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教室までの道のりがこんなに憂鬱なの、何年ぶりだろう。夏の大会が近いこともあってか、校庭からは運動部の号令や吹奏楽部の練習が聞こえてくる。開け放たれた窓からは爽やかな風が吹き込んで、昨日のことなんか無かったように蝉が元気に鳴いていた。
──あの後家に帰ってからも、ずっとぐるぐる考えていた。
どう言い訳したって、詰まるところ僕は逃げたのだ。彼がどれだけ頑固な分からず屋だったとしても、あの瞬間いくらでも説得のしようはあった。彼をひとりにしないよう、責任を半分肩代わりすることだってできたはずなのに。
僕が握ってやれなかったせいで、彼の手は固く閉ざされてしまった。
……足が重い。肩と、あと頭も。
「はぁ……」
リトくん、怒ってないかな。
「てめえ1人だけ逃げやがって」と詰められるならまだマシで、本当に怖いのは何も責められないことだ。
だってそれはつまり、リトくんにとって僕は最初から、隣に立つべき人間じゃなかったということだから。
答え合わせをするのが怖い。どんどん遅くなる歩みに「もう帰っちゃおうかな」なんて思い始めた時、ふいに視界の端をブルーベリー色の丸い頭が横切った。
「……あ、ロウくん。おはよう」
「はよ。……なんか顔ヤバくね? お前」
顔ヤバいは悪口だろ。つい口を突いて出かけるが、今僕の顔、もとい顔色と隈がヤバいのは事実なので曖昧に笑いながら頷くしかない。
何せ昨夜は一睡もできていないのだ。あの時目の前を貫いた雷光と、背中越しに聞こえた鈍い打撃音が脳裏にこびりついて離れなくて、結局夜通しゲームをして明かした。
最終ステージをクリアできないまま「そういえば進路について考える予定だったんだっけな」とようやく思い出したのは、カーテンの外が白み始めてからだった。
ロウくんは僕の様子をいまいち感情の読めない表情で見つめ、躊躇いがちに口を開いた。
「……あー、その。……聞いていいやつ? 昨日のこととか」
「えっ、なんで知ってるの?」
「や、あの時たまたま近くにいてさ。……あそこにいたの、宇佐美だよな」
「……うん。そうだね」
あの時ロウくんもいたんだ、気付かなかったな。……というか、リトくんが変身した後の姿も知っているということはつまり、僕の醜態までばっちり見られてしまったということか。
情けないやら何やらで涙が出そうだ。昨日あれだけ泣き腫らしたってのにまだ泣き足りないのか、僕は。
「ごめん、あれについては僕もよく分からないんだよね。そもそもどこまで話していいのか分からないし……」
「……無闇に喋るなって、誰かに言われたのか?」
「そ、れは……」
言われた。
昨日風呂上がりに自室でぼうっと考え事をしていた時、突然スマホに見知らぬ番号から着信があったのだ。戸惑いつつも出てみるとそれは、あの時キリンの子の通信機から話しかけてきた──何かしらの組織の人で、重ねて謝罪すると同時になるべく他人には口外しないよう『お願い』をされてしまった。素人の高校生があれだけの戦闘力を得られる兵器を持った組織の言う『お願い』というのは、言葉の裏に隠しきれない圧力がある。
ここで黙ってしまっては肯定したも同然だ。ロウくんは「お前はぐらかすの下手すぎるだろ」と呆れながらもそれ以上言及してくることはなかった。本当に優しいな、きみも。
「……でも、本当に僕は何も知らないんだ。もし聞きたいことがあるならリトくんに聞けば良いんじゃないかな。言えないこともあるだろうけど、彼ならちゃんと答えてくれるはずだから」
「おお……そうする」
「……じゃあ、そういうことで──」
「────あ、のさ、」
だんだん惨めになってきたので挨拶もそこそこに立ち去ろうとすると、意外にも呼び止められてしまった。ロウくんがこういった雑談を長引かせようとすることは滅多にない。ましてやこんな、思い詰めたような表情で。
周りに会話を聞いていそうな人がいないのを確認して、ロウくんはぐっと声を潜めた。
