「好き」
兄に本音を伝えた。
ずっと隠してきた想いを。
兄さんは目を大きく開かせて僕を見つめる。
しばらくの間、気まずい雰囲気が僕の心を
震わせた。
「俺も、好き」
小さい声だったが、聞くには十分な音量で
兄さんは微笑む。
それから僕は、兄さんと付き合った。
話をして、手を繋ぎ、髪を絡め、指を絡め、
キスをして抱き合い、 やってはいけない
行為 も、1度だけだが した。
兄さんの柔らかい声や、少し不器用な
話し方。僕とお揃いの長い髪と瞳。
その全てを僕は愛することが出来た。
ナルシストなんかでは無い。
僕達は、同じ様で全く違う人間なのだ。
瞳だって、一見同じのように見えるが、
よく見てみるとそこには有一郎にしか
入ってない鮮やかな色がある。
性格だって、僕はふわふわしているが
兄さんはしっかり者でなんでも完璧にしたい
タイプなのだ。
いくら見た目が似ているとは言え、僕と
兄さんは別人。
僕にしか分からない良さは、僕だけが
知っていれば十分だ。
兄さん以外は誰も要らない。
毎日が幸せだった。
一緒のベッドで互いに眠り合い、朝起きたら
一番に最愛の兄の寝顔が見れる。
まだ意識がはっきりしていない新鮮な声で
おはよう、と言い合い、見つめて
くすくすと笑い合う。
そのまま僕は兄さんに抱きついて、
匂いを嗅ぐ。
兄さんの匂いは落ち着くんだ。
疲れた心を癒してくれる。
兄さんは何だよ、と小言を言いながらも
僕の頭を優しく撫でてキスをしてくれる。
どんなに小言を言っても、やっぱり僕には
生クリームのように甘々のなのだ。
兄さんの可愛らしい行動も愛くるしい。
少し寂しくなると、無言で何も言わずに
僕の後ろから抱きついて、すりすりと
頭を擦る。 こういう行動をする時は大体、
学校の ストレスや日頃による疲労面だろう。
弟ながら、少しは休んで欲しいな、と思う。
そんな幸せな毎日を送っていたが、 ある日。
「別れたい」
兄はその一言だけそう言った。
びっくりした。昨日までキスをして、
2人で幸せを共有したと言うのに。
「どうして」
「やっぱり俺達は兄弟だ。こんな事、
間違ってる。それに来年は受験生だろ。
俺よりいい人は沢山いる」
僕には理解できなかった。
兄弟だからとか、そういうのは関係ない。
兄さんは、世間の目をよく気にしてしまう
から、どうせこのままじゃダメだと
思ったのだろう。
「嫌だ。」
「お前のためなんだ。もう普通の兄弟に
戻ろう」
兄さんの言葉に腹が立った僕は、
意味分からない、と一言いい部屋を
飛び出した。
あれからしばらく経ち、お互い中三に
なった。
あの後、しばらくして兄の部屋へ戻り、
受験が終わったらもう一度考え直してほしい
と言い放つと、兄はわかった、と納得して
くれた。
結局、今付き合ってるのか別れているのか
曖昧な状況だが、僕達がお互いに甘い事を
するのは変わらなかった。
まぁ、僕が一方的にしたいと我儘を言って
いるだけなのだが。
兄さんはあの日から僕に甘えることが
なくなってしまったけど、僕の事は
受け入れてくれるみたいだ。
季節はあっという間にすぎてゆく。
丁度いい季節の春、暑苦しい夏、
イチョウが目立つ秋、そして冬になる。
僕達は勉強に必死だった。
僕達は将棋のプロを目指して、将棋専門の
高校に行こうとしていた。
でも、僕は将棋を諦め、兄とは別の
高校を選んだ。
受験が辛い時。僕は兄の事を思い出し、
(きっと大丈夫。兄さんは絶対にまた
僕の所へ戻ってきてくれる。)
と、また最初みたいな関係になれることを
想像して、なんとか 辛い受験を乗り越えた。
合格発表。
