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「拒絶」という言葉が、彼女を蝕んでいた。
眠れない夜を過ごしたことが明らかな、重く腫れぼったい瞼。
主のいない義弟の部屋で床に座り、世界遺産のDVDを延々と流して凝視していたためか、目の奥はズキズキと痛く、頭は重い。
今日は土曜日だ。
これまでの星歌であれば、土日は昼すぎまで惰眠をむさぼっていたところだが、新しいバイトを始めた以上、そうはいかない。
住宅街にあるパン屋にとって、土日はかきいれ時でもある。
ドサクサに紛れて雇ってもらったのが、つい昨日のこと。
仕事で頼りにされたという経験は初めてのことで、それが星歌の足を職場へと向かわせた。
トボトボといった足取りで、彼女は大通りを歩く。
夕べ通った近道は夜の間こそ人通りの少なさから避けていたものの、日中であれば──特に一分一秒が惜しい出勤時であれば迷わず選択する通り道だ。
しかし、夜空の星座が弾け飛ぶようにブレスレットが散らばった光景が脳裏によみがえり、どうしても足が向かなかった。
いつもより時間をかけて、学校の前にたどりつく。
店が校門前なわけだから、通勤は一昨日までと同じルート。
周囲の風景も見慣れたものだし、歩いて通えるのが良いのだが、どうにも新鮮味に欠ける。
「……つまんないな」
そう呟いたのは、何もこの道程のことではない。
腫れた瞼が伏せられる。
義弟は家から、出て行った。
しばらくしたら戻るだろうと起きて待っていた星歌は、そのまま世界遺産のDVDとともに朝を迎えたものだ。
──ともだちの……。
「男の! 友だちのところにでも行ったかな」
わざわざ言い直したことが、かえって空しく感じられる。
義弟のスマートフォンの画面に出ていたあの名前……脳裏から振り払うように首を振る。
「いたた……」
寝不足の頭がズキンと脈打った。
自分とて馬鹿ではないと、星歌は思う。
あのとき──。
行人の様子がいつもと違うことは分かった。
近距離から降り注ぐ静かな声に、胸が高鳴ったことも認めよう。
星歌を姉としてなんて見たことない──その意味が分かるかという問いに、しかし頷くわけにもいかなかったのだ。
血が繋がっていないとはいえ姉弟だから……。
──違う違う! それはキレイゴト。
ギリと唇を噛みしめる。
これまでなら「私もそうかも」と流されていたかもしれない。
それは認めよう。
だが、今は駄目だ。
女の影が見え隠れする行人と、あれ以上距離を詰めることはできない。
彼の真意が分からない。どう考えたって分からないのだ。
だから、それ以上の言葉は聞きたくなかった。
できれば、何も考えたくないというのが本音だ。
要は星歌は、傷つきたくなかっただけなのだ。
自分のこころを守るために、行人の気持ちを抉っただけだ。
「私はズルイ……」
震える唇が紡ぐ小さな呟き。星歌の思いを乗せた囁き声は、しかし途中で途切れてしまった。
「おはよう、星歌!」
背後から、陽の光のような声。
「うわわっ!」
負の感情に押しつぶされそうになっていた星歌は、文字通り悲鳴をあげる。
「ゴ、ゴメン。ボーっとしてるように見えたから……」
目線を下げると、邪気のない笑顔とぶつかった。