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葬儀の日、空はずっと灰色だった。
冷たい雨がぽつぽつと降り続けている。
いるまの写真の前に立つたび、
胸の奥がえぐられるように痛む。
線香の香りと花の匂いが混じって、
息をするたびに喉が焼けた。
「なつ……無理すんなよ」
肩に手を置いてきたのはLANだった。
優しくて、でもどこか怯えたような
顔をしている。
なつはゆっくりと首を振る。
「大丈夫。……大丈夫だから」
大丈夫なんかじゃない。
鏡を見るたびに、自分でも分かる。
頬はこけて、唇の色は消えかけてる。
目の下のクマは濃くなって、
夜になると頭の中でいるまの声が響く。
「なつくん、ご飯食べた?」
こさめが紙コップのコーヒーを差し出す。
けど、なつは手を出せない。
「うん、」
少し離れた場所では、みこととすちが
小声で話していた。
「……無理させない方がいいよね」
「でも、放っとけないし」
誰も、なつの中で何が起きているのか
分からない。
LANがもう一度近づいて、
「なつ、本当に休めよ。
お前の顔……マジでやばいぞ」と呟いた。
なつは苦笑する。
「……顔に出てる?」
「出てる。寝てないんだろ」
眠れないんじゃない。
眠るのが怖い。
いるまと一緒に寝るのが生活習慣で
一人で寝るのが怖くなってしまった。
「……らん、ありがとう。みんなも」
かすれた声でそう言った瞬間、
胸の奥で何かがきしんだ。
涙がこぼれそうになるのを、
笑ってごまかす。
「俺、ちょっと……片付けしてくる」
みんなが心配そうに見送る中、
なつは葬儀場の奥にある小さな控室へと
消えていった。
「……帰ってこいよ」
その小さな声は、誰にも届かなかった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
葬儀から三日。
部屋の中はまだ、いるまの匂いで
満ちていた。
冷蔵庫の中には二人で買い置きしていた
ジュース、テーブルの上には二人分の箸。
片付けようと思うのに、手が動かない。
眠れない夜が続いて、 気づけば朝と
夜の境もわからなくなっていた。
カーテンの隙間から光が差す。
けれど、その光が本当に太陽のものか
どうかも確かじゃない。
ふっと、耳元で声がした。
――なつ。
あまりに自然で、懐かしくて、
なつは息をのんだ。
振り向くと、いるまがそこにいた。
「……いるま?」
笑っていた。
あの日と同じ、何も変わらない顔で。
白いシャツの袖をまくって、
「また寝てないだろ」って、
少し眉をしかめる。
「……夢、か?」
いるまは答えない。
ただ、なつの髪をくしゃっと撫でた。
その手の温度が、あまりにもリアルで
涙が出そうになる。
「え、ッ……ほんとに……?」
いるまが静かに笑った。
「当たり前だろ。」
現実みたいに息が聞こえる。
なつの心臓が早鐘のように鳴る。
「いるま、死んだんじゃ……」
言葉が途切れる。
いるまの指が、なつの唇に触れる。
「そんな顔すんな」
その瞬間、部屋の時計が狂ったように
鳴り出した。
針がぐるぐると回り、秒針の音が壁に
跳ね返る。
窓の外の光が歪んで、
部屋全体が少しずつ薄暗く変わっていく。
「いるま……? これ、夢……?」
「夢でもいいだろ。
お前がここにいるなら、それで」
いるまの声は穏やかだった。
けれど、その瞳の奥はどこか
深く沈んでいて、なつは息を詰める。
そのまま、抱きしめられた…温かい。
けど、その温度がだんだん強くなって、
痛みに変わっていく。
胸の奥が焼けるような、苦しい熱。
「いるま、痛い……っ」
「じゃあやめるか?」
「やめないッ……俺、ずっと待ってた」
「 」
いるまが何を言ったのか、
最後はもう聞こえなかった。
視界が白く滲んで、音も消えて、
なつはそのまま深く沈んでいった。
ーーー
次の朝、
なつはベッドの上で目を覚ます。
服の胸元に、赤い跡のようなものが
残っている。
夢なのか、現実なのか。
何もわからない。