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今日も今日とて、俺を取り巻く日常は——まるで地獄だ。
「これ、この間話した大人気のチョコレート。美衣の喜ぶ顔が見たくてネットで購入してみました!」
「譲さんきゅー!すっげぇ嬉しい!」
「ほら美衣ちゃん。俺の膝の上で食べたら~?」
「「美衣美衣!僕らが食べさせてあげる!」」
「………みい、あーん……」
「みんな気持ちは嬉しいけどさ、俺の身体は一つなんだぜ?だからみんなで仲良く食べようぜ!」
あああぁ……うるさいうるさいうるさい!!!
どうにもならない怒りは、目の前に山のように積まれた書類の束を睨むことでしか鎮められない。
ここは生徒会室。
仕事をするために設けられた場所だぞ。
間違っても、黒木美衣(くろき みい)こと転校生の尻を追っかけるための空間じゃねえ。
そもそも、なぜそいつが生徒会室にいやがる!
ここは一般生徒は立入禁止だぞ!
……いやまあ連れてきたヤツの目星くらい、ムカつくほど簡単につくが………。
転校生のケツを追っかけて、規則ぶっちぎってでも連れてきたのは俺以外の生徒会役員。
学園を背負う存在である俺たち生徒会の仕事は多岐にわたる。
イベントの企画から、会議、そしてひっきりなしの事務作業。
毎回6人で分担してギリギリ終わる量を、それを今は俺ひとりで捌いていた。
理由は明確。
他の役員が仕事を放棄しているからだ。
俺になんて目もくれず。
……なぜ、こうなってしまったのだろう。
ほんの一ヶ月前まで、俺たちは仲間だった。
生徒会長である俺が揶揄混じりに他の役員に指示を出して。
副生徒会長の永原譲(ながはら ゆずる)が優しい笑みを浮かべ、ひとりひとりに合った紅茶を淹れて。
会計の密門博哉(みつかど ひろや)は下半身ユルユルで心身共にチャラいと噂されているが、根は良い奴で生徒会の良きムードメーカーだった。
書記であり双子の宮城隆一と裕一(みやしろ りゅういち・ゆういち)は、無邪気な笑い声で部屋を満たしてくれて。
そして補佐の坂下 信朗(さかした のぶあき)はデカい図体に内気で無口、基本無表情といった性格だが、時々見せるはにかんだ笑みが可愛くて、生徒会のマスコット的存在で癒やされていた。
……信頼していた。
何よりも安心できて、居心地のいい場所だと思っていた。
少なくとも俺にとっては。
たとえどんな難題が来ようと、こいつらとなら乗り越えられる。
そう信じていたのに——
それは、ただの俺の自惚れだった。
すべて壊れてしまった。
突然、嵐のごとく学園へやってきた、たったひとりの生徒の手によってこうも呆気なく。
そしてそれは生徒会だけでなく、学園全体を巻き込みながら。
理事長の甥というコネを乱用し、堂々と潜り込んできた転校生は次々に役員たちの心を奪っていきやがった。
そして惚れに惚れちまった生徒会役員は、他の者に抜け駆けされないよう我先にと仕事をボイコットし、転校生にかかりきり。
当然、役員の親衛隊は激昂し、憂さ晴らしのように暴力が横行した。
風紀委員は取り締まりに追われ、学園全体がパニック状態。
それは、創立以来最悪の崩壊だった。
はあ……。
もう何度目かも分からない深い溜息が、口からこぼれた。
「おい結来っなにため息ついてんだよ!俺たち親友だろ!?悩みがあんなら親友の俺に話せよな!」
……なんなんだ、こいつは。
やたら甲高くでけぇ喚き声が、疲れ切った心身に不快感をもたらす。
いや、不快なんて甘い言葉じゃ足りねぇ。
これは憎悪、怒りや憎しみに近い感じだ。
つかそもそも、誰がお前みてぇなビッチと親友だって?ああ?
俺は親友どころか、同じ人種とすら思ってねえわ!
俺は人間。
おまえはそうだな……宇宙人だ。
だからつまり、一緒にすんなボケ!
それにこのため息も、悩みの種も……
8割方てめぇが原因だわっ!
ちなみに残りの2割は仕事をしない役員への呆れと、5人分の仕事を押し付けられ、まともに睡眠も食事も取れていないストレスだ。
——それからあと、結来って呼ぶな!!
俺の本名——咲谷結来(さくや ゆいき)。
厳つい俺とは似ても似つかない女みたいな名前が昔からコンプレックスだった。
親しいやつにも下の名前は呼ばせないようにしてるのに、こいつは出会って5分で「親友」を名乗り、愛称で呼び合おうとかそんな鳥肌もんの宣言を満面の笑みで言いやがったのだ。
……勘違い乙。
自称親友キラーですか、おめでたい。
今まで幾度となく疑問が積もってきたが、なぜこんないろいろ痛いやつに周りは現を抜かすのか……。
生徒会役員に選ばれたからには責任感とかそういうものはないのか?
学園を裏切ってでも、そいつに気に入られりゃそれで良いのか?
