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シャルルの曲パロ
白×黒
『さよならに口をつぐむ』
雨が上がった放課後の屋上。
鉄柵に凭れた悠佑は、湿った空気の中、遠くの雲を見ていた。
その横に立つ初兎。制服の袖がまだ少し濡れている。
「……なあ、悠佑」
「ん」
「お前から言うたやろ、さよなら、って」
「言うたな」
そう言って、悠佑は笑う。何でもないみたいな顔して、でも目は笑ってない。
初兎は一歩、彼に近づいた。
「それやのに、なんで泣いてるん?」
悠佑は目を細めて、空を仰ぐ。
「……わからんわ。なんでやろな」
その姿に、初兎はぽつりと呟いた。
「俺、忘れられへんと思う。お前のこと」
「初兎……」
「昨日のことも、笑いあった日も。全部、残ってまう」
風が二人の間を抜ける。やわらかくて、どこか痛い風。
「ほんま、アホやなあ……」悠佑が言う。
「お前もな」初兎が笑う。
しばらくの沈黙。何も言わず、ただ空を見ていた。
「なあ、もし空っぽになれたらさ」悠佑がぽつりと。
「俺ら、もうちょっと楽になれたんかな」
「……そやな。でも、そんならこの痛みもなかったんやろ?」
「そや。けど、きっとこんな風に悩まれへんかったわ」
二人は、互いの声に重ねるように笑った。
静かで、少し泣きそうな笑いだった。
「これ、恋やったんかな」
「どうやろ。飾る言葉なんて、もう出てこーへんけど……」
「でも、綺麗なままでは終われへんかったな」
「うん。でも、それでええんちゃう?」
柵の向こう、街の灯がひとつ、ふたつ、点り始める。
「此処には、もう俺ら、おらんのかもしれへんな」
「ええ、そうね」
そうして二人は背を向けた。
言葉は交わさず、振り返りもせず。
歩き出す音が、重なって、そして遠ざかる。
『さよならに口をつぐむ』――後編
下校ラッシュの廊下。靴音と笑い声が混ざる中、初兎はひとり階段に腰を下ろしていた。
「――……結局、俺なんも言えへんかった」
鞄の中には、渡しそびれた手紙。書いたのは、昨夜。悠佑に向けた“ほんまの気持ち”。
(お前が泣いたとき、俺、ほんまは……嬉しかった。まだ終わってへん気がして)
だが、それすら渡すタイミングを逃した。
「ほんま、アホやなあ……」
そのとき。
「誰がアホやって?」
低く、聞き慣れた声。背後の階段をのぼってくる靴音。
振り返ると、そこに悠佑が立っていた。いつも通りの制服。少し乱れた前髪。けれど目は、まっすぐに初兎を捉えている。
「……なんで」
「お前の言葉、ひとつも忘れられへんかったからや」
悠佑はゆっくり階段を下りて、初兎の隣に腰を下ろす。
「俺、臆病やってん。別れたほうが楽やって思い込もうとしてた。でも、ちゃうかった」
「え……?」
「楽になるどころか、お前がおらんことのほうが、ずっと苦しかった」
初兎は目を伏せたまま、鞄の中をまさぐる。
「あのとき言われへんかったけど……これ、渡したかった」
手渡された封筒。中には、少し折れた便箋。
悠佑はそれを広げて、ゆっくりと読む。静かに、最後まで。
読み終えた後、彼は小さく笑った。
「お前、こんなん……ずるいやろ」
「……そっちこそ、勝手に泣いて、勝手に離れて……」
言いかけた言葉が途切れる。
悠佑が、初兎の手をそっと取った。
「なあ、もう一回、始めようや」
「……ええの?」
「ええよ。俺、ずっとお前が好きやった。これからも、好きでおる自信ある」
初兎は数秒、黙っていた。でも次の瞬間、ふっと笑った。
「――ほな、俺もちゃんと言うわ」
彼の手をぎゅっと握り返して。
「悠佑、俺もずっと、お前が好きや」
笑い合う二人の頬には、今度は涙じゃなく、やさしい春の光が差していた。
「さよなら」じゃない。
ここから始まる、“もう一度”の物語。
静かに交差した二つの手が、もう二度と離れることはなかった。
コメント
4件
さよならは言ったらおしまい…やああああ え、めっちゃ〜よく〜ね?
いいですな~!