そして、力尽きた……。
もう腕が上がんない。上位魔法、めっちゃ疲れる。
流石に途中から上位魔法だと土地が荒れ過ぎると反省し、下位魔法に切り替えたけれど、あたしの荒ぶる内なる魔力は自重してくれなかった。
結果、疲れまくったあたしは、今日は星が瞬き始めると同時に早々に床につくはめになってしまったわけだけど。
体は怠くて眠いのに、魔法が使えるようになった興奮からか、眠ろうとしてもなぜか眠りに落ちることができない。そして、眠いのに眠れなくて悶々とするあたしの横には、同じように寝転んで穏やかな表情で星を見上げるリカルド様がいる。
ポツリポツリと、リカルド様と交わす会話はとても和やかだった。
「君の魔力は無尽蔵だな。あんなに魔法を撃ったというのに、まだ枯渇していないとは」
「体力の方が先に尽きるなんて、情けないです……」
日頃の運動不足が身にしみる。リカルド様に倣って朝の鍛錬とかやった方がいいんだろうか。
「君が卑下するところなど微塵もないが。そもそもそんなに魔法を連発できる人材など、世界広しといえど、指折り数えられる程度だ」
「リカルド様、優しい」
「いや、純粋に事実だ。最後の方は随分魔力の制御もうまくなっていたし、あまり急に無理することはない」
「でも、楽しくて」
そう口にした途端、星を見ていた筈のリカルド様が急に起き上がって、あたしをまじまじと見つめた。
「楽しい?」
「はい。だってこの一年、ずっと魔法が使えなくて落ち込んでたんですもん。魔法を使えるなんて、そりゃもう楽しいし、嬉しいですよ」
「……そうか、そうだな」
納得したように何度も頷いて、またあたしの横にゴロンと寝転ぶ。なんだかその横顔が寂しそうで、あたしは訊かずにはいられなかった。
「リカルド様、どうかしました?」
「いや、俺もそうだった。最初に魔法を放てた時は、ユーリンのように楽しかったのを思い出した」
なんだか遠い目をして、リカルド様は口を閉ざす。
こんなにバカスカ魔法を撃てて、人が知らないような便利魔法まで使えて、それでもリカルド様は楽しくないんだろうか。
「リカルド様、魔法……楽しくないんですか?」
あたしの質問に、リカルド様は数分考え込んだあと、ゆっくりと答えた。
「そうだな。もう随分と長いこと……いや、魔法を放てた翌日からは既に、楽しいと思って魔法を使うことなどなかったと思う」
「よ、翌日!?」
それは酷い。
こんなに才能に溢れているというのに、それを嬉しくも楽しくも思えないなんて。
あまりの驚きに素っ頓狂な声を上げたあたしを寸の間見て、また星空を見上げたリカルド様は、掠れた小さな声で訥々と語り始めた。
正確に言うと、魔法を全く楽しんでいなかったというと語弊があるかも知れない。新たな魔法に出会った瞬間は、心が高揚する場面もそれなりにあったように思う。
ただ、それは同時に罪悪感も伴うものだった。
俺が生まれた家は、一族揃って老いも若きも剣術一筋で、その力と技に重きをおく者ばかりだった。
悪く言えば脳筋。
体力自慢の父も祖父も兄弟も、魔法なんかには見向きもせず、むしろ魔術師を馬鹿にしていた部分もあったように思う。ちょうどザルツ教諭が騎士家系の俺に無条件で反感を持つように、きっと相容れないものがあるのだろう。
幼い頃の俺は兄たちと比べたら成長がとても遅く、チビで貧弱で、容姿までが女の子のようだったと聞いている。走れば転び、剣すら持ち上げられず、父に怒鳴られてはよく泣いていた、出来の悪い子供だった。
毎日のようにケガをしては、母に魔法で癒してもらう日々。
なんの拍子だったのか、母の真似をして回復魔法を唱えた時のことは、いまでもはっきりと覚えている。
「まあ!凄いわ、私の可愛いリック! 貴方には、魔法の才が宿っていたのね!」
小さなことを見つけては褒めてくれる母だったが、この時は本当に髪の毛がボサボサになるくらい撫で回されて頬擦りされて、全力で喜んでくれた。
俺もなんだか誇らしくて、その日はたくさん母と一緒に魔法を練習した。
ところがだ。
夕食時に母に勧められ、父の擦過傷を癒した俺に、父は心底苦い顔でこう言った。
「お前という奴は……剣も持てぬと思ったら、魔法なんぞに傾倒しおって。不甲斐ない」
褒められるとばかり思っていた俺は、父のあまりの不機嫌さにショックを受けた。だが、もっとショックだったのはその後だ。
いつもは優しい母が烈火のごとく怒りくるって父を諌めたのだ。
怖かった。
今思えば、母はきっと俺を庇ってくれたのだ。子供の才能を潰すような発言をした父に、全力で抗議してくれたんだろうと思う。
多分、食事のあとに壮絶な夫婦喧嘩があっただろうことは想像に難くない。なんせ翌日の朝食時には、父から謝罪とともにお褒めの言葉を授かったのだ。
いつもは威張っている威厳ある父が、見る影もなく萎れて俺に謝ったのも子供心に怖かったし、昨日までは不甲斐ないと怒っていたというのに、「魔法の才を伸ばしなさい」と言われたのも怖かった。
父の言いつけを守るのは、騎士の家系では絶対だ。
魔法はそれから、俺にとってはただひたすら「伸ばさねばならぬ才」になった。
そして、本当は父をがっかりさせたに違いない剣術の鍛錬も、俺には欠かせないものになったのだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!