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―― 同時刻 ラビーランド地下
「なんだったんだ今のは。どこからか狂ったような声が聞こえてきたが、まさかヤバいモンスターでもいるんじゃないだろうな」
ピルロ組とはぐれてバラバラになっていたブッフらは、どうにか合流を果たし、未だ地下空間を彷徨っていた。
ブッフを中心としたクエストメンバー四名と、単独参加のムメイの計五名は、互いの関係性も希薄なまま、手探りでダンジョン攻略を目指して進むしかなかった。
「なぁキート、さっき範囲使ってたろ。前に組んだ時には見せてもくれなかったのに。どうして黙ってた?」
「わざわざ手の内を明かす必要などない。厳密に言えば、俺とアンタは仲間じゃない。ただ同じクエストを請け負っただけの存在だ。なんならアンタらも同じだよな、ラルフにムブよ」
話を振られ、後に続いていたラルフとムブが頷いた。
過去に四人は同じクエストで行動を共にしたことがあったが、所詮は仕事上の関係でしかなく、仲間という意識は互いに持ち合わせていなかった。
「報酬のために動いているだけさ。ブッフ、それにキートにも言っておくが、私はヤバくなったらお前らを見捨てて逃げるよ。お互い様だろうけど」
喋ることなくムブも頷いた。
「相変わらず無口な奴め」と悪態をついたブッフは、それにしても変化がないダンジョンの様子に拍子抜けしていた。
「ピルロたちはいなくなっちまったが、どうやら五人で十分なようだせ。それに奴らときたら、いつも生意気な口ばかり聞きやがるから、前々から苛ついてたんだ。チームプレーだかなんだか知らないが、そんなことだから、いつまでもEランクなんじゃねぇのか」
「違いない」とキートが笑った。
談笑しながら壁伝いに進んでいた五人は、どこか緊張感なく構えていた。
しかし唐突にラルフが呼びかけた。他の四人は、返事なくただ振り向いた。
「もしかして私たち、さっきからずっと同じ場所を歩いてない?」
薄暗いダンジョン内は、ブッフの持つ松明の光だけが頼りで、見通しが良いわけではなかった。ただ目印になるような障害物もなく、なぜそんなことがわかるとブッフが聞いた。
「……スキルよ。地下に入ってから察知で異変があればすぐわかるように警戒していたんだけど、恐らく間違いないと思う」
松明を借りて数メートル先の壁を照らしたラルフは、そこに記した小さな記号を指さしながら言った。
「さっき目印に描いておいたの。いつからかはわからないけど、私たちはずっと同じ場所を行き来しているみたいね」
「そんなまさか」と集まった四人に対し、五人の様子を半地下の監視点から覗いていたフレアは、「バレちゃいましたね」と首を捻った。
ペトラたちがピルロ組を対応している間は、簡易の転送装置を駆使して時間を稼ぐつもりでいたものの、気付かれてしまっては仕方がない。
パラパラと計画表を捲ったフレアは、いよいよ私たちの番ですねと行動を開始した。
「ウィルさん、そろそろ出番です。しっかり準備をお願いしますね!」
フレアの問いかけにビシッと敬礼したウィルは、ダンジョン内の監視器具でブッフら五人を確認しながら、転送装置を操り《とある一角》へと一行を導くため、策略をめぐらせていた。
しかしループのギミックがバレて以降、警戒心を解かずに手探りで変化を予知するブッフらは、思うように進んでくれず、苛立ったウィルが駄々をこねた。
「ねぇフレアさん、奴ら全然動いてくれないんですけどぉ」
「と言われましても……。不測の事態が起こっているわけでもありませんし、気長に待つしかないんじゃありませんか?」
「き、気長にですか、気長に……」
次第にソワソワし始めたウィルは、ひとところに留まるのが苦手な性分だった。今にも切れてしまいそうな集中力を、どうにか保っているようだった。
「落ち着いてください。ウロウロされては困ります」
「ううう、なんだか落ち着かなくてね。ほら冒険者ってさ、いつもこちらが先手と言うか、受け側に回ることがないでしょう。どうにも慣れなくて」
「何を言ってるんですか、ウィルさん。冒険者が先手ですって? ……その認識、早く改めた方がいいですよ」
「へ?」と気の抜けた返事をしたウィルに、よく見ていろと切り替えたフレアは、転送装置の設定をあれこれとイジり、さもミサイルでも撃ち込む前段階のように、高々と指を掲げた。
「先手は常に我にあり、です。私たちのダンジョンは、冒険者が常に後手。いつもキョロキョロしちゃうくらいに、冒険者さんをびっくりさせちゃうんだから。迎撃のスイッチは、常に私たちの手の中にあるんです」
