テラーノベル
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意識を失ったようにガクンと肩を下げたキートは、すぐに意識を取り戻し、ふるふると首を振った。それから自分がどこにいるかを確認し、何かを思い出したかのように警戒した。
「敵は……、同じ空間に四人。今ならば、ヤれる」
背負っていた弓と矢を手に取ったキートは、眩いばかりの光を矢尻に蓄え、躊躇なく射った。波のように曲がった矢は、盾を構えているムブの無防備な太腿にヒットした。
「ぐぁッ、て、敵ッ?!」
聞こえてきた耳慣れない声に警戒し、他の冒険者が一斉に身構えた。しかしそれとは無関係に、ひたひたとひとり天井裏を進んだウィルは、挙動不審に身構えているキートとまた別の女の真上で、再び手のひらを床に押し付けた。
「本来ならば、女性にこんなことはしたくない。しかし許してほしい、これは悪魔に命じられた崇高な使命なのだよ。大丈夫、悪いようにはしない。全て終われば、何事もなかったように忘れさせてあげるから」
もうひとりのターゲットは、ダンジョンに足を踏み入れた瞬間から決めていた。
顔はどこか童顔で、華奢でありながら、出るところはしっかりと出た美しいボディーライン。つまるところ、ウィルがタイプの女性だった。
「恨まないでくれたまえ。キミの頭の中を、少しだけ触らせてもらうよ」
キートと同じように悲壮感に塗れた顔で苦しみ始めたのは、魔法使いのラルフだった。
なんらかの攻撃を受けていると理解はできるものの、直接頭の中に受ける攻撃を防ぐ術はなく、同じく気を失ったラルフは、ガクンと肩を落として膝をついた。
「さぁ行きたまえ。キミたち遠隔攻撃者二人が、近接戦闘タイプの彼らを倒すんだ。最後は互いに叩き合い、全てを終わらせよう。な〜に大丈夫、死にはしないさ」
立ち上がり震える肩を両手で抑えたラルフは、仲間をやられた冒険者のように辺りを警戒した。そして察知の網にかかった何者かへ向けて、自身最大の魔法を放った。
「だ、誰、そこに隠れているのは?! 死になさい、圧縮火球!」
激しく巨大な炎の玉が岩岩を避けるように飛んでいく。急角度でカーブした炎は、身を隠し、反撃の機会を窺っていたブッフを急襲した。
「なッ、魔法攻撃だと。くそっ、急すぎる!」
間一髪で剣を構えたブッフは、魔力をブレイドに込め一閃した。真っ二つに裂けたラルフの魔法は、上下二手に別れ、爆発炎上した。
「ハァハァ、岩が降ってきたかと思えば、今度は高レベル魔法かよ。このダンジョン、一体どうなってやがる?!」
異変を叫んだのもつかの間、ブッフの声に反応したキートが再び弓を引き絞った。次で決めると一気に五本の矢を携え、連射と範囲のスキルを巧みに操り、一点の迷いなく発射させた。
轟音を上げて迫る矢に気付き、ブッフが剣を身構えた。
第一撃、第二撃と、矢を撃ち落とすも、第三、第四の矢を腕と足に受け、ダメージを負ってしまった。
「グアゥッ、この矢、まさかキートなのか。なぜだキート、なぜ俺を狙う?!」
声という確実なものが聞こえれば、キートにとっては相手の位置を掴んだも同義だった。三度弓を引き絞り、ブッフを殺すつもりで攻撃を放った。
「何が起こっていやがる。よくよく考えれば、さっきのはラルフの魔法か。何がどうなってる?!」
急所を性格に狙った攻撃が次々と押し寄せ、痛む足を庇いながらどうにか躱したブッフは、離れて戦っても勝機はないと接近戦を試みた。
短距離攻撃の職業柄、遠隔攻撃者二人を相手にした攻防はあまりにも不利。しかし足を撃たれ、相手の位置も正確に掴めないでは、素早い二人に近付くことすら容易ではない。
「くそッ、近付けねぇ。ムブ、ムブはどうしてる。生きてるなら返事くらいしやがれ!」
少し間があいて、魔法や攻撃の音に掻き消されそうなほど小さな声が返ってきた。
「ここだ」と答えたムブの声に導かれて駆け寄ったブッフは、同じく足に矢が刺さった状態のムブと合流した。
「ムブ、お前は大丈夫なんだろうな」
「当たり前だ。……おかしいのは、キートと、ラルフだ」
消え入りそうな声で返事したムブに苛つきながら、互いに背中を合わせて身構えた二人は、両方向からの攻撃に備えた。
狙いが一つに定まったことで、キートの矢と、ラルフの魔法が一斉に襲いかかった。
巨大な盾でブッフごと囲ったムブは、攻撃を弾き落としながら、反撃の手を考えろと呟いた。ブッフは地面に手を付き、把握で部屋の全体像と岩の位置、そして相手の位置を正確に読み取った。
「なんだ、この不自然すぎる配置は。これをモンスター風情が操っているというのか、ありえない!」
見事なまでに配置された岩の数々は、近距離攻撃者にとっては最悪、かつ遠距離攻撃者にとって好都合の位置関係となっており、明らかな作為性と狡猾さが漂っていた。しかも壁や床、目ぼしい全てにはコーティングがなされており、ブッフ程度では刃を通すことすら不可能だった。
