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スタジオの空気は、どこか張りつめていた。
ギターのチューニングをしている若井の隣で、
元貴はわざとらしく舌打ちをする。
「……その音、ズレてる。耳悪いの?」
棘のある言い方だった。
普通なら、言われた方は顔をしかめるか、言い返すかする。でも若井は違った。
「え、ほんと?直すね」
にこっと笑って、素直に弦をいじる。
その反応が、元貴の神経を逆撫でする。
(なんなんだよ、こいつ……)
イライラが胸の奥に溜まっていく。
少し離れた場所で、キーボードのコードを確認していた藤澤が小さくため息をつき、髙野と目を合わせる。綾華も、スティックを回しながら様子を見ていた。
三人とも気づいている。
このバンドの一番の不協和音は、音じゃない。
人間関係だということに。
「若井、さっきのコード進行さ…」
綾華が声をかけると、若井はぱっと顔を明るくする。
「うん、なに?」
その笑顔は、本当に自然で、誰に対しても変わらない。
元貴には、それが気に入らなかった。
「……気持ち悪いんだよ、その愛想」
ぽつりと落とされた言葉。
スタジオの空気が一瞬で冷える。
でも若井は、少しだけきょとんとしたあと、また柔らかく笑った。
「そっか。ごめん。」
謝る必要なんてないのに。
その一言が、逆に元貴の中の何かを強く刺激した。
「……別に謝れって言ってないんだけど。」
吐き捨てるように言って、ギターを強く鳴らす。
ジャーン、と乱暴な音が響く。
沈黙。
それを破ったのは藤澤だった。
「ねえ元貴、それさ」
穏やかな声なのに、芯がある。
「ちょっと言い過ぎじゃない?」
髙野も口を開く。
「若井、普通にやってるだけじゃん」
綾華も軽く肩をすくめる。
「嫌いなのは勝手だけど、空気悪くするのは違うよね」
三人とも、怒っているわけじゃない。
でも、ちゃんと線を引いていた。
元貴は一瞬だけ言葉に詰まった。
その隙に、若井が口を開く。
「大丈夫だよ、俺」
いつもの笑顔。
でもさっきより、ほんの少しだけ弱い。
「元貴さんの音すごい好きだし。一緒にやれるの、普通に嬉しいよ」
その言葉に、元貴の手が止まる。
理解できない、という顔だった。
嫌われているのに。
あんな態度を取られているのに。
なんでそんなことが言えるのか。
元貴は若井を睨む。
でも若井は、まっすぐ見返してくる。
逃げないで、ただ、そこにいる。
その目が、なぜか少しだけ、
怖かった。
「……意味わかんない」
そう吐き捨てて、元貴は視線を逸らす。
スタジオに、再び音が戻る。
まだバラバラで、どこか噛み合わない音。
でも、その中に確かに“バンド”という形があった。