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「――とまあ、こんな感じだ」
「……」
すべてを話し終えると、理人は隣で黙って耳を傾けていた瀬名の顔を、恐る恐る仰ぎ見た。 やはり、引かれてしまっただろうか。いや、引かないはずがない。自分が逆の立場だったとしたら、間違いなく絶句してしまう自信がある。
(こんな淫乱だなんて知らなかった、なんて言われたら……。上手くやっていける気がしないから別れよう、なんて切り出されたら……)
一抹の不安が脳裏をかすめ、理人はたまらず俯いて唇を固く引き結んだ。
「やっぱ、引いたよな……。悪い、変な話して」
「いえ、別に引いたりとかは無いですけど。……理人さんがビッチなのも、ドMなのも、もうとっくに知ってますし」
「おいっ! もう少しオブラートに包めっ!」
「えぇ~、でも、事実じゃないですかぁ」
瀬名はいつもの調子でヘラリと笑うと、理人の額に羽のようなキスを落とし、その髪を優しく撫でた。
「僕は、どんな理人さんでも大好きですよ」
「……」
「それに、そんなことで嫌いになったりしません。……でも!」
突然、強い力で抱き寄せられた。バランスを崩した身体が、ぽすっと柔らかいベッドに沈む。 そのまま押し倒されるような体勢になり、視界いっぱいに瀬名の顔が広がったかと思うと、熱い口づけが容赦なく降ってきた。 舌先が歯列をなぞり、ぬるりと侵入してくる。上顎を愛撫されると身体の奥に甘い疼きが生まれ、鼻から抜けるような声が漏れた。理人は慌てて瀬名の身体を押し返し、口元を手で覆って彼を睨みつけた。
「ん、ふぁ……な、んだよ……いきなり……っ」
抗議の声を上げるとようやく解放されたものの、今度は首筋にチクリと鋭い痛みが走る。同時に全身をゾワリとした感覚が駆け抜け、背筋が小さく震えた。
「蓮さんの件はまあ、過去のことだし仕方がないとして。……僕、透さんとそういう関係だったなんて聞いてないんですけど!? 理人さん、『透とはそんなんじゃねぇよ』って言ってたじゃないですか!」
「いやいやいや、それは大昔の話で、今は本当に何もねぇからな!?」
「……怪しい」
「あいつは未だに、あれは夢だと思ってやがるはずだ。わざわざあの件を蒸し返すメリットなんて、お互いに一ミリもねぇだろ」
あの日の出来事の真実を知るのは、理人一人だけだ。透に確認したことはないが、向こうも何も言わない以上、おそらく本気で夢だと信じ込んでいるのだろう。 そのことが原因の一端なのかは不明だが、歴代の彼女たちと性生活が上手くいかないのだと零していたのを、何度か聞いたことがある。
「『知らぬが仏』って言葉もあるだろ。俺はこれからも事実をあいつに話すつもりはねぇし、そもそも……あいつも忘れてるんじゃないか?」
「……もし、忘れてなかったら?」
不満げな表情を崩さない瀬名に、理人は一瞬だけ言葉を詰まらせた。 その可能性を考えなかったわけではない。だが、今さら掘り返したところで良いことなど一つもないのだ。 でも、もし、万が一――。
「……忘れてなかったとしても、関係ねぇ。俺はもう、お前以外と寝るつもりはねぇからな」
そっと腕を瀬名の首に回して引き寄せ、軽く頬にキスをしながら、理人は腹を括ってそう告げた。 すると、彼は驚いたように目を丸くした後、困ったように眉を寄せ、口元に手を当てて視線を逸らした。
「……っ、理人さん。そういうのは反則です……」
「は?」
「あーもう、ほんっと可愛いなぁ! 好きすぎて辛い!」
「ちょっ、待て! お前また盛ろうとしてるだろ! 今日はもうダメだって言ったばかりだろうが!?」
「分かってます。だから、少しだけで我慢しますから」
言うが早いか、瀬名の器用な指先が理人のズボンの中へと滑り込んできた。下着越しに肉厚な尻を揉みしだかれ、思わずビクンと腰が跳ね上がる。
「あっ、こら……! どこ触って……んんっ」
「大丈夫、ちょっとだけですから。ね?」
「やっ、んぅ……っ。てめぇの『ちょっとだけ』は、ぜんっぜん当てにならねぇんだよ……っ!!」
――結局、その後なし崩しに激しい情事へと持ち込まれ、理人が解放されたのは、窓の外がうっすらと白み始めた頃のことだった。
「あ”~……喉が痛ぇ……」
翌朝。身支度を整えてリビングへ出ると、既に朝食の準備を終えた瀬名が、眩しいほどの笑顔で出迎えてくれた。
