最後は頼れるお兄ちゃん視点です。
「見たよ。いい写真じゃん」
今日も今日とて共演する大森くんに、控え室で会うなりゆるい笑みを浮かべながら伝えると、彼はにこりとやわらかい笑顔を浮かべた。
なにを、も、なにが、も要らない。俺が話題にしている内容を、寸分の狂いなくきっと分かっているから。
大森くんの横に座ってじっと見つめると、くすぐったそうに小さく笑いながら、なに? と首を傾げた。
優しく細められた目が、答えてあげるよと言ってくれているが、なんと言うのが適切か言葉を探すように言い淀んで、それでも気になるから思ったままを口にする。
「個人の仕事、なくていいって言ってたじゃん?」
「あぁ、うん、言ったね」
俺の言葉に、大森くんは少し意外そうに瞬いて頷く。はぐらかされないと言うことは、訊いてもいいってことだ。
「させたくないってこと?」
だから、思いっきり核心をついてみる。
すると大森くんは笑みを深めて、切り込むねぇ、と呟いた。
にっこりと笑う、ではなく、うっそりと笑うのが不気味だった。
時として笑顔は、怒鳴り声や不機嫌な表情よりもはるかに大きな恐怖を生み出す。楽曲のMVでもその片鱗を見せた彼に、こわいって、と思わず言うと、わずかに苦笑を滲ませた。人間らしい笑顔に安堵する。
あの日大森くんがしたことの一部始終を知っているけれど余計なことは言わず、仲間想いですもんねと各所にフォローを入れたことを、彼の死にそうな顔をしたマネージャーさんから感謝された。泣きながら頭を下げるマネージャーさんにすごく美味しい菓子折りをもらって、一体何者なんだもとぅーきぃーは、と引き攣った笑顔で受け取った。
俺はただ、見方によっては場を引っ掻き回しただけに映る彼の行動の意味づけに、少しばかり助力しただけだ。知り合いたちに対して印象操作を行っただけ。
好印象に動いた大部分は、大森くん自身の日頃の行いの賜物だ。
「させたくない、も、ちょっと違うかな。しなくていい、が正解」
とはいえ、思いの外それが嬉しかったと見えて、予想より素直に、深いところまで答えてくれた。
「……どう違うのそれ」
「俺プロデュースじゃない藤澤を世に出すつもりはないってこと」
与えられた答えの意味を、眉を寄せて考え込んだ末の結論は、束縛強すぎない? だった。
「若井くんにもそうなの?」
「若井にはそこまでじゃないよ。若井のことも大切だけど」
若井はそもそも隠して仕事受けないし、と続けられ、それだけでそんなに変わるものか? と首を傾げる。
納得がいきませんと言いたげな俺の表情を見た大森くんは、少しだけ思案する仕種を見せ、笑みの中に真剣さを滲ませて俺の目をまっすぐに見つめた。
「人間球体説って知ってる? 半球体説とも言うんだけど」
聞いたことのない単語に、は? と言いそうになり、知ってると思う? と答える代わりに無言で微笑む。
知らないことを馬鹿にする様子は見せず、大森くんはわかりやすい言葉を探すように視線を天井に向ける。
「元々人間って二人で一つの存在だったんだけど、神様にふたつに分けられちゃったんだって。ガチャガチャのカプセルみたいな感じで」
子どものときにやったガチャガチャを思い出し、なんとなくのイメージをつける。
半球と半球をくっつけて、球体になっているアレだ。
「で、半分になっちゃったから、完全体を取り戻すために人間は半身を探し求めているって話なんだけど」
「うん」
神話か何かなのだろう、博識だとは思っていたけれど、本当に多岐にわたる知識量だ。ジャンルを問わないのがすごい。どんな話でもついていけるのは強味だろう。
感心しながら聞いていると、ふいに昏い目をした大森くんが、ふふ、と笑った。
密やかな笑い声に、ぞわっとした何かが背中を走り抜ける。心霊スポットに行ったときに感じる、底なし沼のような恐ろしさに震えるような感覚だった。
