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※もしもシンが裏切り者であったらという短い妄想
“データバンク”が自身の記憶に基づき複製してくれた、過去の新聞記事。そこに載っていたのは、恐らく印刷の際に生じたインクの掠れまでもが忠実に再現された、炎に包まれた殺連直営の養護施設の写真であった。
行方不明となった、教師と数人の生徒。スラーによる殺連関東支部襲撃の際よりも少し若々しい印象の”宇田”と、幼なげな顔の”楽”。
――あ、れ?一体何なんだ?この感覚は……?…………。
メラメラとモノクロに燃え盛る建物から、シンはカッと見開いた目を離せなかった。何故か、こめかみに脂汗が滲む。脇の下にまで、汗がじっとりと生じる。
シンは思わず、緊張と動揺に濡れたこめかみを指先で押さえた。
「……おい。お前、どうしたんだ……?」
そのようなシンの様子に気づいたらしき勢羽が、シンの顔をそっと覗き込み、不審げに、そう声を掛けてくる。その声音には、普段の彼の醒め切って、妙にシニカルで、シンをクールな無表情のままに揶揄うような軽さは一切含まれておらず、そこにあるのはシンを案じる響きであった。
大切な弟・真冬がスラー一味に捕われ、自分たち兄弟のことを考えるだけでいっぱいいっぱいの状況であろうというのに、こうやってシンを気遣ってくれる勢羽は、実は優しい奴だ。
けれど今のシンには、そこまで思いを巡らせる余裕すらも無い。
なので、シンはやっとのことで、「……何でも、ねえよ……」と、それだけを口にする。勢羽の視線が、間近から突き刺さる。それどころか坂本や周、データバンクの視線と感情も。特に、凄腕の殺し屋である坂本と、殺し屋としてのキャリアの長いデータバンクからの探るような感情は、シンのエスパー能力に、「……は、あっ」至近距離から突き刺さる。
とはいえ、それは彼らから怪しまれているとか疑われているとか、そういうのでは無い。
自らの命を懸け、自らの肉体とエスパー能力の限界をも超えて坂本に尽くし、そしてデータバンクを守り抜いてみせたシンを彼らは認め、仲間として信頼してくれているのであるから。シン自身、それをしっかと感じているのであるから。それはシンにとっては、【俺は以前よりも強くなったんだ】【戦う度に、確実に成長しているんだ】【……ならば俺は、まだまだ強くなれる!】【俺は坂本さんの役に立てる!】という確かな自負にも繋がっていた。
その信頼に、俺は応えたい。
坂本が、
《……シン。何か気になることがあるのか?》
思考越しに、そう問い掛けてくる。シンはもう一度、「……いや、何でもないんです」そう答えるが、坂本もデータバンクも、それどころか勢羽や周すらも納得していないようであったので、フォローのように言葉を重ねる、
「えっと、ほら、俺もガキん時に、親に捨てられたっつうか……ラボに預けられた子供だったんで。だから、他人事じゃあ無えような気持ちになっちまったっていうか……」
シンの妙にたどたどしく紡がれた言葉に、坂本たちは今度こそ納得してくれたらしい。坂本や勢羽、データバンクからは微かに同情にも似た感情が伝わってもきたし、こういうことは軽率に触れてはならぬとも思ったようであった、なので彼らはもう何も言わなかった。
周は、ある意味ではシンと似たような境遇にあるせいか、「…………」複製された新聞を手にしたシンにちらりと目を遣り、そして視線を落とし、自らの掌をジッと見つめていた。
――そういえば十代の頃にJCCに通わず、それどころか殺連上層部や他の殺し屋たちへのコネやツテも持っておらぬであろうはずのシンは、一体どのような手段を用い、殺し屋ライセンスを取得したのであろうか?
――恐らく六年ほど前に、まだ現役の殺し屋であった坂本と知り合うまでのあいだ、ラボを飛び出したシンはどのように過ごしてきたのであろうか?幼い子供がタッタ一人、大都会の真ん中で生き延びるなど可能であるのか?
