テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「セレナに近寄るな!」
怒声が、密集した空気を切り裂いた。
フェンが一歩踏み込み、セレナと領民の間に立つ。剣に手は掛けていない。だが、その立ち姿だけで十分だった。
ざわめきが、一瞬で後ずさる。
「あら」
背後で、セレナが小さく笑った。
「私は、あなたに守られるようなお姫様じゃないわ」
「分かってる」
フェンは振り返らず、視線だけを後ろへ向ける。
「だがな……俺が間に入らなきゃ、血気盛んな若い連中が、何をしでかすか分からん」
詰所の扉の奥には、治療を終えた衛兵たちが並び立っていた。
無言。だが、その視線は鋭く、領民を牽制している。
魔物との最前線に立ち続けた彼らは、もう知ってしまったのだ。
白の魔女は、身分を見ない。功績も、勲章も、肩書きも。
ただ、生きて戦える者を救う。それだけを、淡々と続けてきた。
血に塗れ、呪いに蝕まれ、もう剣を握れないと覚悟した夜。
そのすべてを、彼らは覚えている。
詰所を出るころには、白の魔女が倒れそうなほど消耗していることも。
そんな彼女を、悪と呼べるのか。
フェンもまた、その答えに辿り着いた一人だった。
「死人は、蘇らない」
フェンは振り返り、領民たちを正面から見る。声は、強く、はっきりと。
「もう、やめてくれ」
一歩、前に出る。
「魔物で死んだ奴らは、俺の仲間だ。全員、このノクスグラート領を守って死んだ」
拳が、震える。
「お前らを守るために死んだんだよ。笑って死んだやつもいた。俺に家族を託して死んだやつもいた」
噛みしめた歯の隙間から、怒りが滲む。
「だからな」
怒号が、叩きつけられた。
「お前らが、戦士の誇りを汚すんじゃねぇ!!!」
沈黙。
誰も、言い返せなかった。
「……生き返らせてみろよ」
フェンの目が、獣のように光る。
「そんな真似をしたら、俺が一人残らず殺してやる。それが、あいつらへの弔いだ」
その言葉は、剣だった。白の魔女の噂を斬り捨てる剣。
フェンの言葉が終わり、ヒヒーン、と馬のいななきが響いた。
硬いひずめの音が、石畳を打つ。空気が変わる。
バリスハリス騎士団が街へ到着し、詰所前に展開したまま、先頭の騎士が一歩前に出た。
「状況を説明しろ」
問いかけられたのは、衛兵の鎧を着たフェンだった。
視線の重さで、偉いのだと分かる。バリスハリス騎士団、王都直轄。ノクスグラートの衛兵とは、立場が違う。
「魔物の襲撃は、何とか食い止めています」
「そうか。それはご苦労であった」
騎士は頷く。
「明日、魔物の殲滅を行う。それまで休め」
「はっ!」
フェンはできるだけ簡潔に答えた。
「それでこの集まりは何だ?」
「魔物襲来の負傷者を、治療していただけです」
騎士の視線が、領民へ向く。何も言わず、周囲を見渡す。
その沈黙に、フェンは気づいた。まずいと。
彼は一歩、横へずれる。意図せず、背中で何かを隠す形になる。
白い外套のセレナを庇うように。
その瞬間だった。
「ほら、見ろ!」
人垣の中から、声が弾ける。
「やっぱりだ! 衛兵たちは、白の魔女に洗脳されてる!」
「何を言っている!」
フェンが吠える。だが、その声は止まらない。
「だってそうだろ! 死人を蘇らせる女だぞ! そんな奴を、守る理由がどこにある!」
『違う』
そう叫びたいのに、言葉が間に合わない。
騎士団の視線が、一斉に集まる。フェンへ。そして、その背後へ。
白の魔女セレナは、何も言わなかった。ただ、静かに立っている。
騎士が、わずかに目を細める。
「……洗脳、か」
その一言で、場の温度が落ちた。
疑念は、刃になる。理屈よりも早く、人を傷つける。
「あの噂の白の魔女が、まさかバリスハリス王国にいるとはな」
騎士は、腰の剣に手を掛けた。
「退去せよ。禁忌の魔女が、踏み入れてよい国ではない」
白の魔女セレナは、救っただけ。
それでも、物語は、裁かれる側へと静かに踏み出していた。