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#ロマンスファンタジー
百はな🍑
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翌朝――。
「お姉ちゃん、こっち来て!」
「次、私と遊んで!」
「ちょっと! 一人ずつ来なさいってば!」
朝から私は、孤児院の子どもたちに完全包囲されていた。
「お嬢様、大人気ですね~」
少し離れた木陰で、アンナがのん気に手を振っている。
「見てないで助けなさいよ!」
ひと息つこうとベンチへ腰を下ろすと、十歳くらいの女の子が、もじもじしながら袖を引いた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何かしら?」
「あのね……好きな男の子がいるんだけど、どうしたらいいと思う?」
(まさかの恋愛相談……!?)
「その子は、あなたが自分のことを好きだって知ってるの?」
「ううん。全然知らない……」
「なら、まずは自分の気持ちを伝えなきゃダメよ」
「ええっ!? む、無理だよ。恥ずかしいもん!」
「好きなら好きってちゃんと言わなきゃ、伝わるものも伝わらないでしょう?」
そのとき――。背後から、生温か~い視線を感じた。振り返ると、アンナがものすごく何か言いたそうな顔でニヤニヤしていた。
「……何よ、その顔」
「いえぇ? 何でもありませんよ?」
「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい!」
「それ、お嬢様が言っちゃいます~?」
「…………」
「殿下に『好き』の一言も言わず、離婚届と刺繍入りのハンカチだけ置いて逃げてきた張本人が?」
「う、うるさいわね!!」
女の子が、きょとんと目を丸くした。
「お姉ちゃんにも、好きな人いるの?」
「い、いないわよ!」
「えー。お顔、赤いよ?」
「陽射しが少し暑いだけ!」
子どもたちが、きゃっきゃっと笑う。
(まったく……)
私はぷいっと顔を背けた。でも――。
(……人のこと、言えないわよね)
やることだけは散々やっておいて。私とカイル殿下は――。
(『好き』の一言すら、まともに口にしてないじゃない……)
庭を楽しそうに駆け回る子どもたちを眺めながら、ふとお腹へ手を添える。
(この子も、いつか……あんなふうに走り回るのかな)
そして、その隣には――。なぜか子どもを抱っこして、一生懸命あやしているカイル殿下まで浮かんできた。
「…………」
(なんで、あいつまでセットで出てくるのよ!)
私はぶんぶんと頭を振って追い払った。
***
午後。テラスでお茶を飲んでいると、院長先生が穏やかに微笑んだ。
「あんたたちさえ良ければ、ずっとここにいたっていいんだよ」
「えっ! 本当ですか!?」
お茶を注いでいたアンナが、ぱぁっと顔を輝かせる。
「子どもたちの面倒を見ながら、ここでその子を育てる。そんな人生も、悪くないだろう?」
院長先生が、私のお腹へ優しい視線を向けた。この温かな場所で生まれてくる子どもと一緒に、穏やかに暮らしていく。そんな未来も――。
「……院長先生、私――」
「みんなー! 焼き立てクッキーのおやつだよー!」
食堂から響いた明るい声に、言葉を遮られた。
***
「食べる前に、ちゃんと手を洗うんだよ!」
「はーい!」
子どもたちが、一斉に洗い場へ駆けていく。
「……ん?」
一瞬だけ――。手洗い場の方から、黒い靄のようなものが、ゆらりと揺れた気がした。
(……今の、何?)
目を凝らす。けれど、もう何も見えない。
(気のせい……よね?)
私とアンナも食堂へ向かった。
「いただきまーす!」
元気いっぱいの声が響いた――直後。
ガタンッ!!
「……え?」
一人の少女が、椅子から崩れ落ちた。
「ちょっと! どうしたの!?」
「……あつい……息が……苦しいよぉ……っ」
院長先生が駆け寄り、額へ触れる。
「すごい熱だ……!」
「僕も……気持ち悪い……」
「え?」
一人。二人。三人――。次々と、子どもたちが机や床へ突っ伏していく。
「お嬢様!」
アンナが少女の袖を捲り上げ――息を呑んだ。
「これ……っ!」
「……っ!?」
細い腕に、毒々しい黒紫色の筋が浮かび上がっていた。まるで黒い根が、血管に沿って皮膚の下を這っているようだ。
「ほかの子も確認して!」
「はい!」
ほどなくして、アンナが青ざめた顔で戻ってくる。
「具合の悪い子、みんなに同じ痣があります!」
(高熱、急激な衰弱。それに、この黒い痣……)
(一体、何なの!?)
