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「すまん、先食べてて」
「うん」
恵に言われて、私は大盛りカルボナーラにとりかかる。
天ぷら蕎麦を前にした彼女は、スマホを手にして操作し、表情を歪める。
「どした?」
「……いや……」
尋ねても恵は言葉を濁し、トトト……とメッセージの返事を打っていく。
「恵がそんな顔をするって事は、涼さんか佳苗さんでしょ」
そう言うと、彼女は溜め息をついて白状した。
「当たり。……涼さんが、今日の夜はどんな予定だって聞いてくるから……」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど、まだこういう恋人っぽいやり取りに慣れてない」
「いいじゃん、愛されてるじゃん」
「私はまだ初心者マークが取れてないんだよ……」
恵は溜め息をつき、少し迷ってからメッセージの続きを打つ。
「今夜の焼き肉、涼さんは来られないの?」
「忙しいだろうし、誘えないよ。『朱里と女子会ディナーする』って言っておくね」
「いいけど……」
私はパスタをフォークでクルクルと巻き、溜め息をつく。
「恵はもうちょっと自分の恋愛に貪欲になってもいいと思うよ? 涼さんは多忙だし、一緒にいられる時間は限られてくるじゃない。仕事とか会食、出張があるなら仕方ないけど、それ以外の時間は甘えなよ? 涼さんも甘えてほしいって思ってるだろうし」
すると、恵は歯切れ悪く頷く。
「ん……、いや、……甘える間もなく絡んでくる」
「ヒュー」
「やめろ」
はやし立てると恵はビシッと突っ込み、スマホを置くと「のびちゃう」と呟いて天ぷら蕎麦を食べ始めた。
総務部の三人から謝罪を受けるのは終業後で、それを思うと気持ちが重たくなる。
今日あったいい事は、第二秘書が笹島さんで決まりになりそうで、優秀そうな彼とならいい仕事ができそうと思った事だ。
まだ確定ではないのは、最終確認として人事部のほうで彼の事を少し調べたりする必要があるからだ。
滅多な事はないと思うけれど、採用してから実は問題のある人でした、となったら困るので、可能な限り調べるらしい。
その辺、人事部は新卒採用の時もSNSアカウントを探したりで、入念なチェックをしているとか。
私はカルボナーラをペロッと食べたあと、恵の奢りのプリンを味わっていただく。
プリンを食べていると、恵が言う。
「色々思う事はあるだろうけどさ、もう関わらない人たちだから、あんまり悩まないほうがいいよ? あいつらがどこでどう生きようが、反省してなくて人間性が終わったままでも、朱里には関係ないもん。飛ばされた先でも朱里を悪く言うようなら、もっと厳しい措置を執ればいいけど、それは朱里がする事じゃない。報告を聞いた副社長とか、上の人がやる事だよ」
「……そうだね」
私はプリンを食べ、頷く。
「……だから朱里は、快適になった職場で顔を上げて仕事していくしかない。さっきの取り巻きみたいに、話を真に受けてる馬鹿はいるかもしれないけど、朱里が思っている以上に、まともな人は大勢いる。周りの人は、反対してターゲットになったら困るから話を合わせるかもしれないけど、常識的な人はヤバイ人をちゃんとヤバイと思ってる。ほとんどの人が朱里を気の毒がってると思うよ。……綾子さんみたいな前例もある訳だからね。多分、他にも同じように気に食わない人に対して嫌がらせをしただろうし、何回も同じような事をやってたら、さすがに周りの人も分かるって」
「うん。……まー、これから結婚って大きいイベントあるし、毎日極上のイケメンを見て目の保養ができてるし、愛されてるし、美味しい物も食べさせてもらってるし、満たされてるんだよね……。今は渦中にいるから気になってるけど、多分楽しく生活していけば気にならなくなっていくと信じてる。だって私、彼女たちより幸せだもん」
「違いない」
恵はクシャッと笑い、「幸せになったもん勝ちよな」とプリンを食べる。
「そう思うとあの三人組も哀れだよね。多分満たされてなくて不幸せで、不満ばっかりだから、幸せそうな人を見ると自分と同じ場所まで引きずり下ろそうとするんだと思う。〝引きずり下ろす〟って段階で、あいつらのほうが〝下〟にいるのは確定だけど」
恵はうんうんと頷いてプリンを食べ進めていく。
「私はお父さんの事があって闇堕ちしてた時、そういうエネルギーが自分に向いちゃったかな」
「まぁ、自分を責めてしまう人って、鬱になりやすいって言うしね。ある意味、なんでも他人のせいにしちゃうあいつらは、神経が図太いんだろうね」
恵は食べ終わったプリンの器をテーブルに置くと、ニカッと笑った。