佇む姿は、見るからに人のいい伊達男である。女性的で薄い身体ではあるが、背筋の通った凛々しい佇まい。垂れ目で愛嬌のある顔立ち。そして、特徴的なミルクティーの色をした細く柔らかな髪。
一目見ただけでは、とても彼が400人もの敵兵を葬った兵士とはわからない。
しかし幼い顔立ちとは相容れない、彼の胸元から肩にかけて輝く勲章の数々が、事実を物語っている。ただいま、その左胸の一番目立つ箇所に付けられた大佐の証を、葛葉は見ていた。
無名の孤児であった叶が、たった今、正式に省内指揮官の職位になろうとしている。年齢さえわかっていれば、大佐の官位としては最年少であるのは間違いないだろう。
昇進を祝う小さな式典に並ぶ面々は、官位が上がるにつれ豪華になる。大佐以上の役職が並ぶ中で、叶は一層目立っていた。
その功績を祝うように、昇った太陽が勲章を照らして眩しく光った。
「ラグーザ様、御覧頂き光栄でございます」
挨拶が一通り終わった本人は、最後に葛葉の元に向かってくる。既に少将である葛葉の前で彼は、大佐の顔で美しい敬礼をした。
今となっては違和感しかない二人の間の敬礼だが、普通軍の上司と部下はこうなのだ。特に叶には角が立たないよう、表では礼儀作法を弁えようと釘を刺されていた。流石のポーカーフェイスである。
とはいえ流石に堅苦しいのは苦手だ。それ故、人目の多い場所で葛葉に敬礼をするのは一種の合図でもある。葛葉は軽く会釈してから、叶に続いてその場を離れた。
「くずは!みてみて、かっこいいでしょ」
人気の無い空間ですっかり毒気が消えた叶が、案の定はしゃいだ声音で勲章を見せつけてくる。
「すごいすごい。格好良い」
「全っ然見てないもんね」
葛葉が、「見えてる見えてる。360度どこでも見えるから、俺」と答えると、指摘した本人は「も〜!」と口を尖らせた。公的な時間が特別長く続いたせいか、いつもより激しめに子ども返りしている。
思わず「テンションやば…」と洩らすと、
「いや、気のせいですけど。大佐は普段から凛々しい御方ですけど」と、横から澄ました声が飛んできた。
何気なく叶が口にした『大佐』という単語だけ、浮いて聴こえた。確か葛葉が少将に昇進したときも、叶に同じ事を言われた気がする。
事実上、これで二人共省内で働くことになるのだ。これまでのように、現場指揮として遊撃に出るのは減るだろう。部下を連れて遊撃に出ていたあの頃が懐かしい。
葛葉は目を細めた。
「にしても昇進早えな。まあ大戦真っ只中だし、上がバタバタやられてるから空いた枠埋める為に必要とされてるんだろうけどさ」
なんか誰でもいいみたいじゃん、と叶が抗議の声を上げる。
それはそうだ。指揮官の威厳に泥を塗ることになる____他人に聞かれたらかなりまずい会話である。ところが、指揮官の職位につく、軍で特段権利を持った人間が必然的に減っているのは事実だった。
叶も心当たりがある様子で、「……でも確かに」と同調する。
「僕より強い人材は沢山いるしね。最近諜報員の暗殺者が軍にも潜り込んでるって言うし、気をつけなきゃ」
なんとも言い難い空気になったところで、叶が「そういえば、」とこちらに顔を上げた。
「今日国の記念式典で、僕たちも軍の宴会に呼ばれるらしいんだけど、行く?」
ああ、と深く溜め息をつく。そういえばそんなんあったわ。
「俺ああいうとこ嫌い…現場の方がまだいい」
「それは知ってる。でも良いよ〜社会経験のためにもさ。葛葉に必要なのはコミュ力と話術くらいだし」
「え〜でもぉ…酒とか出るし、ダンスとか…」