「涼ちゃんは俺の半身なんだよね」
恍惚とした表情は、まるで恋を語る少女のようで。
演技だったなら良かったのにと思うほどには、狂気を孕んでいた。
「初めて会った瞬間に、この人だ、ってなったんだよ。若井がいなかったらMrs.自体存在していないけど、涼ちゃんがいなかったら、俺は完成してないの」
若井は必然にしてくれたけど、涼ちゃんは運命だったんだよ。
歌うように告げる大森くんは子どもみたいに笑っていて、無邪気な笑顔で愛を語る姿があまりにもアンバランスで危うく映る。
「……束縛ってか執着……?」
これ以上語らせるのはまずいと本能が告げるのに、ほろりと言葉が俺の口からこぼれ落ちた。
きょとんとした大森くんは、一転してははっと明るく笑った。
「まぁそう見えるよねー」
理解されなくても仕方がないと割り切っているんだろうか。
「……もとぅーきぃー的には違うんだ?」
スッと消えた笑顔と瞳の中のハイライト。
「だって元がひとつなんだから、それは執着じゃないでしょ? あるべき姿なんだから」
……うん、やめよう。
理解できないわけじゃない。ロマンチックな話だと思う。映画や小説の題材になりそうな、運命的な愛の物語だ。
なんと返せばいいか悩んでいたら、控えめにドアがノックされた。
はーい、と大森くんが応じると、おずおずと扉が開いた。
ひょこっと顔を出したのは奇しくも話題の中心にいた藤澤くんだった。
「え、どうしたの涼ちゃん」
嬉しそうに破顔して立ち上がる大森くん。とてとてと近付いて入室した藤澤くんに自然な流れで抱きついた。
もう隠す気もないらしい。
ちょっと困ったように俺を見た藤澤くんが、恥ずかしそうに頰を赤く染めながら、菊池さんいるから、と咎めるが、風磨くんは大丈夫、と笑って離れようとはしない。
そうなの? とすぐさま受け入れる藤澤くんに、ああ、これは心配するのもわかるかも、と妙に納得する。
ぴったりと大森くんをくっつけたまま俺の近くに来た藤澤くんと定型文のような挨拶を交わす。
どうしました、と改めて訊くと、本人もよく分からないと言う顔をしながら、
「えっと、うちのマネージャーが、今後も何卒よろしくお願いします、って、これを」
手に持っていた紙袋を差し出した。
「え、いいんすか? 前もいただいたのに」
「はい、菊池さんには大変お世話になっているので、と」
立ち上がって受け取る。有名な洋菓子店の焼菓子詰め合わせっぽかった。
「あんまり迷惑かけちゃダメだよ涼ちゃん」
「俺なの!? 元貴じゃなくて!?」
「涼ちゃんだよ。ね? 風磨くん」
俺に振らないでくれと思いつつ、曖昧に笑って誤魔化す。
何かしたっけ? と首を傾げた藤澤くんの首筋に生々しい傷痕を見つけて、それどうしたんすか、と言いかけてやめた。
もとぅーきぃー、君に友達認定されてて良かったわ。
終。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
コメント
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完結、ありがとうございます 好きが詰まった❤️💛のお話で、また読み返します!
良すぎて昇天するところでした😇 本人たちの心情もいいけど周りからみた2人の絡みも尊すぎる💗 やっぱ愛され涼ちゃんと激重大森さんは最高すぎて… ほんとに書いてくれてありがとうございます🍏✨
完結、ありがとうございました✨ もう本当に大っ好きです❤️ ❤️のマネさんとのやりとりとか、絶対に💛に触らせないところとか、怒ってるのに怒りきれなくなってるところとか、あるべき姿とか何回読み返したらことか🫠 自分、こんなに愛重な❤️さん好きだったんだと気付くことができました🫣 これからも愛重な❤️さんお待ちしてます💛 いつも更新ありがとうございます🥹