「、その……星導のこと、なんか知らねえ?」
「……るべくん?」
「なんかあいつ……今日、学校来てないっぽくてさ。誰も何も聞いてないらしいから……」
「心配なんだ?」
「……別にそうじゃねえけど」
とか言っちゃって、姿が見えなかったからって隣のクラスまでわざわざ聞きに行ったんだろうに。素直じゃないなぁ。
微笑ましく思いつつ、星導くんのことは僕も普通に心配だ。昨日の放課後ロウくんが捕まえられなくてむくれていた顔を思い出す。特に変わった様子はなかったと思うけど、あの後何かあったんだろうか。
「うーん……力になりたいのは山々なんだけど、見て分かる通り僕まだ教室にも行ってないし……そもそも僕もクラス違うし、昨日の放課後に話したっきりだね」
「昨日、どんな話した?」
「え? 別にいつも通り……きみがいつの間にかいなくなってて一緒に帰ってくれなかったって愚痴聞かされただけかな、普通に」
「…………そうか」
ロウくんは少し考え込んで、すぐにまた顔を上げた。
「話半分で聞いて欲しいんだけどさ」
「うん」
「……なんつうか、あいつおかしいんだよ、最近。雰囲気が変わったっていうか、目つきが違うっていうか……なんか、
──別人みたいに見える、時があって」
その言葉を聞いて、昨日のリトくんを思い出す。
雰囲気が変わった、目つきが違う……そうだ、あの時の彼もそうだった。金色の髪から覗く目は獲物を狙う肉食獣の如く爛々と光っていて、いつもの気さくで柔和な表情は鳴りを潜め、まるで別人のように鬼気迫った顔をしていた。
あそこまでではないにしろ、星導くんにも同じような異変が起きているのだとしたら。それがもし、リトくんの拾ったキリンの子みたいに得体の知れない『何者か』によるものだとしたら。
……いや、無いか。
「……なんか心当たりある感じ?」
「い、や……ごめん、まだちょっと色々、……考えたくて。何か分かったら連絡するよ。リトくんのことも、るべくんのことも」
「お前俺のアドレス知ってたっけ?」
「そこはほら、大声で」
「迷惑だろ。周りに」
ふ、と呆れ笑いを漏らすロウくんは、ほんの少しだけいつもの余裕を取り戻したように見えた。良かった。スパダリたる僕の同期に辛気臭い顔は似合わないからな。
「……んじゃ、俺行くわ」
「あ、うん。またね。……どこ行くの?」
「職員室? なんか呼び出し食らった」
「何したんだよきみ……」
ロウくんがあまりにも飄々と言ってのけるので僕は何だか力が抜けてしまった。挨拶もそこそこにその場を立ち去る姿はもういつも通りのマイペースな彼で、星導くんのことも含めてこのまま何事もなければいいなぁとまるで他人事みたいに思った。
さて、と再び教室までの廊下を進み始めた僕はふとあることを思い出して、その歩みを止める。
──星導くんが言うには、ロウくんって寄り道せずに家に帰ってゲームに没頭するタイプじゃなかったっけ。じゃあなんで、昨日は偶然あんなところにいたんだろう。
振り返ってみても長く続く廊下に後ろ姿はなく、別に追いかけてまで聞くことでもないと自分に言い聞かせて、何もなかったことにする。
きっとみんな僕には想像もできないような複雑な事情や環境を抱えているんだ。どうせ想像がつかないなら深追いするべきじゃない。足手まといになるくらいなら、僕は関わるべきじゃない。
昨日のせいですっかり逃げ癖がついてしまっているな、と自嘲して、それでも客観視しきれない現状から目を逸らすように踵を浮かせた。
§ § §
歩けば、進む。それは至極当然のことで、1分もしないうちに僕はとうとうドアの前まで来てしまった。
もしリトくんがめちゃくちゃ怒っていて、懇々と説教をしてきたらどうしよう。いくら同級生とはいえあれだけ体格差のある人に怒られるのって怖すぎるから、今度こそ僕は自分の意思で逃げ出してしまうかもしれない。
いいや、最悪ぶん殴られよう。それでチャラにしてもらおう。ドアに手をかけてゆっくりと深呼吸をし、精神を統一する。
ええい、ままよ!