葛葉は悩んだ。正直人の多い場所は苦手だ。お偉方との会話はやたらとエスコートが必要とされるし、酒は基本的に苦手である。生まれもあってダンスはそれなりに踊れるが、香水の匂いがぷんぷん漂う女性に次々と誘われるのはトラウマ物だ。それに、気を重くさせる事情も少なくない。
「どうする?葛葉が出るなら僕も行くけど」
「あ〜〜わかった!行く。俺の側離れたら殺す」
葛葉の答えに叶が上機嫌に笑う。
わかったわかった。そう言う声が完全に緩みきっている。
うわあ、これは恥ずかしい。後々部下にバラされるな。
ただでさえ宴会の件で気分が下がっているというのに、再び葛葉は溜め息をついた。
「あぁ〜あ!もういい、いい。準備出来たら迎えに行こうと思ったけどやっぱやめた」
その言葉に叶の口角が少々引き攣ったのを、葛葉は見逃さない。
「いややっぱりかっこいいですよラグーザ少将閣下は。ほんっと僕なんて足元にも及びませんし……何度助けて戴いたことか」
「そんなことあったか?」
「いや、僕もちょっと忘れ………あ〜…一回、くらい……?」
ちょうど別れる直前まで会話は続き、葛葉は護衛と共に自室へ向かった。
少将ともなればそれなりの個室が与えられる。部屋の前には護衛が2人つくし( 監視の役目も果たしているのだが )、葛葉のような例外でなくとも、大抵望みのものは手に入れることが出来る。
特に、ラグーザ家のような軍と協定を結んだ魔族は特別だ。今日のような場でもドレスコードさえ意識すれば、軍服以外を着用することも許可されていた。
ラグーザ以外にも魔族は少なくないのだが、彼らに合わせて毎度身なりを整えなければならないのは悩まされる。軍服が一番着やすいのだ。
だるい、と内心繰り返しつつもシャツ、ジャケットの類をクローゼットから放り出す。
最後の仕上げに、戦場ではなかなか身に着けることが出来ない指輪を通すと、支度は完成した。
護身用に持っていくべきかそうでないか悩んだサーベルは諦め、代わりにピストルを2丁懐に忍ばせて個室を後にする。
会場はいつになく騒がしく、人の声や食器の音が響いていた。給仕の女や軍服を着た男で溢れ返る人混みを掻き分け、叶の姿を探す。
望まぬ挨拶に疲れ始めた、その時。
「お待ちしておりましたよ」
ひやっとする何かが首元に触れた。
「バぁっ……はァ!!?お前ぇ……っ!」
勢いよく振り返ると、そこには赤ワインのグラスを掲げて微笑む叶の姿。
少々不躾なやり取りは、喧騒に飲まれて消えた。ひとまず注目の的にならないで済んだ葛葉は、ほっと胸を撫で下ろす。
例の叶は葛葉のリアクションにけたけた笑い転げている。
「にしても、人が多いねぇ」
叶を横目で見遣ると、会場の人の数に気圧されたのか、感慨深く目を細めていた。
「ホントだな………って?あれれ〜??そういえば叶大佐は式典、今年で初めてだっけ?あれ?」
「まあね…なにぶん名誉ある授与式を終えたばかりで……………って、葛葉みて!あっち!」
「んん〜?……UFOなら引っかかんないよ?」
叶の目線の先を横目で追った。
あれ見て、と指を指した先には、葛葉と同じく上品な装飾品で着飾った貴族らしき人影がある。
「あ〜…、たぶん、魔族だろうな。俺らと同じで名高い魔族にはいくつか声がかかってるようだし。戦闘要員じゃねえの」
「へぇ〜…いいねぇ。」
ほう、と叶が見惚れるような溜め息をつく。
ちょうどそのタイミングで、突然、会場の証明が消えた。次に眩しいほどのスポットライトが集まった先は、ステージの上に佇む、ひとりの女だった。毎年恒例の、大将位に就く人物の、挨拶である。
