テラーノベル
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次の日のスタジオは、昨日より少しだけ静かだった。
何があったのか、説明はされていないのに、空気だけが微妙に重い。
藤澤も、髙野も、綾華も、どこか慎重に言葉を選んでいる。
そして、その中心にいるのは二人。
元貴と、若井。
最初の合わせ。
コードが鳴った瞬間、元貴の声が少し遅れた。
「……そこ、ズレてる」
開口一番、それだった。
若井はすぐに手を止める。
「ごめん、もう一回やるね」
いつも通りの反応。
その“いつも通り”が、元貴の中の苛立ちを逆に押し上げた。
「いや、もういいって。なんでそれもできないの」
ピリ、と空気が裂ける。
藤澤が一瞬だけ目を伏せる。
髙野の手が、ベースのネックから離れかける。
綾華はスティックを握り直した。
でも止めない。
まだ、言葉の段階だから。
若井は一拍遅れて、少しだけ笑った。
「ごめん、気をつける」
その笑い方が、少しだけ弱かった。
それでも元貴は止まらない。
「そもそもさ、ずっとその感じなんだよ。適当なんだか真面目なんだか分かんないし」
「別にいなくてもいいんじゃない?」
言った瞬間、スタジオの空気が固まる。
髙野が低く「元貴」と呼ぶ。
藤澤が一歩前に出かける。
綾華の視線が鋭くなる。
でも元貴は止まらない。
昨日のあれがまだ残っている。
頬の熱も、言葉も、全部。
それをどこにも逃がせないまま、目の前にぶつけているだけだった。
若井は一瞬だけ黙る。
それから、ほんの少しだけ眉を下げて笑った。
「……そっか」
その声は、軽くしようとして失敗したみたいに優しかった。
「ごめんね、もっと頑張る」
謝る必要なんて、どこにもない言い方だった。
それでも若井は、そう言うしかないみたいに言った。
その表情を見た瞬間、元貴の中で何かがさらに尖る。
(なんで、そんな顔すんだよ)
怒っていいはずなのに。
言い返していいはずなのに。
ただ、少し悲しそうに笑うだけ。
それが一番、気に入らない。
「……その顔やめろよ」
思わず漏れた声は、暴言に近かった。
若井は少しだけ目を瞬かせて、それでも無理に笑う。
「え?……ごめん、変だった?」
「全部だよ」
吐き捨てるように言って、元貴はギターを持ち直す。
「もういい。早く合わせよ、ごめんね綾華たち」
そのまま、音が再開される。
でもそこから先の演奏は、さっきよりさらに噛み合わなかった。
若井はいつも通りに合わせようとする。
外されても、強く言われても、淡々と戻る場所を探す。
その姿を見ながら、元貴の中の苛立ちは収まらないどころか、じわじわと増えていく。
そして同時に
その“変わらなさ”だけが、やけに頭に残って離れなかった。
コメント
1件
この可哀想な感じがいいっすねᵕ᷄≀ ̠˘᷅ でも若井さんもちゃんと傷ついてて それで笑えるのすごいと思った👏 続き楽しみにしてます!!!
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