『神託の迷宮』からクレントスに戻った頃には、すっかり夜になっていた。
収穫は特に無かったが、3時間以上いろいろと試していたのが遅くなった原因だ。
「……さて、夕飯でも食べに行きますか」
帰りは遅くなると思っていたので、夕飯は外で済ませることにしていた。
お客様扱いを良いことに、アイーシャさんの使用人に迷惑を掛けるわけにもいかないからね。
「ルークさん、どこかオススメはありますか?」
「そうですね、私がよく使っていた酒場がありますが――」
「え? ルークって酒場に通ってたの?」
「仕事仲間と一緒によく行っていました。
私はあまり飲まないように言われていたので、主に食事だけでしたが」
「ああ……」
ルークの酒癖って、ちょっと絶妙だからね。
仲間の人たちもいろいろ苦労していたのかもしれない……。
「それではアイナさん、ルークさんの行き付けの酒場に行きましょう!」
「私も飲みませんけど、エミリアさんは飲みますか?」
「さすがに一人じゃ飲めませんよ!」
……まぁ、それもそうか。
一人だけテンションが違っちゃうし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――その命、寄越せやぁあああああっ!!!!」
バキッ
……酒場に入ると、早々に酔っ払いに襲われてしまった。
ルークがあっさりと倒してしまったので、私が魔法を使おうと振り上げた右手は虚しさを掴む。
「すいませーん、酔っ払いの処理をお願いできますか?」
「は、はい! 申し訳ございません、ただちに!!」
私もこれくらいは慣れたもので、何食わぬ顔で店員さんに後片付けを頼んでしまう。
「……おい、あの子が『神器の魔女』……だよな?」
「ああ、その横の剣士が『竜王殺し』って話だぞ……?」
「何でこんなところに……? 例の貴族のところにいるんじゃなかったのか……?」
そんな会話が何となく聞こえてくる中、私たちはお店の奥のテーブルに着いた。
注文を一通り終えてから、改めて雑談を開始する。
「――いやぁ、私たちも有名になったもので」
「アイナさんは、ここに来る前から有名でしたけどね……」
「あはは。それは言いっこなし、で」
「アイナ様、懸賞金目当ての人間がいるかもしれません。
くれぐれも油断をされませんように」
「了解ー。……って、みんな同じだけどね!」
「それにしてもアイナさんとルークさん、ふたつ名があって良いですよね。
二人ばっかりずるい! わたしにも何か付けてください!!」
「え、えぇ……? ふたつ名って……そんなに良いですか?」
「エミリアさん。気持ちは分かりますが、無いに越したことは……」
ルークも困ったように笑った。
彼の場合は、私に付き合って受け入れてくれただけだから。
「むぅ……。
わたしもいつか、機会があれば狙ってみます!」
「ちなみにエミリアさんは、どんなものが良いんですか?
私とルークは何というか、ダークなところもある感じですけど」
「うぅーん。そう言われると困ってしまいますね……」
……エミリアさんに似合うふたつ名。
深く考えたことは無いけど、どんなのが似合うかなぁ……。
「――お待たせしました、ご注文のお料理をお持ちしました」
「ありがとうございます。……って、多いですね!?」
「え? 何か間違っていましたか?」
私の言葉に、3人の店員さんが恐縮してしまう。
全員が大きなトレイにたくさんの料理を乗せて、運んできていたのだ。
「……ああ、いえ。注文通りなんですけど、改めて見ると多いなって。
一気に注文しすぎたというか……」
「アイナさん! これくらいは大丈夫ですよ!」
「はい、知ってます」
でもやっぱり、もう少し段階を踏んで頼んでも良かったかもしれない。
時間が経つと、どうしても冷めちゃうからね。
そんな私の思いは置いておかれて、エミリアさんは嬉しそうに、料理が置かれる度にその配置を最適化していった。
今日はみんなでいろいろとつまむ感じで頼んだものの、エミリアさんが一番食べるだろうから、配置については素直にお任せしよう。
……うん、ちょっと野菜が少ない気もするけど、なかなか美味しそうだ。
それじゃ、いただきまーす♪
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――す、すいません! 突然に失礼します!!」
私たちが食事を進めていると、突然若い青年が声を掛けてきた。
何となくルークを見てみると、すでに右手が神剣アゼルラディアに掛けられている。
……早い早い。
でもきっと、これが油断をしないということなのだろう。
私もいつの間にか、右手に持っていたスプーンを左手に持ち替えていたし。
「こんばんは。何か御用ですか?」
「は、はい! そのお姿をお見掛けしまして、もしかして……と思ったのですが!
