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うへっへ((( 一生隙間から見させていただきたい(((
赤桃 読み切り
『七月七日、君に願う』
七月七日。
空は、どこか不安定な青をしていた。
「……晴れるかな、今夜」
ないこの呟きが風に攫われ、俺の耳に届く。
教室の窓辺、短冊を吊るした笹の葉がかさりと鳴る。
「どうだろうな。予報だと、曇りのち晴れだったっけ」
「曇ってたら、織姫と彦星、会えないじゃん」
「そもそも星と星に会うって概念があるのかは置いといて……」
俺は笑う。「まあ、会えるといいな」
ないこは手を止め、俺の方を見た。
その目は冗談じゃなく、どこか本気で願っているように見えた。
「りうらは、願い事書いた?」
「んー、どうだっけな」
とぼけるように目を逸らすと、ないこは俺の前に回り込んでくる。
「えっ、見せてよ」
「やだよ、恥ずかしいし」
「俺のは見せたじゃん」
「“願わなくても、叶う気がする”って、それ願い事じゃないじゃん」
ないこは小さく笑った。「でも、そう思ったんだもん」
――“願わなくても、叶う気がする”。
その短冊を見たとき、俺は一瞬だけ胸がざわついた。
それが俺のことだと、どうしても期待してしまったから。
でも、違ったとしても、それでもよかった。
こうして、隣で笑ってくれているから。
「……俺の願いは、秘密」
「えー、なんで」
「叶わなくなるって、言うじゃん」
「じゃあ……叶ったら教えてよ」
ないこの声が、風よりも優しく響いた。
「いいよ。叶ったらな」
俺は少しだけ、ないこの手元の短冊に目をやる。
そこには、さっきの言葉に続いて、こう書かれていた。
――“願わなくても、叶う気がする。だから、俺はただ隣にいたい”。
夜。
案の定、空は厚い雲に覆われていた。
駅前の祭りはなんとか開催されたけれど、星空を見るには物足りない。
それでも、屋台の灯りは賑やかに揺れ、人々の笑い声が夏の夜を彩っていた。
「なあ、りうら」
「ん?」
「もし織姫と彦星が、本当に年に一度しか会えないんだったらさ」
ないこは、ラムネの瓶を覗き込みながら言った。
「どんな気持ちなんだろうな」
「……会えない時間の方が、愛しくなるのかもな」
「じゃあ、俺らは?」
「俺ら?」
ないこは真っ直ぐ、俺を見る。
少しだけ顔が赤いのは、ラムネのせいか、それとも。
「俺は、年に一回なんて無理だな。毎日会いたいって思っちゃうから」
「……」
「ねえ、りうら。お前の願い事って、もしかして……」
「“ないこが、俺の隣にいてくれますように”」
俺は言った。夜空に、雲の切れ間が覗き始めていた。
「今、叶ったよな?」
ないこの瞳が揺れる。驚いたような、喜んだような顔。
「……うん。俺も、同じ気持ち」
ないこは、俺の手を取った。
ぎゅっと、繋ぐ。恋人つなぎだ。
「じゃあ、来年も、再来年も、ずっと一緒に願える?」
「願わなくても、叶うって言ったのお前だろ」
「じゃあ、誓ってよ」
「……わかった」
俺はないこの耳元に口を寄せ、小さく囁いた。
「俺はお前の彦星になる。お前が織姫でも、なんでもいい。
年に一度なんかじゃなく、毎日、お前に会いに行く。
たとえ空が曇ってたって、星が見えなくたって――俺は、お前だけを見てる」
ないこは、照れくさそうにうつむきながら、でも手を強く握った。
その時。
ふと見上げた夜空に、奇跡のように雲が割れ、
夏の天の川が、細く淡く、姿を現した。
翌日。
教室の笹の葉に揺れる短冊のひとつに、こう書かれていた。
――「願いが叶いました。だから、今度は誓いを込めます。
これから先も、ずっと一緒に生きていけますように」