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気が付くと日が暮れていた。ベッドに潜って電気も点けず、真っ暗な部屋で泣き続けた。そのうち光貴が帰って来て、どうしたんや、なにかあったか、と心配して泣いている私に声をかけてくれた。
「詩音がっ、しおんが――」
おなかの中で元気にしている詩音に臓器が無いと言われたことを、ぼろぼろ泣きながら伝えた。
「大丈夫。詩音は元気にお腹の中で動いてたんやろ? ちゃんと紹介してもらった病院で診てもらおう。明日にでも行こ。サファイアのスタジオ入り、断わって車出すから」
そう言って光貴は、スマートフォンを取り出した。やまねんさんに連絡を取ってくれるのだろう。
実は彼、サファイアのギターとして加入する事が正式に決まったのだ。最近はそれで忙しくしている。
最後まで見られなかった例のライブで、光貴のギタープレイが認められたのだ。素晴らしい演奏を見せたらしく、ファンからもメンバーからも好評で、光貴の加入を強く望んでくれたのだ。
彼は何故かサファイアの加入に渋っていたけれど、応援するからと後押しして、ついに加入を決めたのだ。
彼が加入に渋っていた理由は、アーティストとして活躍することになれば、家庭が疎かになり、私に迷惑をかけてしまうことが一番の気がかりだったようで、他にもギタリストとして一生やっていけるか、不安と葛藤があったらしい。
私とのバンド活動を止め、プロになることを諦め、音楽に携われる仕事で稼ぎ、家庭を大事にしていこうと決めていた彼の意思は結構固く、何度もやまねんさんの誘いを断っていたのを私は知っている。
その考えについては私が反対した。夢を諦めるな、と。
光貴が大好きなギターをかき鳴らし、ステージで活躍する姿が一番輝いていて、私はとても好きだ。
詩音のことは任せておいて欲しい、チャンスは何度でもあるものじゃないから、後悔しないように頑張って欲しい、と伝えたら、ギターの腕一本で勝負することを決心し、サファイアの加入を決めたのだ。
早速、デビューに向けての新曲作りでスタジオに行ったり、ミーティングに参加すると張り切っていたのに、私はどこまでも光貴のお荷物でしかない。
そう思ったら、また泣けた。
「泣かんでいい。大丈夫や」
なんの根拠もない大丈夫やったけど、光貴が一生懸命慰めてくれた。一抹の不安は払拭できなかったけれど、意を決して翌日、紹介された病院に行った。そこは赤ちゃんを含め、子供の専門的な治療を行う『こども専門病院』だった。
自宅から結構遠いから、光貴に車で送ってもらった。
MRIで詳しい検査をするので時間もかかるため、光貴には『一人で大丈夫』と伝え、サファイアのメンバーが待つ練習スタジオに向かわせた。
これからサファイアが光貴の仕事になる。今が一番大事で、一番頑張らきゃだめな時。だから私も、一人で頑張る時なのだ。
でも、本当は光貴に傍にいて欲しい。不安で、不安で、仕方ない。
丸い円状の恐ろしい音を鳴らしながら迫って来るMRIの機械の中に入れられて、泣きながら時間が過ぎるのを耐えた。
様々な検査の結果、やはり詩音は、臓器がひとつ形成されていないという事実が判明した。
もう、ショックで。
人前とかそんなの関係なく、医師や看護師の前で大泣きしてしまった。
担当の看護師が優しく私の肩を撫でてくれて、お辛いですね、と慰めてくれた。
私が落ち着くまで待っていてくれて、結果は確かに辛いことだと思いますが、赤ちゃんが元気で育っていることが一番大切ですよ、と教えてくれた。
臓器が無いのは確かにリスクがあるけど、足りない臓器は不幸中の幸いで、腎臓だった。片方は欠落しているが、もう片方は確認が取れていて、綺麗で正常とのこと。命に別状はない。
元気ならば、しっかりと生きていくことはできる。
ただ、普通はふたつあるものが、ひとつしかない事実はハンデになることは確かだろう。でも、詩音は元気で、今を生きている。私の中で確実に。
何時までも落ち込んでいたらダメ。頑張らなきゃ。お母さんになったのだから!
この病院はこどもの病気などに特化した専門機関だから、様々な障害を持った子供が通院していた。そういったハンデをものともせず強く生きる姿勢に、心を打たれた。
行き交う人を見ならが、これからのことを考えると不安になってしまう。じんわり涙が浮かんできたけれど、ぐいっとハンカチで拭い去った。
泣いている負の感情が、詩音には良くない。こんなに元気なんだから。不可能だとは思うけれど、腎臓なら私のものを詩音にあげる。
神様、どうかいるのなら。
何でもする。
何でもあげるから。
だから詩音が無事に、元気でこの世に産まれて来ますように――