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「本当、可愛いやつだよな、菊……」
会社からの帰路、アーサーはふと今朝の菊の様子を思い出し、人知れず笑みをこぼした。
「……今日はケーキ屋に寄って帰るか。あいつ、喜ぶだろうな」
菊は本人曰く日本男児であるが、可愛いものや甘いものに目が無いことをアーサーは十分承知している。
そのため、アーサーは時折、特に記念日でなくても、日頃の感謝を込めて菊にスイーツなどを買っていた。
正直に本心を伝えられないアーサーだが、贈り物をするのは好きな性分であったため、それによって言葉では伝えられない愛情を本人なりに示す節があった。
ケーキ屋へ入り、お釣りと紙袋を受け取り外へ出ると、もう日も沈みかけ、アーサーに長い影を作っていた。
「早く帰らないとな、菊が待っている」
そう呟くと、愛しい我が家への道を急いだ。
違和感には最初から気づいていたんだ、多分。
帰る途中、なぜか胸騒ぎがしていたんだ。
こういうのを虫の知らせと言うのだろう。
ドアを開けた瞬間、いつも出迎えてくれるはずの菊がいなかった。
玄関は明かりが付いておらず、足元が心許ない。
街灯の照明が玄関に差し込み、菊のものとは違うひと回り大きい靴が鈍く照らされている。
(誰か来ているのか……?)
恐る恐る靴を脱ぎながら、紙袋を持った手でドアを閉める。
「菊……いたら返事してくれ」
誰に言うでもなくそう呟くと、リビングへ続く通路を進む。
しっかりとドアは閉まっており、中の様子は全くわからない。
(きっと、誰かと一緒に話でもしてるんだろうか。いや、そうに決まってる。べ、別に寂しいとか嫉妬してるわけじゃないからな!!)
ドアを一枚隔てて、息を整える。
(ただ、この妙な胸騒ぎは……なんだ?)
ガチャリ。
その瞬間、むわっとした匂いがアーサーの鼻腔を突き抜けた。
思わず顔を顰める。
(……っ!!なんだ、この匂い!!……いや俺は知っている)
頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響く。
その答えをわかっているはずなのに、俺の本能が理解を拒んでいた。
部屋中を包み込む青臭い匂い。それが示す事実は、ただ一つしかないのに。
「〜っ菊、おい菊、どこにいる!!」
白くなるほど固く握りしめた拳が震える。
アーサーは一直線に寝室へ向かった。ドアは開いていた。
「菊!!!!」
次の瞬間目に入ってきたのは、ベッドの上でアルフレッドのものを受け入れながら気絶している菊の姿であった。
思考が停止した。
紙袋が手からすり抜ける。
(どうして……菊、しかもアルフレッド!?どうして二人が??意味がわからない、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで)
「あっ君、帰ってきたのかい。俺たちの時間を邪魔するのはこの俺が許さないんだぞ」
「ほら、菊も起きないと。君のダーリンが帰ってきたんだぞ」
アルフレッドに叩かれて、菊は朦朧と目を覚ました。
「……ぁ♡アルフレッドさん♡♡」
「ほら、アーサーに挨拶しないと」
菊はくるりと振り返ると、焦点の合わない目でこちらを見つめて、笑いかけた。
「アーサーさん♡♡ごめんなさい♡♡私、アルフレッドさんのお嫁さんになります♡♡気持ちいいこと、いっぱい教えてもらったんです♡♡」
「いい子なんだぞ、菊。じゃあいっぱいご褒美あげないとだぞ」
「はい♡♡アルフレッドさん♡♡」
パンパンパンパン♡♡♡♡
突き上げられるたびに、菊はまるで獣のような嬌声を上げる。
違う。こんな菊、俺は知らない。情事の際、菊はいつも、もっと慎ましやかだ。俺はここである答えに辿り着いた。
そうかお前……ずっと我慢してたのか。
「お゛ぉ゛っ……♡♡、っふか、……い…っ♡♡♡
もっと、もっとください……っ♡♡♡」
「お望み通り、あげるんだぞ♡♡」
ゴチュン♡♡♡♡♡
「っっお゛……??♡♡♡♡」
その瞬間、菊は潮を吹いてのけぞって意識を失った。
足先がピンと張り、ガクガクと震えている。
「あーあ、意識また飛んじゃったんだぞ」
アルフレッドは菊から自身のものを抜くと、未だ放心状態のアーサーに目をやり、侮蔑の笑みを浮かべた。
「なんだい、君、勃ってるじゃないかい。君には配偶者を元弟に寝取られて興奮する趣味なんてあったのかい?」
「……っ違う!!」
「違くなんかないさ。現に君のそこ、痛いぐらいに主張してるじゃないか。そんなに変態だったなんて見損なったぞ、アーサー」
認めたくなかった。……けれどもアルフレッドの言うとおりだ。俺は興奮しているんだ。菊が目の前で寝取られて俺以外に善がっている姿に。
もう菊は俺のものじゃない。アルフレッドに取られたんだ。
菊の左指の薬指に嵌められた愛の結晶は、白く濁り、汚れていた。
「……くそっっ!!!!」
床に思い切り腕を叩き下ろした。
痛みで麻痺した腕は、何も感じない。
ずっと続くと思っていた生活の糸がぷつりと音を立てて途切れた。
そんな生活、脆いガラス細工の上で成り立っているようなものだと、わかりきっていたのに。どうしてか、永遠を約束されたような気分でいた。
「……ふふっ」
「なんだい、君、怖いんだぞ」
「いや、なんでもないさ……」
また俺は一人になる。生まれてからそうだった。孤独なんて慣れっこだった。けれども、俺は菊に出会って変われたんだ。温かい眼差しと優しい言葉に惹かれたんだ。言葉で伝えることはあまりできなかったが、菊、俺はお前が大好きだったんだよ。もう、その言葉は届かないが。
頬を涙が伝う。もう何もかも遅かった。
「Bye. 菊」
そう呟くと、俺はカチャリとドアを閉めた。