……なんで、俺を置いてお前らは離れてしまったんだ……っ
「………黙れ。部外者はとっとと失せろ」
「なっ!?〜〜っ親友にそんなこと言うなんて最低だぞ!それに部外者なんて悲しいこと言うなよ!俺たち親友だろ!?」
「俺はてめぇなんかと親友になった覚えはねぇ。さっさと出てけ。俺にはまだ、やらなきゃいけない仕事が山ほどあるんだ」
「っ、そんな酷いことばっか言うから結来の周りには人がいねえんだよ!謝れよ!今謝れば、俺も許して……」
バンッ!!!
机を叩きつけた轟音が、喧騒を一瞬でかき消す。
「……もう一度だけ言う。出ていけ」
喉元から絞り出したのは、自分でも驚くほど感情のない声だった。
真っ黒で顔を半分覆う、見るからにズラな天パのせいで表情は読めない。
だが白くなるほど唇を強く噛んでいるのを見れば、内心で沸々と煮え立つ憤怒が見て取れた。
だがそんな俺とは裏腹に、“あいつら”は違った。
「あなた最低です。見損ないました……会長」
転校生を庇い、前に出たのは——
『仕事して下さいよ。ば会長』
譲……っ!
冷たい瞳をしていた。
あの笑顔で紅茶を淹れてくれた、優しい譲の姿はそこにはなかった。
「美衣ちゃん、半径5メートル以内に会長に近づいたら妊娠させられちゃうよ~?」
『ほらほら会長~。いくら会長ができる子だって、無理は禁物!身体壊したら元も子もないでしょーが』
博哉…っ、
軽口はいつも通りでも、その瞳は笑ってなかった。
「「もうさーーここにいても横暴な誰かさんのせいで苛々するし、どっか別のとこ行こうよー」」
『『ねえ会ちょー!この仕事終わったらさあ食堂の期間限定ケーキ食べにいこ!』』
隆一……裕一……
全く同じ動作で不満そうに口を尖らせ、転校生の肩を抱く双子。
その光景に、俺は強く拳を握りしめた。
「……みい…い、こ……」
『……か…ちょ、……な、か…てつ…だ……』
お前まで……信朗……
低く沈んだ声で、それだけを残して。
「……そうだな!結来の八つ当たりには付き合いきれないしな!」
いつの間にか転校生の震えは消えていた。
そして役員全員が転校生を囲むように、部屋を出ていった。
———誰も、ひとりとして、俺のことなんて見向きもせずに……
「……………っ、」
静寂に包まれた生徒会室。
目の前には、嘲笑うかのように積まれた書類の山。
個々の机には埃が積もり、長い間使われていないことが一目でわかった。
——だから結来の周りには人がいねえんだぞ!!
「——っ、…っく、しょおぉおぉぉぉ!!!」
おまえが……おまえがそれを言うのか?
俺の仲間を、俺の大切な場所を、全部奪ったお前が……っ!!
「………ざ、けんな……っ、」
背もたれに身体を投げ、腕で目を覆う。
暗闇に浮かぶのは、転校生が来る前の幸せだった日々。
俺と譲、博哉と隆一裕一、そして信朗—。
あの日常が、あんなにも幸せだったんだな……。
込み上げる熱いものを堰き止めるように、俺は拳に力を込めた。
***
国立神宮聖(しんぐうせい)学園。
その名を挙げれば知らない者はいない、名実ともに国内最高峰と称される超名門男子校である。
初等部からの持ち上がりで、特例がない限り中・高・大とエスカレーター式で進学するこの学園の生徒たちは、まるで超一流ホテルのような寮で快適な日々を過ごすことを約束されていた。
学園が所有する土地の広さは全国の名門校でもトップクラス。
また、食堂をはじめとした日常生活に欠かせない施設にも一切の妥協はなく、最新技術と多額の費用が惜しみなく注ぎ込まれている。
ここまでくれば、毎年の入学希望者数が異常なほど多いのも当然だ。
そのため、理不尽な不満や父兄からの抗議を避けるため、学園が正式に新入生を受け入れるのは初等部のみと定められている。
結果として、学園には容姿端麗で芸能界とのコネを持つ者や、裕福な家庭に生まれ将来を嘱望される者などが大半を占めるようになった。
そうして優秀な人材が集う神宮聖学園では、生徒の自主性や尊重性が重視されている。
中等部までは教師が統括するが、高等部からは選ばれた生徒が一般生徒を引っ張る、理事長に次ぐ権力を持つ二大組織——「生徒会」と「風紀委員会」が選出される仕組みとなっている。
役員の選出方法は、容姿の良さはもちろん、人望、才能、成績など、あらゆる面でずば抜けた優秀さを条件としており、父兄や一般生徒からの不満が出ないよう細心の配慮がなされている。
そして何より重要なのが、学園全生徒によって開催されるビッグイベント——「抱きたい男」「抱かれたい男」ランキングである。
そのランキング上位者のみが、役員という権力を持つ者になるための切符を手にすることができるのだ。
今回の主人公もまた、その学園制度で選出された——成績優秀、イギリス人の叔母から受け継いだ銀髪と青い瞳、鍛え上げられた体躯を誇る“抱かれたい男ランキング1位”の、生徒会長様であった。
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