榊は気落ちする感情を漂わせるように、まぶたを深く伏せた橋本の横顔を、黙ったまま見つめる。
「恭介、俺ときどき思うんだ。雅輝の相手は俺でいいのかって。俺にはもったいないくらいに、アイツはいい男だから……」
「橋本さんだって充分いい男なのに、何を言い出すかと思ったら」
「イケメンの恭介に言われても、説得力が全然ない!」
じろりと睨みをきかせながら、ふん! というような子どもっぽい冷笑を頬に溜めて、ちょっとだけむくれてみた。榊はらしくない橋本の姿を見てもまったく動揺せずに、軽く肩を竦めてやり過ごす。
「不思議だったんですよ。橋本さんってば見た目も中身もいい男なのに、恋人がいないのはどうしてだろうって。年がら年中『お尻が可愛い形をしてる女のコが大好き』発言しているのが、実は駄目だったんじゃないかと俺は思ってるんです」
「そんなに言ってたか?」
「何かにつけて言ってました。口癖レベル認定です」
「気がつかなかったな。今考えると笑える」
(そういうことを言って一線引いていないと、恭介とはまともにやっていけなかったんだよな――)
「橋本さんと宮本さん、性格は真逆だけどお似合いです。付き合いが浅いわりには、お互いのことをしっかりと理解しているように見えました」
「そうか……」
「それってきっと、何でも話し合っているからこその絆が、きっちり結ばれているのかなって」
「絆、か――」
「おふたりなら絆よりも、赤い糸のほうがしっくりきたりして。しめ縄並みに太い赤い糸!」
躰を揺すって暢気な笑い声をあげる友人の楽しそうな顔に、橋本は若干ドン引きしながら薄ら笑いを浮かべた。
「恭介、笑いすぎだぞ。そんだけ太けりゃ、滅多に切れることはないな」
「そうです。だから自信を持ってください」
いつもは年上の橋本が、榊を励ます機会が多かった。それが逆転している今、普段のようにふざけた言葉を口にすることすらできない。自身の恋愛話だからこそ、妙に真面目になってしまう自分を意識した。
「雅輝はさ、下に弟がいる宮本家の長男なんだ」
「あ~それ、何だかわかるかも。橋本さんを窘めた口調は、まさにお兄ちゃんって感じでした」
そのときのことを思い出したのか、榊はひとり納得したように頷く。
「俺と付き合う前のことなんだけど、雅輝の弟が彼氏を連れて、実家に挨拶したんだって」
「……それは大変だったでしょうね」
一気に暗くなった榊の様子に、橋本は気遣いながら話しかけた。
「おまえんチ、未だに絶縁状態なのか?」
榊は一人っ子の長男で、それはそれは大事に育てられたらしい。和臣と同居するにあたって、自分の性癖を打ち明けたら、両親が揃ってショックを受けた。それは、幼馴染みの和臣の実家に口撃するくらいの勢いだったと聞いた。
「俺から電話しても、話すら聞いてもらえません。いい学校に通わせたら、レベルの高い大学に行かせられる。その大学から一流企業に就職させて、いい出逢いを経て結婚させることが夢だった両親を、俺は思いっきり裏切ったんです。絶縁されるのは当然でしょうね」
榊の話に耳を傾けながら、宮本の話を思い出した。
宮本の元彼、江藤を連れた弟が自分の両親と対峙したときに、フォローする形で傍に控え、話の行方を見守っていたこと。長男の大学の同期を、次男が恋人として紹介する。互いに顔見知りだったこともあり、両親も相当驚いたそうだ。
『部下の宮本を、自分が好きになったのが悪いんです。お願いですから、コイツを責めないでやってください』
そう言って自分から悪者になり、両親に頭を下げた江藤を、宮本兄弟は複雑な心境で眺めた。結局付き合いに賛成も反対もなく、そして宮本自身もフォローすることなく挨拶は終了。
宮本の弟が江藤と曖昧な付き合いが続いているのを聞いているだけに、このタイミングで橋本が宮本家に顔を出したりしたら、それこそ榊の実家のように、絶縁宣言をされるかもしれない。
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