「ブンレイのアタシをあなた方の家に仮住まいさせるぐらいには、うちの神さんはお二人を信頼しちょるニャ」
サラリととんでもないことを言われて、羽理の「えっ?」という声と、大葉の「はっ?」という声が重なる。
「……うちの、神さん?」
「ブンレイの……アタシ?」
大葉の質問には「わし、普段は奥の本殿でのんびり祀られちょるんニャがの、最近ちぃーと忙し過ぎてしんどいけ、ワケミタマして御利益がある神社を増やすことにしたんニャ」とおばあさんが答えて、羽理の疑問には若い巫女さんが、「この姿では初めまして、オクラです。成猫になって、ニャっと人間に化けられるようにニャりました。もうちぃーとしたらひとり立ちします」と左手首に巻き付けた赤色のリボンと鈴を見せながら返答してくれる。
オクラと名乗った巫女が手を振ると、耳馴染んだ鈴の音がチリンチリンと空気を震わせた。
その音を聴きながら、(猫にはもっと兄弟姉妹がいるのでは?)とふと思った羽理だったが、まるでその心を読んだみたいに「猫みたいに見えちょるんじゃろうが、わしら、厳密には猫じゃニャいけぇの。その子は若い容姿をしちょるがわしの分身ニャ」とおばあさんが答えてくれて、オクラがコクコクうなずく。
「アタシはそこの神さんの〝ワケミタマ〟ニャ」
大葉たちにはよく分からない単語を並べるのにはお構いなし。キュウリがオクラに『遊ぼう!』と尻尾を振って誘いかけると、オクラもソワソワと神主姿の猫神様を振り返った。
「あの、アタシ……」
「ええよ、ええよ。楽しみは大事ニャけ。行くがええよ。たまには気晴らしもせんとニャ」
ニヤリと笑った猫神様を見て、(確かにこの神様も、よく猫の姿で境内をうろついてるもんな?)と思ってしまった大葉である。
オクラはそんな猫神様の言葉にキラキラと目を輝かせると、大葉たちに「アタシ、一足お先にお家へ帰っちょくけん、ニャるべく早ぉ、キュウリちゃん連れて帰ってきてね?」と言うなりスゥーッと霞んで消えてしまった。
それを目の当たりにした大葉と羽理が、思わず「オクラ!?」と呼びかけた時には後の祭り――。
巫女姿のオクラは蒸気のように姿をかき消した後だった。
***
そういうことがあって、不思議な存在を信じざるを得なくなった大葉は、ふと思い立って神様について色々と調べてみることにしたのだ。
初宮参りの際、オクラの口から「ブンレイ」だの「ワケミタマ」だの、わけの分からない単語がたくさん出てきたのが気持ち悪かったというのもあったし、居間猫神社にはすでにおばあさんの姿をした猫神様が奉られている。だとしたらうちのオクラはどういう扱いになるんだろう? と気になったからというのもある。
「ブンレイって……もしかしてこれか?」
ネットで調べてみたら、どうやら神様には分霊(わけみたま)というのがあって、本社の祭神を他所で祀る際に神様の神霊(霊験)を分けられるらしい。
分けた側も分けられた側も、御神力は同等。そのようにして、同じ神を祀った神社が全国各地に本社・分社といった形で複数存在出来るようになるらしい。
「なぁオクラ、お前、どっかのお社で新しく祀られるのか?」
大葉がいくら聞いてみても、あれ以来〝飼い猫〟を貫いているオクラは「ニャ?」と首を傾げるばかりで、何も答えてはくれなかった。
でも――。
なんとなく大葉は思うのだ。
いつか何かのタイミングでオクラはふっと自分たちの前から姿を消すのではないか? と。
そうしてどこかの神社で『居間猫神社』の分社として、新たな縁結びの神様として祀られる日がくるに違いない。
そういうのを繰り返して、居間猫神社は繁栄していくんだろう。
***
あなたの町のどこかの神社の裏手に、猫みたいなアーモンドアイをした、不思議な喋り方をする売り子さんがいる御守の露店はありませんか?
『あニャたに良縁引き寄せます♥』
そんな文言の書かれた神符を並べた神社を見かけたら、もしかしたらそこは居間猫神社の分社かもしれません。
もし見かけたら是非、並べられた御守を手に取ってみてください。
そうすれば、あなたにもきっと。とっても不思議でちょっぴり(?)恥ずかしい、だけどすっごくすっごく素敵なご縁が訪れるはず。
あニャたにも、大葉や羽理たちのような、素敵なご縁がありますように――♥
END
※長い間、ご愛読ありがとうございました(^^)。
鷹槻れん
(執筆期間:2022/06/25〜2025/01/27)
コメント
1件
わーん、終わっちゃってた。でも幸せなラストでほっこり。