――単なる六歳の家出少年が殺し屋となる、その過程は?
――シンの父親である【安藤】とは、何者?
――エスパーの利用価値は高い。もしかしてエスパー能力を手に入れてしまった瞬間に、シンの歩むべき運命の道筋は決まってしまった?
バンコク。
薄汚れた廃倉庫。
此処はスラー一味のアジトであり、ついに主要メンバーたちが顔を合わせた瞬間でもあった。
坂本商店側からはシンと坂本、勢羽、周が居り、ORDER側からは南雲と神々廻、大佛が、そして坂本商店ともORDERとも一線を画す存在として晶が……この八名がスラーと対峙していた。スラーの両横には武器を手にした楽と、鹿島がそれぞれ立っており、その後ろには人質である真冬と虎丸も居る。
そして、今。
「……すみません、坂本さん。でも俺、自分の生き方に後悔なんざ一切無いんです」
シンが正面のスラーを強い眼差しで真っ直ぐに見据えたまま、奇妙なほど冷静な声音で、そう言った。
その言葉に、坂本だけでなく勢羽や南雲たちまでもが、全員、「……シン……?」「お前、急に何を言って……」「……シンくん、君は一体……?」シンへ戸惑ったように目を向ける。
シンは一度、ゆっくりと目を瞑った。そのまま一秒、二秒。そして再び目を開いた時には、急激にフル開放されたエスパー能力により、シンの三白眼的に大きな瞳はキイイイインッと美しい宝石のように煌めいており、
「坂本くん!」
皮膚に刺さるほどのドス黒い殺気がぶわっと溢れた。
すっと細めた鋭い眼差しとともに、短く叫んだのは南雲であった。同時に、坂本は繰り出された攻撃を腕でガッと防いだ。
坂本に攻撃を仕掛けたのはシンであった。その右手に嵌められたグローブからは、ビリビリと電流が漏れ出している、
「さすが坂本さんですね!俺いま、かなりの本気を出してみたんっすけど、やっぱ防がれちゃいましたか!」
いつも通りの憧れの人に向ける口調と言葉そのままで、しかしニヤリと口元を歪め、凶暴な表情を浮かべたシンがざっと飛び退る。そして軽やかな身のこなしで彼が着地したのは、楽の傍であった。
――急に、シンの身体能力が大幅に向上している。
――それだけではない。先ほどシンが坂本に繰り出したパンチは、それまでの彼の実力からは信じられぬほどに強烈な威力を持ち、シンのパンチを受け止めた坂本の腕は羽織っていた上着が熱に溶けるようにして擦り切れ、皮膚は打撲で真っ赤に腫れ上がり、強い摩擦によりところどころ爛れてもいた。
――勢羽の発明したグローブは、脳のリミッターを外させる仕組みだ。それは使用者の能力に応じ、威力が変わるものでもある。
シン自身は『本気を出した』といったが、それはきっと本来の彼の100パーセントではない。恐らく、六割ほどの実力の。今まで記憶を、、、失っていた、、、、、あいだの、謂わば、弱い自分を、、、、、演じていた、、、、、、あいだのブランク分、彼はまだ本調子では無いのだ。
楽が呆れたように、だが、やけに親しげで楽しげな態度と口調で、
「おいおいシン、お前、なんか弱くね?六年前は俺より強かったっつうのによ、うわ、マジかよ~、ちょっとガッカリ」
などと言い、シンがこれまた気の置けぬ兄弟か、大好きな昔馴染みに向けるような態度と表情で、
「はあ?ふざけんなよ、てめー。俺、少し前にやっと思い出した、、、、、ばっかなんだよ。だからまだ、感覚が戻り切ってねえんだ。でも、すぐに戻るよ。つうかクソ、編入試験ン時に坂本とサシで殺やり合って、アッサリ負けてたお前に言われたくねえよ」
「あ?あれはリモートだったし?俺の本気じゃあ無えし?」