「おはようございま──……あれ?」
勢いよくドアを開けて真っ先にリトくんの席を見ても、彼の姿はそこにはなかった。おかしいな、いつもだったらとっくに登校していてもおかしくない時間帯のはずだけど。
「おはよ〜、もしかしてリトくん探してる?」
入り口付近でキョロキョロしていると、すぐ近くの席に座っていたゆるふわベージュ髪の彼がこちらに気付いてくれた。
「あ、鬼伏くん……何も聞いてないんだけど、彼今日休み?」
「うん、そうらしいね。私も詳しくは聞いていないんだけど」
「で、きみはなんで1組にいるのかな?」
「いや〜、オリオンに会いに来たんだけどね? あの子もお休みなんだって。私何も聞かされてないの」
どこかふわふわとした掴みどころのない語り口調は、彼の間合いに引き摺り込む必殺技だ。気を抜くと何の話をしようとしていたのかまで忘れてしまうので要注意。
まぁ彼がこうして教室を自由に行き来しているのはいつものこととして、リトくんが来ていないのは予想外だった。振り絞った勇気をぶつける先を見失い、仕方なく席につくことにする。後ろから数えた方が早い自分の席に座ってみて、そこでようやく異変に気付いた。
「──というか、今日来てる人少なくない?」
「……何だろね?」
鬼伏くんはスマホを机に置くと、僕と同じように教室をぐるりと見渡した。
今日は結構ギリギリまで粘っていたこともあっていつもより遅い時間の登校になったはずなのだが、それにしてはいつもより人が少ない気がする。部活動に行っている人もいるだろうから感覚でしかないが、鞄や机の中などを見る限りざっと数えて片手分ほど足りない。
昨日と同じ、嫌なざわめきが胸に押し寄せる。
「う〜ん心配だよねぇ。風邪とか流行ってるのかな? それか時期的に食中毒とか?」
「……にしては真っ先にダウンしてそうな人は来てたけど」
「あはは、ほぼ名指しだね?」
他愛もない話をしながら指差し確認で確かめてみる。……うん、やっぱり少ない。言うなれば冬場の学級閉鎖一歩手前くらいのあの感じだ。やけにがらんとした教室は何だか落ち着かなくて、意味もなくスマホを開いてみる。
ああ、どうしようかな。今日リトくんが来てさえいれば勢いで土下座くらいできたのに、本人がいないんじゃ謝罪どころか叱られることさえできない。
……というか、リトくんが休んでるのってもしかしなくても十中八九昨日の戦闘で怪我をしたからなんじゃないだろうか。
そりゃそうだ、いくらあの摩訶不思議パワーみたいなもので身体能力が上がったり雷を使役できるようになっていたとして、リトくん自体は生身の人間なのだ。素手のまま何か硬いものでも殴ったり高いところから落ちたりすればなす術もなく、勉強するどころではない大怪我を負ってしまうだろう。だとしたらそれは、やっぱり昨日引きずってでも止めなかった僕のせいだ。
ああ、本当にどうしよう。僕のせいでリトくんに消えない後遺症が残りでもしたら。
「──テツくん?」
「ぁ、……ごめん、大丈夫」
「顔色が優れないみたいだけど……本当に大丈夫? もしかしたら本当に風邪が流行ってるのかもしれないし、無理しなくても──」
「いや! 本ッ当に大丈夫だから!! ごめんね心配かけちゃって!!」
僕の突然の大声に驚いたのか、鬼伏くんはぱちぱちと瞬きをしてからじっとこちらを覗き込んできた。彼の深いアメジストのような瞳は何だか凄みがあって、瞬きのたびにキュッと蠢く虹彩はまるで万華鏡のようにも思える。