「おはようございます、理人さん。昨夜は……ふふ、無理させちゃってすみませんでした」
「……夕べも、の間違いだろうが」
悪態を吐きつつ、小さな溜息を一つ。朝っぱらからその爽やかな笑顔は、毒気を抜かれるというか、正直言って目に毒だ。
そんなに嬉しそうな顔をされたら、昨夜の奔放さを責める気も失せてしまう。 淹れたてのコーヒーをテーブルにコトリと置き、向かいの席に着いた理人に、瀬名はさも当然のようにトーストとサラダを差し出した。
いつも思うが、こういう甲斐甲斐しい仕草がナチュラルにできるのは、天性の才能だろうか。女性にモテるのも、今なら嫌というほど理解できる。
「なんです? 僕の顔をじっと見て。何か、ついてますか?」
「あ、いや……何でもない。気にするな」
見惚れていたつもりはなかったが、指摘されると妙に気恥ずかしく、慌てて視線を逸らして焼きたてのパンを齧った。
「そういえば、お前なんで最近、眼鏡を止めたんだ? 髪型も……」
ここ数日、喉に支えていた疑問をぶつけてみる。以前は「女除け」だなんだと言いながら、野暮ったい眼鏡に、もっさりとした髪型で自分を隠していたはずなのに。
「ああ、これですか? もう、隠す必要もないかなぁって思って。意外と邪魔だったんですよねぇ……。それに、やっぱりちゃんとセットしてた方が、顧客の受けもいいので」
「……そう、か」
顧客受けというより、取引先の担当が女性だった場合に商談が捗るからだろう――とは思ったが、敢えて口には出さなかった。
社内でも、瀬名がイメチェンして「超絶イケメンになった」ともっぱらの噂で、女子社員からの人気が爆発しているのは知っている。 元々、容姿のベースは整いすぎているのだ。髪型を変えたことで、これまで隠れていた「雄」としての魅力が前面に出てしまい、最近では営業部のみならず社内の至る所から熱っぽい視線を浴びているらしい。
そんな彼の隣に居るのが自分でいいのかと、時折言いようのない不安が過るが、当の本人はどこ吹く風といった様子だ。それでも、彼が女性と楽しげに談笑している姿を見るのは、どうにも面白くない。
「理人さんこそ、最近『とっつきにくさが無くなった』って、社内で噂になってますよ?」
「 なんだそりゃ」
「ちょっと前まで怖くて近寄りがたかったけど、最近は話しやすくなったって。みんな、理人さんと仲良くなりたいみたいですよ」
「ふん、おままごと遊びじゃねぇんだから、仲良くする必要なんかねぇよ。仕事の効率が悪くなるような付き合いはごめんだ」
「ふふ、まあ、理人さんらしいですね」
苦笑しながら、瀬名は自分のカップにコーヒーを注ぐ。 自分では態度を変えたつもりなど毛頭なかった。だが、もし周囲への空気が変わったのだとすれば、それは間違いなく、隣にいるこの男の存在が影響しているのだろう。
「……なぁ。今度の日曜、どっか行くか?」
「えっ? 理人さん、それってもしかして……デートのお誘い、ですか!?」
「なっ、ばっ、ちげぇよ馬鹿!! ただ、たまには外で飯食ったり買い物したり……普通の休日を満喫したいだけだっ、勘違いすんな!」
一瞬にしてパァッと表情を輝かせた瀬名に、顔が火照るのを感じつつ慌てて否定を並べ立てた。
「ははっ。まあ、それでもいいです。……あの、じゃぁ僕……どうしても理人さんと二人きりで行きたい場所があるんです」
「行きたい所? 言ってみろよ」
「動物園に、行きたいなぁって」
「……は?」
予想外すぎる単語に、理人はぽかんと口を開けた。まさか、二十代の男からそんなベタな場所を指定されるとは思わなかった。
「ダメ、……ですか?」
捨てられた子犬のような目で見つめられ、理人は奇妙なデジャヴに襲われる。
(あれ……この光景、どこかで……?)
「……たく、ガキかよ」
「だって。……本当はあの時、すごく楽しみにしてたんです。理人さんと動物園に行くの。でも、姉さんに止められて、行けなかったから」
瀬名の言葉に、理人はハッとして息を呑んだ。
「ちょっと待て、あの時ってなんだ? 俺とお前が一緒に行った場所で、お前の姉貴が関係するところなんて……あったか?」
理人の問いかけに、瀬名は一瞬だけ、きょとんとした表情を浮かべた。
「もしかして理人さん、今まで全然気づいてなかったんですか?」
「あ? 何言ってんだ」
「……理人さんが、あの公園で会ってた『あの子』。……僕ですよ」
瀬名の口から発せられた言葉の意味を脳が処理するのに、数秒の空白が必要だった。