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☆☆☆
コンビニで買い物をしている恋人を置き去りにしないように、橋本はゆっくり歩いた。なんの気なしに空を見上げると、さっきまでキラキラ瞬いていた星がまったく拝めない状況を目の当たりにして、眉根を寄せる。
(なんとなーく空気が湿気ってるっつーことは、ひと雨くるかもしれないな)
「陽さん、お待たせしました。わっ!?」
隣に宮本が並んだ途端に、バケツをひっくり返すような雨が降りだした。橋本は慌てて、着ているジャケットを頭にかぶった。
買ったばかりの本で雨をしのいだ宮本が、とあるところに指を差しながら大声で話しかける。
「あのビルの下まで、ダッシュしませんか?」
雨宿りするのにちょうどいいひさしがあったので、頷く間もなく走った。
「いやぁ参ったな。ゲリラ豪雨かよ」
「さっきまで、雨の気配はなかったのに。すぐに止むといいですね」
頭にかぶっていたジャケットを腕にかけてから隣を見ると、宮本がじっとなにかを見つめているのに気がついた。
「雅輝、どうした?」
「陽さんの横にある真っ黒い扉、何のお店なのかなって。金のドアノブだし、黒い扉もちょっとした彫り物がお洒落に施されているから、隠れ家的な飲み屋さんみたいなお店だったりして」
その言葉を裏付けようと、辺りをきょろきょろ見渡してみたが、看板らしきものは見当たらなかった。
「看板が出せない、アダルトグッズの店だったりしてな」
橋本のセリフに、宮本が生唾を飲んだのがわかった。
「冗談だって、真に受けるな」
「とりあえず、なんのお店か確かめてみましょうよ」
橋本が止める前に、宮本の手がドアノブを掴んで扉を開けた。中から光が溢れて、ふたりを照らした次の瞬間――。
「「うわっ!!」」
後ろから誰かに強く押されて、扉の中へと強制的に入れられてしまった。
強引に押し込まれたことで、このまま閉じ込められることを想定し、素早く身を翻した橋本の手が一瞬遅れて、ドアノブを掴み損ねる。扉が閉まると同時に、ガチャンと鍵がかけられた音が耳に聞こえた。
「くそっ、誰の仕業なんだ……」
言いながら橋本が室内に視線を飛ばすと、宮本が「陽さん、あれ」と震え声で話しかけつつ、どこかに指を差す。
「……マジかよ」
真っ白い壁に垂れ幕が掲げられていて、そこには『ふたりがイくまで出られません』と、布地に大きなピンク色の丸文字がプリントされていた。
「この部屋、そういうことをするために用意されているみたいですよ。ベッドの傍に、いろんな道具が置かれていますし」
部屋の中央に、キングサイズのベッドがどどんと置かれていて、その横には長机が設置されていた。
「どれどれ。箱ティッシュにゴム、ローションとエロ本、真っ赤な蝋燭と鞭に……。うわっ、他にも使い方がわかんねぇアダルトグッズが用意されてるとか、笑うに笑えない状況だな」
橋本は腕にかけていたジャケットを、無造作に足元に放った。
「陽さん、まさかこのまま……」
「やるわけねぇだろ。これは言わば監禁だ、思いっきり犯罪なんだよ雅輝」
首を軽く揺すりながら、屈伸をはじめた橋本を見て、宮本は思いっきり顔をひきつらせた。
「陽さん、監禁されたのは理解するけど、だからってそれは駄目だってば」
「このまま大人しく、黙ってイイコトするわけにはいかねぇな。あの扉をぶっ壊して、絶対外に出てやる」
鼻息を荒くしながら、勇んで扉に向かいかけた橋本の肩を宮本が強引に掴み、遠心力を使って後方に投げ飛ばした。力まかせに引っ張られた躰が、ベッドに飛ばされる。
「おい雅輝、なにすんだ!」
宮本は起きかけた橋本の上に跨り、上半身をぎゅっと抱きしめた。
「あの扉に喧嘩を売っちゃ駄目だよ、陽さん」
「は?」
「普通の扉じゃないと思う。だって、すごく重たかったんだ。蹴ったりしたら、陽さんの足が壊れちゃうよ」
「そんなに、重たかったのか?」
トラック運転手の宮本が言うせいで、妙な説得力があった。
「うん。金属でできてると思うレベル」
意気消沈したようなセリフに、橋本は脱力して身をまかせた。
「だったら、ここからどうやって脱出すればいいんだ? 俺は嫌だぞ、こんなところでイくなんて」
「でもイかないと、出られないじゃないですか」
正論を言った宮本を宥めるために、橋本は大きな背中を撫でながら口を開く。
「いいか、イかないとここから出られないということは、誰かが俺たちを監視してるってことなんだぞ」
「確かに……」
「野郎のまぐわってるところが見たいなんて、悪趣味にもほどがあるだろ」
「うんうん。陽さんのイく顔は、俺だけのものですしね!」
くしゃっと瞳を細めて笑みを浮かべる宮本の危機感のなさに、橋本は呆れ果てそうになって、どうにも返事ができなかった。
「とはいえ、イかないと出られないんですから、いっそのことオナってみます?」