なんだか、可哀想。
リカルド様のお話を聞き終えて感じたのは、リカルド様のお父さんの言葉が足枷にしかなっていない虚しさだった。
「リカルド様のお父さんやお母さんは、今はリカルド様とか魔法のこととか、なんて言ってるんです?」
「自慢だと、魔法省の奴らの鼻をあかしてやれ、とそう言われている。もっと鍛錬しなければ」
「うーん……じゃあ、剣の稽古を続けてることについては?」
「特に何も言わないが、朝稽古はいつも満足そうに見ている」
そう言ったあとで、リカルド様は寂しそうに俯いた。
「どれだけ鍛錬したところで、俺には父や兄等ほどの才はないから、どうあがいても太刀筋にキレがないがな」
自重めいた言葉に、なんだかカチンときた。
「もう! なんでそんなに自虐的なんですか!」
「な、なぜ急に怒っているんだ」
「さっきはあたしに、卑下することなど何もない、的に言っておいて! リカルド様の方がずっと自分を卑下してます」
「そ、そうか……?」
「そうです!」
あたしはなんだか悔しかった。だって、女の子みたいにひ弱だった体を、小さい子供の頃から毎日毎日鍛えて、ここまで立派な体に仕上げたんじゃないの。もっと自分を誇っていい筈だ。
「あたし、聞いたことあります。リカルド様は騎士様と腕比べしても勝てるほどの力量だって」
「無論、一般の騎士となら互角に競う自信はある。だが、父や兄等に比べると」
「父や兄はこの際どーでもいいんです!」
あたしの剣幕に、ついにリカルド様は黙ってしまった。わけがわからない、という顔で困ったようにあたしを見つめるけれど、なんでこんなに悔しいのかなんて、あたしにだって分からない。
ただ、リカルド様自身が、自分をこれっぽっちも評価していないことが、無性に嫌だった。
「剣も持ち上げられなかった子が、今や騎士様と肩を並べるほどに成長したんですよ?」
「だが、俺の一族ではむしろ落ちこぼれだ」
「その人たちは魔法なんか使えないんでしょ? リカルド様、自分の魔法の腕前がどれくらいスゴイか分かってます?」
「これくらいは極めねば、騎士の一門に生まれておいて、わざわざ魔道を目指す意味がないだろう」
くううぅぅぅ〜〜〜! ああ言えばこう言う! こんな時ばっかり、めっちゃよく回る口だな、もう!
「ああもう! 剣も魔法も桁外れな実力だなんて、ホントすっごいんですよ!? お願いだからもっと胸を張ってよ! もっと自分を褒めてよ!」
「だが」
「だが、じゃない! リカルド様がそんなんじゃ、お父さんもお母さんも泣くよ!?」
「!?」
今度こそ、リカルド様は魂が抜けたような顔をした。
「な、なぜだ。親に泣かれたことなど、ない……はずだ」
リカルド様は思ったよりもずっと衝撃を受けたらしい。視線がうろうろとさまよっている。きっと頭の中は「なぜだ???」という疑問がぐるぐるしているに違いない。
「そりゃ、泣くは言い過ぎたかも知んないけど。だって、今はお父さんだってリカルド様のこと、自慢だって言ってくれてるんでしょ?」
「ああ、だから俺は期待に応えられるよう、これまで以上に鍛錬する必要がある」
「だーかーらー、そこがなんか違う気がするの!」
なにがこんなにひっかかるのか、自分でもうまく言えなくて歯がみする思いだった。そして、ふと思い当たってあたしはリカルド様にこう尋ねた。
「えっと……さっきあたしの魔法が成功したとき、リカルド様、あたしを褒めてくれたでしょ?」
「ああ、あれは素晴らしい威力だった」
「褒めてくれたのに、あたし、素直に喜べなかった。もっとちゃんと制御しなきゃって、そればっかり考えてて……リカルド様はなぐさめてくれたけど、あのとき、どう思ってました?」
リカルド様は少しだけ考えて、やがて少しだけ目尻を下げる。いつもの、気をつけてないと見逃すレベルの微笑みだった。
「ずっとできなかった魔法ができたのだから、まずは喜べばいいのに、と思っていた」
「ですよねー! あたしも今、同じ気持ちです」
「ははは、なるほど」
したり顔で頷いたら、リカルド様も今度は声を出して笑った。
「あたしたち、意外なところが似てるんですね。きっと、もっとちゃんと自分を褒めていいんだわ」
「そうだな」
「リカルド様のお父さんやお母さんだって、リカルド様がたくさん努力してるの知ってるでしょう? 褒められたら素直に喜んだほうが言った方だって嬉しいですよ。素直に喜んで、そしてまた頑張るぞって思えばいいんだと思うんです」
「ああ、母はそうかも知れない」
「お父さんは?」
「どうだろうな。俺は騎士の道を選ばなかったことで、父にずっと負い目を感じていたから、父の言葉を素直に受け取れなかったのかも知れない。魔法に喜びを感じるのは父への裏切りのような気がしていた」
「あたしも、リカルド様のお父さんの本当の気持ちはわかんないけど……でも、自慢だっていうのは本心だと思うなぁ」
あたしの言葉に、リカルド様はちょっと切なそうに目を細める。
「そうだろうか」
「うーん、あたしだったら、こんな息子がいたら会う人会う人に絶対に自慢するもの」
「はは、さすがにそれはないだろうが……だが、ありがとう。少し気が楽になった」
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