「あ~はいはい、そういうことにしといてやんよ」
そしてシンと楽は深い信頼の籠るハイタッチを、音をぱんっと響かせるようにして強く交わす。
「それよかさ~、あん時のシンがマジで弱すぎて。ウッカリお前を壊し切っちまうんじゃあねーのって俺、そっちのが困ったわ」
「でもお前、あん時ちょっと加減しただろ」
「…………」
「でも、まあ、結局上手くいったから良いんだけどよ」
楽が一瞬だけ、不機嫌な猫のように眼を細めさせた。それは、《……お前を殺すなんて選択、選ばせんなよ……ボスだって実はそう思ってんのを、お前だって知ってるだろ》とでも言うかのような、もどかしげな苛つきであった。
きっとその感情は、エスパー能力の覚醒し切っているシンに正確に伝わった。シンは楽の眼差しから逃げるように目を逸らし、ハハッと優しく笑ったから。
『記憶操作後のシンと、もし殺り合うことがあったなら手加減は一切するな』
『その結果、シンを殺してしまったとしてもだ。ああシンも既に、この計画に殉ずる覚悟を決めてくれているよ……だから、楽も覚悟を決めてくれ』
『いいかい、些細なことから綻びは生じるんだ』
『シンが俺たちの仲間だと、坂本やORDERに見抜かれてしまったら、もう何もかもがお終いだからね』
『俺たちの計画の、その中心に据えるのはシンなんだ……弱く、だからこそ強い坂本に憧れ、どこまでも坂本に尽くし続ける愚かな朝倉シンだ』
『エスパー能力を使いこなし熟練した殺しの技術を持つ、暗殺者の安藤シンのままで居てはならないんだ』
――六年前、スラーの”二重人格”から着想を得て、開発された記憶操作(洗脳)技術。シンがそれを受ける直前に、スラーはシンと仲間たちにしっかりと言い聞かせたのであるから。
『つまり、シンが坂本の懐に上手く入り込めるかどうかに全てが懸かっている』
『いいかいシン。坂本だけではなくORDERなど、殺連側の人間ともどんどん関わって欲しい。そして情報を集めろ』
「……”裏切り者”は、君だったのか……」
ぽつんと呟いたのは南雲であった。彼は感情を消した瞳で、シンを見つめていた。
“朝倉シン”であった際にも、一定の周期でシンは安藤シンに戻った。それはタッタの数分から十数分ほどの短い時間であったが、その間にシンは暗号を用い、殺連側には決して探知されぬ連絡手段によって、得た有益な情報をスラーへ伝えていた。そして再び精神が朝倉シンに切り替われば、シンは安藤シンに戻っていたあいだの自身の行動を綺麗サッパリと忘れた。
だからこそ、シンがスラー一味のスパイであったことは誰にも気付かれなかった。坂本にも、ORDERにも、仮初の仲間たちにも。
坂本への尊敬も、みんなが大好きだった気持ちも嘘じゃあない。ただ、その気持ちを抱いていたシンが嘘であっただけで。
「シンくん……」
……その過程で、自身が南雲に淡い恋心を抱き、南雲からも想いを寄せられるようになってしまったのは、シンからすれば少々の予定外であった。だって俺にはボスという、俺自身の命よりも大事なひとが居るんだから。俺には楽という、魂の双子みたいに大好きな奴が居るんだから。
実は大胆不敵な本質を持つシンにも、いま、南雲の顔が見られない。
その思いをばっと振り切り、
「ボス」
シンは、スラーへ笑顔を向ける。スラーも、「おかえり、シン」満足げに微笑みながら、頷き返す。これから戦闘が始まれば、シンはすぐに自身の戦闘の勘を完全に取り戻すであろう。
息のピッタリと合った楽とシンが組んだら、一体どうなってしまうのであろう。