を引き連れた責任者の男が現れた。その手には、一本の透明なアンプルが握られている。
「その毒は、我々のメンテナンスなしでは三時間で全身の細胞を停止させる。返してほしくば、大人しく降伏しろ」
「……降伏? 笑わせるな」
俺は床に転がっていた、まだ蛍光色の毒液がなみなみと残っている大型の点滴パックを拾い上げた。そして、それを研究員たちの頭上にあるスプリンクラーの配管へと無理やり繋ぎ、メスでその袋を裂いた。
「おい、何を……!」
「知らないのか? この毒は、経皮吸収もされるんだろ。お前たちが彼女たちに打っていた『死の雨』だ。今ここでこの袋を完全に引き裂けば、この部屋にいる全員が彼女たちと同じ地獄を味わうことになる」
男の顔が、一瞬で土気色に変わった。自分たちが生み出した「毒」の恐怖を、誰よりも理解しているのは彼ら自身だった。
「解毒剤を……渡せ。さもなくば、お前たちもここで一緒に『細胞の停止』を体験してもらう。……三、二……」
「待て! 待て、分かった!!」
責任者は震える手でアンプルを投げ出してきた。俺はそれを鮮やかに空中でキャッチし、すぐさま二人の腕に打ち込んだ。
一瞬の静寂の後、二人の荒い呼吸が次第に穏やかになっていく。毒が引いていくと同時に、今度は安心感からくる、さらに甘ったるい、溶けるような「メロメロ」とした視線が俺へと向けられた。
「……ご主人様ぁ、アタシのこと……絶対、離しちゃダメだよ……?」
俺は二人を両腕で力強く抱きかかえ、血の匂いと消毒液が混ざり合う施設を後にした。
嵐はまだ続いている。だが、もう二度と、彼女たちの手を離すことはない。地獄の淵から連れ戻したこの重みこそが、俺が守るべきすべてなのだ。