僕達は2人で高校を合格した。
別の高校にはなってしまったが、
とりやえず僕達はやり遂げたのだ。
でも、そんな事はどうでもいい。
僕が1番聞きたいのは、あの日の兄さんの
答えが欲しい。
家に帰りふたりとも合格だったことを
両親に伝えると、両親は泣いて喜んだ。
今夜のご飯は焼肉ね。と、母は微笑んだ。
僕と兄さんは自室に戻り、僕がベッドに
腰をかけると、その隣に兄さんも
座ってきた。
「ねぇ、ちょうど一年前くらいの時に、
僕があの日、受験が終わったら考え直して
欲しいって言ったの覚えてる?」
「ああ。」
「…その答えが欲しい」
無音の中。僕と兄さんだけの声が部屋に
響く。
兄さんはしばらく何も言わなかった。
でも。1度大きく深呼吸をした後、何かを
決意したような顔で僕と目線を合わせた。
「やっぱり、別れたい。」
胸が苦しくなった。
目の前が真っ白になる。
本当は、泣き叫ぶほど嫌だ。
でももう、1年前の僕とは違う。
兄さんのことが一番だから。兄さんの
気持ちを大事にしてあげたい。
でも、やっぱり。もう少しだけ。
「ごめん、最後だけ、」
僕は我慢できずに兄さんを抱きしめた。
兄さんはそんな僕を優しく受け止め、頭を
撫でる。
僕の心が兄さんの温度で溶かされていく。
心はボロボロなのに。
暫くして離れると、僕は口と口が触れる
だけのキスを兄さんに送る。
「…もう、しないよ。」
辛いことを悟られないように、僕は
そっと微笑む。
でも、双子だからどうせ僕が無理して
微笑んでいることは分かっているのだろう。
僕のこの努力が無駄だとしても。
正気を保つには、これしか無かった。
兄さんは眉をハの字にして、ありがとう。
と微笑んだ。
兄さんのこの顔はより僕にそっくりで、
他人が見分けるのは難しいだろう。
僕は、 この腐った檻から、兄さんを解放して
あげた。
ごめんね。兄さん。ずっと僕の我儘を
沢山受け止めてくれて。
その後の空気が耐えられなくて、僕は
新しいノートを買い忘れた、と嘘をついて
羽織を着て外に出た。
兄さんは、追いかけてこなかった。
外は凍りつくような寒さで、白い雪が
降っていた。
もう、大丈夫だ。と、僕は足を止め、
ぷつん、と糸が切れたように、
嗚咽と大粒の涙が溢れてきた。冷たい雪が、
その上からぼたぼたと僕の頬を濡らした。
きっと僕は、これから兄さん以外の人を
好きになることは無いだろう。
僕を見つめる優しい目も、声も、体温も、
みんな、忘れてしまって。無かったことに
してしまおう。
いつからか苦く苦しくなったこの思い出を、
僕はきっとこれからも捨てることが
出来ない。密かにまだ兄さんの事が好きに
思っているこの気持ちを、何処に
捨てようか。
兄さんがさっき別れようと言った時の
あの顔が、一瞬だけ苦しそうな顔に
なっていたことは、見なかったことにして。
僕はこれから、ずっと。
ひとりぼっちで生きていく。
兄さんに迷惑はかけられない。
兄さんと結ばれないこの世界が嫌で、
死にたいとしても。
兄さんがいずれ結婚し子供が出来ても。
僕は一生仮面を外さない。
いい子の弟を演じ続けて。
おめでとう、なんていい子ぶって、
自分の気持ちを仕舞おう。
そう考えてる今も、涙が溢れて止まらない
から。いくら拭っても止まらない雫をもう
いっそそのままにして。
僕は何事も無かったかのように、家に
帰り始めた。
きっと今夜の晩御飯の味は、美味しいはずの
焼肉が食欲が無くなる味になるだろう。
コメント
2件
お久しぶりです😉👍🏻 無一郎いっつも例えが可愛いのよ…😮💨🎀 生クリームとか💭
最高です!! 小説書くの上手ですね!!!!