そう、彼の御人が、軍の総指揮官のシャルロット・ラグーザ。____葛葉の父方の祖母である。
「噂には聞いてたけど葛葉のお祖母様わっかいねぇ……僕より綺麗だよ。」
「まあな。まじであのばあさん、恐ろしく元気だよ。……俺はあんまり好きじゃないけどさ」
漆黒の華やかなドレスを纏ったシャルロットは、葛葉と数千の歳の差がありながら、並べてみてもその歳の差を感じさせない魅惑的な若さがある。幼さが残る顔立ちとは反対に、美しさの威厳を感じる重い声。これが大戦で600の敵兵の血を浴びた、この国一の歴戦の兵士の姿だ。
彼女が軍を束ねるようになったのはほんの二年前から。
人間界の軍隊さえ半ば魔族に支配されたようなものだった。葛葉は彼らのやり方が昔から気に食わない。人間が好きな葛葉と、人間を道具同然に捨て駒にする魔族たちの溝は大きい。葛葉が少将以上に昇進出来ていないのも、彼らとの信条のすれ違いが大きな原因だった。
葛葉がパーティーに来るのを渋った大きな理由はまさにこれ。葛葉からすれば、毎年恒例の面倒臭い催しに、さらに家族絡みの面倒臭い問題が加わった、といった具合だ。
「…あの女から人間好きの父上が産まれたとは到底思えん」
「確かにねえ。一人で将軍隊で将軍隊くらいの戦力あるって言うし」
対する叶は好奇心が抑えられない様子で、顔を輝かせてスピーチ中のシャルロットを見つめている。
なにやら一通り挨拶が終わったらしく、彼女が会釈をした。再び照明が静かに消え、会場が闇に包まれる。周囲の人も会話をし始め、喧騒が戻ってきた。
そこで、異変が起きた。
一分ほど待ったところで、会場はまだ夜に融けたままで明るくなる気配がない。異変を感じた人々が、ざわざわと不自然に騒ぎ始めた。しかし、ここに居るのは大佐以上の兵士である。多くは冷静にあたりの人と確認を取り始め、パニックになっている者はひとりも居ない。
__ひとりも?
葛葉はそこで、違和感に気がついた。サッとあたりを見回す。違和感の正体は直ぐにわかった。給仕に呼ばれていた人々が、いなくなっている。どおりで、女人の声が聴こえないわけだ。
「く、葛葉、これ……人が減ってない?」
「ああ、」
「葛葉…?」
我ながら、葛葉は勘がいい。”そう”考えれば、会場に残ったのがシャルロット含め一部を除く指揮官であることにすべて合点がいく。
そうだ。ここにいるのは____
「叶、まずいことになった」
そういったときにはもう走り出していた。
「葛葉!?」叶の引き留める声が後ろからしたが、足を止めることはない。
ここにいるのは、軍の中でも人間派の兵。
逆にここにいないのは魔族派の兵、だ。
夜目の効く身体で良かったと思った。闇に慣れた葛葉の眼なら、人間の髪一本ですら見逃すことはない。
向かう先はもちろん、シャルロットこと、総指揮官の元だ。
『まあ大戦真っ只中だし、上がバタバタやられてるから空いた枠埋める為に必要とされてるんだろうけどさ』
『どうする?葛葉が出るなら僕も行くけど』
『あ〜〜わかった!行く。俺の側離れたら殺す』
ごめん、叶。俺はまた間違えたかもしれない。
「…こんなパーティー、来るんじゃなかった」
この時はまだ、葛葉は自分の大きな誤ちに気付いていなかった。
コメント
26件
めちゃめちゃ好き!! 次の作品が投稿されるのを待ってます!!早く読みたい!!
これハッピーエンドにはならないって分かってるけどしんどい好き((え 現代までこれが繋がって叶と葛葉ハッピーエンドなんですよね。わかります((は
再投稿(?)です 色々トラブりましたがじゃんじゃん読んでください