「院長先生、すぐにお医者様を呼んでください!」
私は懐から銀貨を取り出した。
「これを使ってください。足りなければ、あとでいくらでも出すわ!原因が分からない以上、元気な子とは離しましょう!」
「あ、ああ!」
職員たちが一斉に動き出す。私は食堂を見渡した。倒れたのは、およそ半数。顔色の悪い子もいれば、全然元気な子もいる。
(同じ場所で暮らしているのに……全員じゃない)
医学の知識なんてない。でも、原因を探ることならできる。
(数字の合わない帳簿と同じよ)
(条件を一つずつ切り分ければいい)
最初に倒れた少女の机を見る。クッキーは、二枚とも手つかずだった。
「さっきクッキーを食べた人!」
「僕、もう二枚食べた!」
元気な男の子が得意げに手を挙げた。
(なら、原因はクッキーじゃない?)
「じゃあ、ここ数日で何か変わったことはあった?いつもと違うものを食べたとか、新しく何かを使い始めたとか?」
「……あ!」
一人の女の子が手を挙げる。
「石鹸。三日前から新しくなったよ」
「あなたも使った?」
「うーん……あんまり。手洗いも水でパパッてした方が早いし……」
「僕、昨日お風呂入ってない!」
「こらぁっ! それは威張ることじゃありませんっ!」
「アンナ、説教はあと!」
「でもお嬢様!」
「今だけは、そのズボラさがものすごく重要なの!」
「ええぇ……!?」
今度は具合の悪い子へ尋ねる。
「石鹸、よく使ってた?」
「私……毎回ちゃんと手を洗ってた……」
「僕も……昨日のお風呂で身体も洗った……」
一方、まだ意識のはっきりしている軽症の子は、昨日の入浴時に使っただけだという。
(まさか……)
頻繁に使った子ほど重症。たまに使った子は軽症。ほとんど使っていない子は――今のところ元気。
(石鹸を使った回数が多いほど、症状が重くなってる……?)
「院長先生。職員の皆さんも、同じ石鹸を?」
「いや。職員は職員用の洗面所で、前から使っているものを使ってるよ」
「子どもたちだけ?」
「ああ。少し前に、神殿からもらったんだよ。殺菌効果が高いそうだから、数にも限りがあるし、子どもたちに優先して使わせてるんだ」
(それなら、子どもばかり発症しているのも説明がつく)
「その石鹸はどこに?」
「手洗い場と風呂場。それから予備なら、そこの戸棚だよ」
アンナが戸棚から木箱を取り出し、机へ置いた。中に並んでいたのは、ごく普通の白い石鹸。
「え?」
アンナが首を傾げる。
「これ……皇宮でも使っている薬草石鹸ですよね?」
「……ええ」
見た目も。ハーブの香りも。皇宮の洗面所に置いてあるものと同じだ。
(でも……皇宮では誰一人、こんな症状になっていない)
ぞわり。嫌な予感が背筋を走った。私は白い石鹸へ、恐る恐る指先を近づける。
――その瞬間。
「……っ!」
ゾクッ!!氷水を直接流し込まれたような、おぞましい悪寒が全身を駆け抜けた。真っ白な石鹸の表面から──黒い靄が、ゆらゆらと立ち上っている。
「お嬢様!?」
咄嗟に手を引っ込めた。
(何よ……これ)
(さっき手洗い場で見えた黒い靄と同じ……!)
(それに、この嫌な感覚……どこかで――)
「アンナ。これ、見える!?」
「え?」
アンナが石鹸をじっと見つめる。
「普通の白い石鹸にしか見えませんけど……?」
「…………」
(やっぱり、私にしか見えていない……?)
そのときだった。カッ――!
「あつっ……!」
「お嬢様!?」
突然、左耳が焼けるように熱くなった。触れた指先に当たったのは――小さな白いピアス。
『このピアスは、あなたの聖力を封じ、本来の姿を隠すものよ』
(ピアスが……反応してる?)
そのとき――。
「院長先生! この子が……!」
職員の悲鳴が響いた。
「痣が、広がって……!」
振り返る。最初に倒れた少女が、苦しそうに身体を丸めていた。
「……あつい……たすけて……」
「…………っ!」
腕だけだった黒紫色の筋が――首元へ、じわじわと広がり始めている。
「そんな……っ!」
院長先生が、少女の小さな手をぎゅっと握る。 私は左耳へ手を伸ばした。
(このピアスが、本当に私の聖力を封じているなら――)
指先で、白いピアスをつまむ。
(外せば――この子たちを救えるの?)
コメント
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第54話、読み終わりました! 最初の孤児院の子どもたちとの和やかなやり取りと、急に訪れる異変のギャップがすごく印象的でした。特に主人公が子どもに恋愛相談されて、自分のことを棚に上げてアドバイスするところ、すごく人間味があっていいなあって思いました。アンナに「殿下に一言も言わず逃げてきた張本人が?」ってツッコまれるシーン、思わずにやりとしちゃいました。 そして後半、黒い靄やピアスの反応……まさか原因が石鹸で、しかも主人公にしか見えないものがあるなんて。子どもたちの腕に浮かぶ黒い筋の描写が生々しくて、続きが気になりすぎます。ピアスを外すかどうかの決断、どうなるんでしょう。ドキドキしながら次を待ってますね!