何者かの手によって追い込まれていると悟ったブッフは、どうにか状況を打破する方法を探すしかなかった。
「しかしどうしろってんだ。このままじゃ押し切られてやられっちまう」
ブッフの前に出て攻撃を防いでいたムブは、らしさを捨て「早くしろ」と低くドスの利いた声で叫んだ。舌打ちしたブッフは、だったら玉砕覚悟で突っ込むしかないだろと腹を決め、攻撃の合間を縫ってムブの防御下から抜け出した。
「近付いちまえばこっちのものだ。悪いが一気に叩かせてもらうぜ」
魔法を連発しすぎて隙が生じたラルフとの距離を一気に詰めたブッフは、血が吹き出す足もそのままに、ようやく視界の端に彼女の姿を捉えた。しかしラルフも恐怖に満ちた表情を浮かべたまま、死物狂いで抵抗した。
「ち、近付くなぁ、落ちろ、落ちろー!」
魔力が続く限り撃ち続けると言わんばかり、圧縮火球を連発したラルフは、壁に背を付け、反動を吸収しながら叫んだ。
「裏切り者め。ハナからキートと結託し、報酬を総取りするつもりだったんだな、畜生め!」
魔法を捌き切ったブッフは、いよいよラルフの前に立ち塞がった。
「少し寝ててもらうぜ」とラルフの目前で手を開いたブッフは、魔法で眠らせようと試みた。しかしその隙を狙い、至近距離、真横の方向から鋭い矢の連撃が襲いかかった。
「クソッ、次から次に!」
攻撃に反応してブッフが身を仰け反った。しかし攻撃はブッフを逸れ、目の前にいたラルフの身体を貫いた。
「なッ、どうしてラルフを。奴ら結託していたんじゃないのか?!」
一瞬の判断を誤り、第二撃として放たれたキートの矢がブッフの腕にヒットした。矢には毒が仕込まれており、ブッフは視界が揺れ、足元がふらつき壁に手を付いた。
「わ、わけがわからねぇ。なんだって同士討ちなんて。……いや、……まさか」
そこでようやくブッフは一つの可能性に辿り着く。
しかし気付いた時にはもう遅かった。
避けきれないほどの無数の矢が、ブッフの周囲を取り囲んでいた。
「む、ムブッ、逃げろ。こいつは罠だ、逃げてギルドの連中に伝えろ。このダンジョンはヤバい、俺たちの手に負えるレベルじゃ――」
言い終わる間もなく、無数の矢がブッフに突き刺さった。グフッと血を吐いて倒れた男を柱の角から視認していたキートは、残る二人の討伐のため、再び身構えていた。
「俺の連射と範囲は絶対に的を外さない。逃げ隠れしようと必ず射落とす」
新たな矢を充填したキートは、部屋の隅で守りを固めているであろうムブの姿を探した。しかしムブがいるはずの場所を範囲で探るも、なぜか反応がなかった。
「どこへ逃げた。だが、どこへ逃げても無駄――」
最後の言葉を言いかけたキートの背後からヌッと誰かの腕が伸び、キートの口を掴んで押さえた。
「馬鹿な?!」と抵抗するキートに対し、瞬時に背後へ回り込んでいたムブは、「手の内は最後まで隠しておくものだ」と恐ろしく小さな声で呟いた。
「む、移動だと?! 盾役のお前が、なぜそんなスキルを」
首を力任せに捻ったムブは、骨をズラし、キートを気絶させた。しかしこれまでの攻撃で同じくダメージを受けていたムブも、壁にもたれたまま、ズルズルと座り込んだ。
毒が回り始めた身体を気つけ薬で散らしながら、これでもかと回復薬を振りかけた。
「なにがこんなダンジョンは楽勝だ。策略にはまって同士討ち始めやがって。おかげで残りは俺だけに。……俺だけ?」
ムブが違和感に気付いた。
この部屋の中には、確かに五人の冒険者がいた。
ブッフに、キートに、ラルフに、ムブ。
そしてもうひとり、完全に蚊帳の外になっている女がいた。
「ムメイ、そういえば奴はどこへ」
首を振って女の行方を探すが、ムメイの姿はどこにもなかった。
解毒に成功し、ようやく身体の自由を取り戻したものの、消えてしまった女の行方に異変を察知し、ムブが奥歯をギリリと鳴らした。
「あの女だ。アイツが俺たちを――」
「それは違うな」
閉鎖された空間にコツンという靴音が響き、ムブのさらに背後から声が聞こえてくる。そっと手を回しムブの顎先に触れた誰かは、「私ではないよ」と、あまりにも艶めかしい声で言った。
「な、ど、どうやって俺の背後に?!」
「どうだっていいじゃないか。それに……、もう遊びはお終いにしようか。ねぇ、そこでずっと私たちを見張っている誰かさん?」
そう笑いかけ、何もないはずの天井を見上げたのはムメイだった。
怯えるような目で「何を言っている?」と聞くムブの首を一回しで気絶させたムメイは、天井裏で様子を窺っていたウィルの目を見て話しかけた。
「随分と悪い趣味をお持ちだこと。どうして、と聞くべきか、それとも語らせず殺してしまうか。どちらがお好みかな?」
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