「……事情とかはよくわからないけど、私でよければいつでも相談してね? 私は明日も来るし」
「ほ、ほんとに……?」
「だって明日まだ金曜日だよ? 平日だよ、まだ」
それはそうだけど、そうは言ったって、今日だって当たり前に来ると思っていた人が来なかったわけだし。
うじうじと不安がる僕に、鬼伏くんは『閃いた』というような顔をして右手の小指を差し出してきた。
「じゃあね、指きりしよう? オリオンみたいに!」
「えぇ……彼そういうことする人だっけ……?」
「する人する人〜。──ほら、」
僕の小指をやや強引に繋げると、鬼伏くんはこちらを見上げてにこりと笑った。
「約束だよ」
2人分の右手をゆらゆらと揺らしながら、彼は歌でも歌うように呟く。不思議なもので、人間そう聞くと本当に信じる気になってしまうものだ。
彼のこの艶やかな甘い声で言われると殊更に説得力が増す。この人がいてくれれば安泰だな、と何の根拠もなく思えてしまうのだ。これも一種の才能なんだろうか。
──まぁ、結論から言うと、この約束は物の見事に破られることになるわけだけど。
§ § §
「あれ、ここにもいない……!? も〜どこだよ〜〜……!!」
『廊下は走るな』のポスターをガン無視しながら廊下を全力疾走する僕は現在、進路希望調査のプリントを提出するため担任の先生を探しているところだ。先生が明日から他県へ出張に行ってしまうことが発覚したため、急遽適当に埋めただけのプリントを今日中に渡さなければならなくなってしまった。
昨日リトくんとあれほど熱く語ったはずの将来の夢は、現実的に考えれば考えるほど味気ない近場の大学で埋められてしまい、どうにかこれを現実にしないように頑張るという新たな目標もできた。待ってろリトくん。風邪だか怪我だか分からないけど、きみが復活する頃には必ず自分の夢を見つけてみせるから。
──なんてかっこつけてみたところで、先生がどこにもいないんじゃ誓うこともできないんだけど。職員室にも教室にも、男子トイレにすらいなかった。一体どこをほっつき歩いてるんだあの人は。もう帰ったとか言わないよな。最悪学年主任の先生に提出すればいいけど、あの先生はちょっと怖いからできれば担任の先生に出しておきたい。
すっかり真夏の様相に切り替わった放課後は、チャイムが鳴ってなおまだ明るい。教室の掛け時計を覗いてみれば、時刻はすでに午後の5時を過ぎていた。
「──あれ、あそこにいるのって……」
中廊下を挟んで向かい側の校舎、その屋上に見覚えのある人物が立っているのが見える。
僕は手元のプリントを一瞥して、これはいつでも提出できるけど友達との会話ってその場限りだしなぁと思うことにした。内半分は本心で、もう半分は純粋な好奇心から。仕方ないだろ、どうすれば青春あるあるの屋上に降り立てるのか知りたかったし。
さっきまでと違い、今度は誰にも見つからないようにこそこそ走り回って、何とか屋上までの踊り場までたどり着く。いつもは侵入者を拒んでいる立入禁止の赤い三角コーンが、今はそっぽを向いて退けられている。
ドアノブを回そうとしてみたけれど、よく見るとそれはもはやドアノブの役割りを果たしていなくて、ひしゃげた金属がただぷらんとぶら下がっているだけだった。……まるで、ヒトではない何かが力づくでこじ開けたみたいに。
不審に思いつつサッシとの隙間に指を突っ込んでみると、ドア自体は軽い力で引くだけで簡単に開いてしまった。
そうして僕は念願だった人生初の屋上に降り立ち、フェンスに手をかけてぼうっとしている人影に声をかける。
