翌日。
スタジオの休憩室の扉を静かに開けると、薄暗い灯りの中、布団をかけ、ソファに横たわる若井の姿があった。
額にはうっすらと汗、片腕を額に乗せ、眉間に皺を寄せている。
 
 
 
 「……頭、いてぇ……」
 
 
 
 と呻く声。
昨夜の飲み過ぎが祟って、見事に二日酔いだ。
 
 
 
 「若井」
 
 
 
 大森が声を掛けると、重そうにまぶたを開け、こちらを見る。
 
 
 
 「……元貴か……」
 
 
 
 赤く火照った頬に、怠さが滲む。
大森はその隣に腰を下ろし、心配そうに覗き込んだ。
 
 
 
 「大丈夫?顔真っ赤じゃん。熱でもあるんじゃない?昨日寒かったしな」
 
 
 
 冷たい指先がそっと若井の額に触れる。
ひやりとした感触に、思わず肩をすくめる若井。
 ――けれど、その視線は単なる心配だけじゃない。
 どこか探るように、じっと彼の目を見ている。
 「……昨日の俺とのこと、覚えてる?」
 ふいに落とされた言葉に、若井の心臓が跳ねた。
 「昨日……?」
 反射的に問い返すと、大森は唇を尖らせ、子供みたいに拗ねた顔を見せる。
 「やっぱりか。……あんなに強引だったのにさ」
 その声音には、拗ねと苛立ち、そしてほんの少しの寂しさが混じっていた。
途端に、昨夜の記憶が曖昧なことを思い出す。
 ……路地裏で、酔った勢いで元貴に――。
 だが断片的すぎて、輪郭が掴めない。
 「やめろ……よく覚えてねぇ……」
 呻くように言って、布団に潜り込む。
頭を抱えたまま、現実から逃げ出すみたいに。
その布団を、ぺしっと軽く叩く音。
 「……忘れられるの、やだ」
 小さな声。
だけど、胸を突き刺すには充分すぎた。
その言葉にズキン、と心臓が痛む。
 「……じゃあ、またしてやるよ」
 思わず、勢いで口にしてしまう。
布団の向こうから、ふっと鼻で笑う音。
 「ばーか」
 顔を出してみると、大森は頬をほんのり赤らめていた。
拗ねた目の奥は、どこか期待を隠すみたいに揺れて。
そのアンバランスさが、余計に若井の心を乱した。
 「お前……ほんと、人の心臓で遊ぶよな……」
 呟くと、大森は無邪気に首を傾げる。
 「遊んでないよ。ただ――若井の反応が可愛いだけ」
 胸の奥が熱くなる。
吐き出す息が震えるのを隠すように、視線を逸らす。
けれど、耳まで赤く染まっているのは隠しきれない。
 外から、スタッフの呼ぶ声が響いた。
 「すいませーん。そろそろ準備お願いしますー!」
 若井は布団から身体を起こし、深呼吸をして立ち上がる。
その背を追うように、大森もゆっくり立ち上がる。
 扉へ向かう足を止め、若井は振り返った。
そして、胸に自分の拳をトントン、と当てる。
 「……俺は覚えてなくても、ここは覚えてるよ」
 一瞬きょとんとした大森。
けれどすぐに、フフッと口角を上げる。
 「……お前のそういうキザっぽいとこ、大好きだわ」
 胸の奥がまたズキン、と疼く。
けれどその痛みは、不思議と心地よくて――。
二人の間に、甘くくすぐったい沈黙が落ちた。
コメント
4件
ほんとに申し訳ないです〜(´;ω;`)インフルにかかっちゃってめちゃめちゃ間が空いちゃって(T^T)インフルかかってる間も見たいなーとわ思ってたけど頭痛いしで見れなくて....ほんとに申し訳ないです何も無ければ毎日見たいと思います!!
雨の中、おじいちゃんのお迎えを学校で待ちながらこの作品を読ませていただきました✨ 尊い。尊すぎる。 雨で沈んでた心がすっと晴れやかになりました!ありがとうございます! 次のお話も楽しみにしています!