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オティーリエさんと別れたあと、お屋敷に戻るまでの間に、私は何とか気持ちの整理を付けようとしていた。
……あれはあれ、これはこれ。
どんな場所にだって、嫌な人間はいるものだ。
学校にだって、会社にだって、ネット上にだって、そんな輩はどこにだっている。
むしろあそこまで明確な害意を向けるだなんて、いっそ潔いじゃないか。
どっちつかずでいられるよりも、明らかに敵でいてくれる方が、考える量もそれだけ減ってくれる。
だから、これは悩むことでは無い。
お屋敷の中には持ち込まない。お屋敷の中は、私の安全地帯なのだから――
「――ただいま!」
大きな声で、悩みを吹っ切るようにお屋敷の中に入ると、階段のところにエミリアさんが座っていた。
「アイナさぁん……!」
エミリアさんは、何だかもう泣きそうな顔をしている。
……ダメだ。私も釣られて、泣いちゃいそう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひとまずエミリアさんとは、客室でお話をすることにした。
何となく、自分の部屋や食堂……いつも使ってる場所では話したくない気持ちがあったのだ。
「それで、今日は何だったんですか?」
まずはそう聞いてみる。
エミリアさんは朝から、レオノーラさんに理由も分からず呼び出されていたのだ。
「はい……。あの、オティーリエ様が戻っていらしたということで……。
それを、教えてもらったんです……」
「え? それってわざわざエミリアさんを呼び出すことなんですか?
確かに、凄い苦手にはしていましたけど……」
オティーリエさんには私も会って、思いっきり苦手になったばかりだ。
「わたしの苦手な気持ちを察してくれたようなんです。
突然会うよりも、先に知っておいたほうが良いでしょ? ……って」
「なるほど……」
むしろ事前には教えないで欲しい……そんな考え方もあるだろうけど、それは人次第かな。
ちなみに、私は先に教えて欲しい派だ。
「それで欝々とした気持ちで部屋の整理をしていたところですね……。
来てしまったんですよ、ヤツが……!!」
「ヤツ?」
「オティーリエ様が、わたしの部屋に来てしまったんです!!」
……エミリアさん、何だかゴキブリみたいな扱いをしてない? ……まぁ、気持ちは分かるけど。
「大変でしたね……。でも綺麗にしてたから、何か言われるってことも無かったんじゃないですか?」
「兎小屋って言われました! うわぁあーんっ!」
「え、えぇっと……。
それは、エミリアさんがウサギのように可愛いってことで……」
「それは前向きな解釈すぎますよ!?」
言ってから、自分でもそう思ってしまった。うん、ごめんなさい。
「ちなみにそのとき、レオノーラさんはいたんですか?」
「はい、途中から来て頂けて……。
やっぱりレオノーラ様は凄いですね。何だかんだで、オティーリエ様の話を違う方向に持っていくのが上手いんです!」
「へぇ……、凄いですね。
あんなのを誘導できるんだ……」
私は思い切り感情を揺さぶられて、不快になったり、怯んだりしてしまった。
そうならずに話を変える技術……いや、レオノーラさんから学んでみたいものだ。
「……え? 『あんなの』……って言いました?」
私の言葉に、きょとんとするエミリアさん。
「ああ……。あの、実はさっきお会いして……」
「え? 誰にですか?」
「いえ、そのオティーリエさんに……」
そう言った瞬間、エミリアさんの顔がこわばった。
「……だ、大丈夫でしたか!?
すいません! わたし、自分のことばかり!!」
「いや、何と言うかこう……凄い人ですね。
エミリアさんが、ずっと苦手にしていたのが凄い分かりました……」
「分かって欲しかったですけど、でも同じくらい、分かって欲しくなかったです……!
そ、それで何か言われましたか?」
「えーっと、思い出すのも嫌ですが、いろいろと悪口を言われたような気がします。
……そういえば、エミリアさんの話は出ませんでしたね」
「それは嬉しいです!」
分かります!
「あとは……ルークを奪ってやる、って言われた気がします」
「……ああ、オティーリエ様はルークさんが好きなんでしたっけ……。
でも、奪うも何も……ルークさん、今いないじゃないですか」
「いないことを知らないんじゃないですか?
それなのに、変な嫌がらせを受けたら嫌だなぁ……。
確か王位継承順位が第22位なんですよね。そんなお偉いさんに目を付けられるだなんて――」
「あ……」
「え?」
「その話なんですが……。ほら、オティーリエ様は『王族に伝わる試練』を受けに行っていたじゃないですか。
それをクリアしたので、王位継承順位が上がるそうなんですよ」
「……んん? 試練をクリアすると、上げるものなんですか?」
私のイメージだと、そういう順位は血縁的な順番で決まるのかと思っていたんだけど――
「その試練は、かなり特殊な位置付けらしいですね。
ちょっと詳しくは分かりませんけど、レオノーラ様がこっそりと教えてくれました。
……わたしにとっては、悪い知らせです」
「同感です。……うーん?
オティーリエさんは、王位継承順位を上げに行っていた……?」
レオノーラさんの内緒話によると、この試練に関連して、私の名前も王様の口から出ていたらしいんだけど――
……全然、繋がりが分からないぞ?
ただの聞き間違い?
それとも、もしかして私はヴェルダクレス王家の血を引いている隠し子――
……なんてわけはないよね。転生してきたんだし。
「何だか、よく分かりませんね」
「まったくですね……」
はぁ、と二人でため息をつく。
何とも気が重い。嫌な人間が一人いるだけでこのザマなのか……。
そういえばクレントスでも、こんなことがあったなぁ……。
やっぱりどこでも、こういう話は付きものなのだろうか。
コンコンコン
「はい? どうぞー」
ドアのノックの音に返事をすると、ルーシーさんが入ってきた。
「お話しのところ申し訳ありません。
ルークさんがお見えになられました」
「あ、うん。それじゃこっちに――
……え!? ルーク!?」
「えぇ!? ルークさんって、あのルークさんですか!?」
「えっと……、私は一人しか存じ上げませんが……」
私たちの反応に、ルーシーさんも少し戸惑ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
急いで玄関に向かうと、何とも懐かしい青年――私たちの仲間、剣の修行に出ていたルークが立っていた。
「ルーク!!」
「ルークさん!!」
「……アイナ様、エミリアさん!
ただいま戻りました!!」
私たちと目が合うと、ルークは笑顔をこぼした。
会うのは大体、一か月ぶり……あまり長くない時間かもしれないけど、それでもかなり長く感じる時間だった。
「お帰りなさい! もう修行は大丈夫なの?」
「はい、昨日の船で帰ってきたんです。
昨晩は師匠の家でお別れ会のようなものがありまして、今ようやく、ここに戻って来られました」
そう言えば、身体付きが少し大きくなった気がする。顔も引き締まったというか――
……え? たったの一か月で、こんなにも変わるもの?
「ルークさん、修行はどうだったんですか!?」
「なかなか大変でしたが、私の進む道が見えてきました。
これからはアイナ様のお側でお仕えしながら、自分なりの修行を続けていこうと思います」
修行の前に漂わせていた影のようなものは、綺麗さっぱり振り払われているように見えた。
でも修行は一か月という短期間だったし、どれほどのものだったのかは気になるところだ。
でも、今はとりあえず――
「こっちもいろいろあったんだよ!
そっちもいろいろあったと思うから、今晩はたくさん話そうね!」
「はい、喜んで!」
――最近は揃うことのなかった、いつもの三人。
今日はこの懐かしいメンバーで、とことん語り明かすことにしよう。