「──るべくん、こんなとこで何してんの?」
「あれ? 一徹じゃん」
駆け寄れば、星導くんは少し驚いた顔で出迎えてくれた。突然の体調不良とかだったらどうしようと思ってたけど、顔を見る限り元気そうで良かった。
「いや、マジで心配したよ。どうしたの? 何かあった?」
「特に何かあったってわけじゃないよ。ちょっと、調べ物に夢中になっちゃって」
「調べ物……?」
気になって問い返してみるけど、星導くんは笑ってはぐらかすばかりで答えてはくれないみたいだった。
──あ、またこれだ。僕だけみんなの中に混ぜてもらえないような、ひとりだけ理解を拒まれている感覚。
星導くんは屋上の強い風に髪を靡かせながら、ぼんやりと空を見上げている。僕もつられて見てみるけれど、そこにはいつもと変わらない、青くて高い空があるだけだった。
「……ロウくん心配してたよ」
「え、ぴょんが? ……へー、珍し」
「なんで屋上なんか来てるの?」
「あー、気分? なんか、空とか見たくなっちゃって」
せめて連絡くらいしてあげたら? とか、なんで空見るためだけにわざわざ学校まで来たの? とか、聞きたいことはとにかくたくさんあったけど、多分それらもちゃんとは答えてくれないんだろう。僕と彼の間に分厚いバリアが張られているみたいな疎外感に襲われながら、僕は何も言わずにただ一緒になって空を眺めるのに徹することにした。
昨日とは違って快晴と呼んで差し支えないであろうそれは、幾つかの真新しい飛行機雲が渡っていて、そのどれもが途中から靴で踏み消した白線みたいに掻き消えている。青い、青い、どこまでも抜けるように青く澄んだ色に、何だか心が洗われるような心地さえした。
「──ねぇ、一徹」
「はぁい」
「一徹はさ、……俺とずっと、友達でいてくれる?」
「……え?」
思わず視線を横にずらせば、見たことのないほど穏やかな──アルカイックスマイルと云うんだったか、まるで神さまみたいな笑みを湛えて星導くんはこちらを見ていた。
ぞくりと鳥肌が立つ。ああ、これか、ロウくんが言ってたやつ。雰囲気が変わった。目つきが違う。──まるで、別人みたいな。
「……友達、だよ」
「本当に?」
「俺はこういう時には嘘つかないよ。きみだって知ってるだろ」
「はは、それもそう──かもね」
そうしていつもみたいに声を上げて笑ってみせた星導くんからは、あの貼り付けたような笑みは消えていて。中途半端な暑さのせいか、それともシンプルに緊張のせいなのか、汗でじっとり濡れた手をぎゅっと握りしめ、思い切って聞いてみることにした。
「あのさ、るべくん」
「……なぁに」
「入り口のドア、どうやって開けたの」
「……んー……思い切ってやってみたら開くもんだよ、結構。えいって」
そうして星導くんが両手を持ち上げる動作をする刹那、ふわりと舞った前髪の隙間から覗いたオリーブ色の瞳は、赤いフレアが瞬いているようにも見えた。
心臓が嫌な鳴り方をしている。
もうずっとだ。昨日から、ずっと。
「ね、一徹」
「……うん」
「かえろっか」
「…………うん」
どこに、だなんてふざけては聞けなかった。だって今の星導くんなら、本当に得体の知れないどこかまで連れて行かれてしまいそうな雰囲気があったから。
彼が『かえろう』と言った途端に金星が瞬き始めたことも、ドアを持っていてくれる優しい彼の髪から、するはずのない磯の香りがしたことも。明日もまたいつもと変わらない朝を迎えるために、今は全てに気付かないふりをしていたかった。