青黒
感動
『ほな、またな。』
あにきとまろは、血の繋がりはなかった。
けど、誰よりも近い兄弟やった。
あにきは5つ年上。まろが小学一年のとき、親の再婚で一緒に住むようになった。
最初はぎこちなかったけど、あにきはいつもまろの隣におってくれた。
ランドセルが重くて泣いたときも、いじめられて帰ってきた日も。
いつも「お前は大丈夫や」って言ってくれた。
まろにとって、あにきはヒーローみたいやった。背も高くて、絵もうまくて、明るくて。
何があっても「俺が守ったる」って、笑って言える、ほんまにかっこええ兄貴やった。
――あの日までは。
高校の帰り道やった。
あにきとまろは一緒にチャリを押して、商店街を通ってた。
まろは、美術部で描いた絵が賞をとったって、うれしそうに話してた。
「あにき、見てや! この賞状! これ、美術館で展示されるんやで!」
誇らしげに笑うまろに、あにきも嬉しそうにうなずいた。
「そりゃすごいやんけ、まろ。お前はやる思てたで」
ほんまに、なんでもない、いつもの日やった。
でもその一瞬で、全部変わってしもた。
歩道の端で信号を待ってたとき、向こうから暴走車が突っ込んできた。
赤信号なんて関係ない、無茶苦茶なスピードやった。
「――まろっ!!」
咄嗟に、あにきが突き飛ばした。
まろは地面に転がり、擦り傷を負っただけで済んだ。
けど――
あにきは、車の下敷きになって、血の中に倒れてた。
あの光景は、まろの頭から一生消えへん。
何度も叫んで、泣いて、あにきの名前を呼んだ。
でも、あにきは返事をせんかった。
奇跡的に命は助かった。
けど、あにきは脊髄を損傷して、もう自分の身体を動かすことはできんようになった。
目だけは、ちゃんと動く。でも、しゃべるのもしんどい日が増えていった。
それでも、まろの名前だけは、呼んでくれた。
「……まろ……お前は、生きて、絵を描け……」
ベッドの上で、弱った声でそう言った。
あにきはもう、学校も辞めてしまってた。
進学を夢見てた美大も諦めた。
ほんまなら、まろより先に夢を叶えるはずやった。
それを全部、まろのために失った。
まろは、描き続けることでしか、何も返されへんと思った。
――それから2年。
あにきは車椅子に乗れるまでにはなったけど、もう身体はほとんど動かんかった。
まろは、必死に絵を描いて、美大にも合格して、少しずつ夢に近づいてた。
ある春の日。
あにきを連れて、小さな丘に行った。菜の花が一面に咲いてて、遠くに街が見渡せる、あにきの好きな場所やった。
「あにき、これ見てみ。おれが初めて描いた……油絵やねん」
まろは、スケッチブックを見せた。
そこには、丘の景色と、ふたりの背中が描かれていた。
あにきは目を細めて、それを見つめた。
「……お前、ほんまに……上手なったなぁ……」
その言葉に、まろはこらえきれず、涙があふれた。
「なんで……おれなんか、庇うてくれたんや……あにきが……生きてたら、もっとええ絵も描けたやろに……!」
「アホか、お前……」
あにきの声は、震えてたけど、ちゃんと笑ってた。
「お前がおってくれたから……俺、生きてこれたんや。お前が、俺の誇りや……」
その言葉が、あにきの最後の言葉になった。
その夜、眠るように、静かに旅立った。
まろの手を握ったまま――
それから一年。
まろは、あにきの描きかけのスケッチブックを引き継いで、個展を開いた。
タイトルは『ほな、またな。』
まろとあにき、ふたりの絵が並ぶ展覧会には、たくさんの人が涙を流してくれた。
空を見上げて、まろはつぶやく。
「なあ、あにき……見てくれてるか? おれな、お前みたいな絵描きになれたで」
頬を伝う涙を、指でぬぐって。
「――ほな、またな」
まろは、笑った。
泣いたあとで、ちゃんと笑った。
コメント
2件
うわああ...目から滝がああ くっそ感動じゃないかぁ...