「えいッ!」とフレアがボタンを押した。するとブッフらの背後がキラリと光り、頭上から巨大な岩が落下した。
「マジ?」というウィルとは対照的に、少しずつ転がり始めた巨大なコーティング岩は、ダンジョン幅一杯に転がり、否応なくブッフらを走らせた。
「突然でかい岩が降ってきやがった!」
「状況報告はいい、とにかく走るのよ。まったくなんなのよ、さっきまで何も起こらなかったのに。苛つくわね」
最後尾で足を止めたラルフは、握った杖に魔力を込めて詠唱を始めた。「潰されるぞ!」と叫ぶブッフの声を背中で聞きながら、円を描いて杖を振るったラルフは、自身の持つ最大の魔法を放った。
「こんな岩くらい吹き飛ばしてやるわ、圧縮火球!」
杖から放たれた超高密度に圧縮された炎の玉が、岩に直撃して爆発炎上した。周囲の空気を飲み込み、燃え盛るダンジョン通路は、激しい熱と光に包まれた。
「この程度のギミックにやられるものですか。たかだか岩など、わたくしの魔法にかかれば跡形もなく――」
高らかに鼓舞するラルフの言葉を否定するように、炎上したはずの岩がボンッと音を鳴らし、炎から飛び出した。足を止めていた全員が事態を飲み込めず、すぐにまた走り出す羽目となった。
「えええ、なんで、なんで私の魔法が効かないの。たかが岩が、このわたくしの圧縮火球を弾き飛ばすなんて?!」
ラルフの魔法を掻き消したコーティング岩石は、不自然に一行を追い回しながら、目的の地へと彼らを運んだ。そして数分後、一行は導かれるまま、絶妙な怪しさが漂う開けた空間に足を踏み入れるのだった。
「通路が開けた。ここなら避けられる!」
ブッフの声に反応し、盾役のムブが殿に立ち塞がった。背中から取り出した巨大な盾をガツンと地面に突き立てて一言も発することなく目を見開くと、巨大な盾をさらに巨大な光の盾へと変化させ、岩を受け止めた。
「おぅぐっ、お、重い……」
玉を受け止めたことよりも、ムブが初めて喋ったことに驚き、口に手を置いた一行は、しばし攻防に見入っていた。が、ようやく正気に戻ったブッフが横から岩に魔法を撃ち込み、進路を変えさせた。
ボウリングのガターのように側溝を転がった岩は、ゴロゴロと深い穴に落下し消えた。「回収完了」と親指を立てたフレアに対して、「カッコイイ」とウィルは目を輝かせて拍手した。
「ではウィルさん、予定通り大部屋へ招くことができました。コーティングを施されて逃げ場を失った冒険者さんを、どう料理するのか。期待してますよ」
ウズウズとうずく左腕を抑えながら、生意気にビシッと敬礼したウィルは、「任されましょう」と不敵に笑いながら、監視器具が置かれた部屋から大部屋の天井裏へと移動した。
コーティング一枚を挟んだ五人の頭上で肩幅大に足を開いたウィルは、そこで初めて冒険者に凝視を使い、注意深く観察を始めた。
「男が三に、……女性が二名。男は戦士に盾役にアーチャー、女性は魔法使いに、……一人はよくわからないな。見たところ、奴らのリーダーは男の戦士で、残りはサブ的な役割、といったところか。ならば……」
ふぅぅと精神統一したウィルは、一行の真上に立ち、ゆっくりと人さし指を立てた。それを合図に器具を操ったフレアは、全てのボタンを一斉に押した。
ゴゥゥンと鈍い音が響き、ウィルの足元が微かに揺れた。
直後、大部屋内に天井まで届くほど巨大な岩の塊がドスンドスンと落下した。
「な、なんだ、何が起こっている?!」
「急に巨大な岩が大量に。一体どうなってるの!」
五人をバラけさせるため、輪の中心に岩を落下させたフレアは、あとはお願いしますと祈るように手を合わせた。
精神統一を終え、ある一人に目標を定めたウィルは、コーティングされた床にべったりと手のひらを付け、真下に立つ人物へ向けてスキルを発動した。
「離間は、ただカップルを別れさせるためのスキルじゃない。仲間を相反する立場へと一瞬にして変えられる、無情な力でもあるのさ」
異変を感じ、喉の辺りを掻き毟り始めたのは、アーチャーのキートだった。
一般的に、遠隔攻撃を攻防の主とする者の防御力は高くない。故に、《やられる前にやる》が勝負の鉄則となる――
「だからこそ、遠隔攻撃者が判断を間違えば、途端に最悪のケースに陥ってしまう。この俺に頭上を取られた時点で、キミたちの負けは決まっていたのさ」
キートの感情を操り、離間でブッフらとの関係を断ち切り、逆の立場へと誘う。
このための練習だったのだなと先日のバカバカしい時間を思い浮かべながら、ウィルは一筋の涙を流し、トドメとばかりグンと魔力を込めた。
「そして視界の悪い場所でこそ、力を発揮するのは遠隔攻撃を主とする冒険者だ。さぁ、始めようじゃないか。キミが彼らを倒すんだ、攻撃開始だよ ――」