半年ほど前、ミラエルツにいらっしゃいませんでしたか?」
青年の言葉に、私は記憶を辿ってみる。
……大雑把に思い返してみれば、クレントスから王都に向けて旅をしていた頃だろう。
「そうですね、ミラエルツには一か月ほど滞在していたかと思います。
それが何か?」
「じ、実はあのときにお見掛けして、それ以来ずっとファンなんです……!
あの、サインを頂けますか!?」
おお、こんな私にもファンが……!
それにしてもサインだなんて、照れちゃうなぁ。
……まぁ、筆記体っぽく名前を書けば良いのかな!
「そ、そうですか。それじゃ紙とペンを――」
「あ、いえ。あなたではなくて」
「へ?」
「そちらの、司祭風のお姿をしているあなたです!
以前とは服装が違いますが、『暴食の賢者』様でしょう!?
「ぶふぉっ!?」
青年の言葉に、もりもり食事を進めていたエミリアさんが噴き出した。
「んん? 『暴食の賢者』……?」
「はい! ミラエルツの一部で伝説になっているんです!
露店の食べ比べで、何人もの大男を倒したとか!! ステーキ100枚をぺろりと平らげたとか!!」
「さ、さすがにそんなに食べてませんよ!?」
「え?」
「はっ!?」
……確か以前、『暴食の賢者』という大食いの人の話を聞いたことがある。
人だかりで姿は見えなかったけど、ルークと一緒に、その人の近くまでは行ったこともあるのだ。
ちなみにそのとき、エミリアさんとは別行動だったっけ……。
「……もしかして?」
「き、気のせいです!」
「いえ、気のせいではありません!
この半年、あなたのことだけを想って生きてきたんです! 間違えるはずがありません!!」
「……エミリアさん、良かったですね」
「おお、エミリア様と仰るのですか! これから捗ります!!」
「アイナさんっ!?」
「あ……、すいません……」
思わず名前を呼んでしまったことに、エミリアさんから鋭い指摘が入る。
……それにしてもこの青年、何が捗るのだろうか。
「それではエミリア様、サインをお願いします!!」
「う、うぅ~……。
今は食事中なので、書いたらすぐに帰ってくださいね……」
エミリアさんが渋々とサインをすると、青年はとても満足した顔で、何度もお礼をしてから遠くのテーブルに戻っていった。
「……はぁ、何と言うか……。何でしょうね……。
でもエミリアさん、良かったじゃないですか」
「え? 何がですか?」
「ふたつ名、あったじゃないですか。
ほら、『暴食の賢者』――」
「そ、それは嫌ですよ!? ただの大食らいみたいじゃないですか!!」
……違うの?
「違いますよ!!
しかもわたし、使えるのは光魔法ばかりですよ!? 賢者だなんて、そんな――」
……あれ? エミリアさん、今私の頭の中を読んだ?
いや、表情に出ちゃっていただけだよね……?
「そんなエミリアさんに朗報です。
エミリアさんにぴったりのアイテムがありますよ!」
私はそう言いながら、アイテムボックスからひとつの魔石を取り出した。
それは王都で、ヴィオラさんからもらった魔石――
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【封刻の魔石(暴食の炎・発動補助)】
複合魔法『暴食の炎』発動補助の魔法陣を展開する
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「――『暴食の賢者』が『暴食の炎』を使う。
ああっ、これは運命だったのでしょうか!!」
「えぇー!? それ、前に試してダメだったじゃないですかーっ!!」
「頑張れば、いつか使えるようになるかも!」
「ぶぅーっ!!」
……でも、エミリアさんのふたつ名はそれで良いような気がする。
『神器の魔女』に、『竜王殺し』に、『暴食の賢者』。
全部がそれぞれ不穏だし、バランスも取れているのでは……。
――エミリアさんの魔法使いルート、やっぱり存在していたんだね!!