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朝起きて。
雅史から、友達の結婚式に夫婦で出席すると言われた。
私の知らない雅史の友達の結婚式に、私は行かなくてもいいんじゃないかと言ったけど、その友達が私に会ってみたいと言ってるらしく、それじゃあということで出席することにした。
会社の同僚ではなく、大学の同期でなかなかの“イイ男”だと言う。
男女では“イイ男イイ女”の視点が違うと思うけれど、興味はあった。
「じゃあ、出席で出しとく」
「うん、その日は圭太はお母さんに預かってもらうね」
「じゃ、行ってくるわ、新人さんがたくさん入ったからその指導でしばらく遅くなると思うから、先に休んでてくれていいよ。飯は賄いで済ませてくるし」
「そう、わかった。でも頑張りすぎて倒れたりしないでね」
_____一体なんの指導で遅くなるんだか
それでも、夜に自由な時間ができるから、仕事を片付けるのが楽になるなぁとほくそ笑む。
おかしな女に引っかかって、トラブルにならないようにと釘を刺したいけれど、それは黙っておいた。
お昼時、成美から“またお茶しようよ”とLINEがあったけれど。
今はフルタイムでの勤務らしいから、なかなか時間が取れそうになく、とりあえず先日のデートの報告だけしてよと返した。
《しちゃった》
〈それで?〉
《それだけ。また詳しいことは今度ね》
_____そりゃそうなるよね
〈ね、ご主人とは?〉
《当たらず障らず、でも平和、かな?》
〈それならいいけど〉
《私も復職したし小遣いも少し上げたから、なんだか楽しくやってるみたいよ。何をやってるかなんて知らないけど》
〈なんだろうね〉
《わかんない。ラジコン仲間かもしれないし》
成美のご主人は、趣味でラジコンをやってると言っていた。
子どもが双子だったこともあって、成美が専業主婦になると言っていたからその趣味もしばらく控えていたようだけど。
_____金銭的な余裕は、夫婦の気持ちにも余裕を作るのだろうな
私ももう少し余裕が欲しいと、切実に思った。
なんだかんだと忙しく、成美と会うのは1ヶ月ぶりになった。
双子の健康診断があるからと休みを取ったという平日の午後、あのカラオケボックスにそれぞれ子連れでやってきた。
「久しぶりだね!」
「あのランチ以来だもんね、ずっと話が聞きたかったのよ」
「私も話したかったんだ、でも、電話で話す時間もなくてさ」
今日は少しおもちゃも持ち込んで、ジュースやポテトも注文した。
子どもたちはまた、子どもたちだけで遊び始めた。
グラスに刺さったストローをクイッと曲げて口元に運ぶ成美の指先は、桜色のネイルで女性らしく彩られていた。
「成美、ネイルってしてたっけ?」
「最近ね、気分転換にしてみたの、どう?良い感じ?」
「うん、派手じゃないのに指先がとても美しく見える。所作まで変わってくる?もしかして」
「そうかもしれない。もしかして、私から、そこはかとない色気も溢れてない?」
栗色の髪を耳にかけて、澄ました目線で私を見た。
「言われてみれば!匂い立つ色気がある!やっぱさ、若い男性とのセックスがよかったってこと?」
「ふふっ……」
両手でテーブルに頬杖をついて、どこか遠くを見るような成美。
「えー、教えてよ、もったいなくて話せないとか?」
「そうね、もったいないかな?なんて。よかったよ、彼とのあの時間、最高だった。上手とか下手とかそんなことじゃなくて、私のために一生懸命で、これまで出会った誰よりも私のことを大切に扱ってくれた。あー、私、女なんだなぁって抱かれながらしみじみ思ったよ」
「女として扱われるって、うれしいね。それで?」
「彼の夢の話をたくさん聞いた。若いっていいね、将来がどどん!と広がってるんだよね。で、時間がきたから、私が先に部屋を出た、お金を置いて」
「ん?お金?なんの?」
「お礼、かな?」
「え、どうして?それじゃまるで……」
買ったみたいじゃないかと、言おうとしてとどまった。
「買ったのよ、彼の時間を」
成美からそう言った。
「彼からそう言われたの?」
「まさか!その反対。私からそうしたの」
「本気ってわけじゃないにしても、お金を払うって、成美、どうしたの?彼のことを好きだったんでしょ?そんなことしたら彼、傷ついたんじゃない?」
真面目そうな、写真の彼を思い出す。
決してお金なんて求めて来そうには見えなかった。
「これ以上、踏み込まないためよ」
頬杖をついたまま、さっきよりは下がった視線の先に、成美のスマホがあった。
「どっちが?」
「どっちもよ。路上で歌ってる彼を、他のみんなと一緒に応援してるだけのときは、ただひたすら彼のことが好きでね。見てるだけでも元気になれたし、もっと近くになりたいって思ってた。アイドルの追っかけと似てるかな?でも、少しずつ距離が近くなってこの前ゼロ距離になったとき、ヤバいって気づいたんだ。私、自分で思ってる以上に彼のことが好きになってるって」
「そうか、それで?」
「ベッドでね、“愛してる”って言うのよ、彼。私を愛しそうに抱きしめながらね。めちゃくちゃうれしかったけど、私は答えられなかった、“ありがとう”だけしか」
「そうだね、独身じゃないもんね」
「でね、帰り際、“次はいつ会える?”って彼が言うから、“次の路上ライブの時ね”って返事した。次の約束なんかしたら、私が抜け出せなくなる予感がしたから。そしたら強く抱きしめられて“帰したくない”って」
「ドラマティックだこと」
思わず茶化す。
「でしょ?」
茶化してしまって後悔したのは、成美が泣いているようだったから。
「それで、このままじゃダメになる、嫌われてしまっても仕方ないって覚悟を決めて、お金の入った封筒を差し出した。私からは“愛してるは返せない、これはその代わりに”って」
「彼は?」
「驚いて、そしてめちゃくちゃ怒った、“バカにするな”ってね。バカにしたわけじゃないのに。こうやってお金で形をつけておけば諦めてくれるだろうし、それで私のことを嫌いになるなら、その方がいいしね」
「彼を傷つけちゃったか。でも成美もつらいね、自分でやったこととはいえ」
「私?私はもう大丈夫!こうやって杏奈に話せたからもう平気。時々あの幸せな時間を思い出して、生きるエネルギーに変えてるから」
一番大切なものは手放さないよと笑った。
「ホントはさ、夫とそんな濃密な時間を過ごせればそれが一番いいんだろうけどね、ダメだね。日常生活の中にいる男は男を感じさせないから」
「そうだね、今日履いてる下着の色までわかってる人には、欲情しないね」
あははと笑い合う。
一瞬だけ、成美のスマホが光った。
「誰からか、着信じゃない?」
「いいの、そのままで」
成美はスマホをバッグにしまった。
彼とのことはもう終わりなんだと言う。
これからは一ファンとして応援していくのだと。
「もうね、感謝しかないよ、こんな子持ちのおばさんにあんな幸せな時間をくれたんだもん」
それはそれで満たされて見えて、羨ましくなった。
「ねぇ、成美に訊いてみたいことがあるんだけど」
「なに?オススメネイル店とか?」
「あ、それも。じゃなくて。ご主人のことでさ、いっそのこと外でしてくれればいいのにって、まえ、言ってたでしょ?でね、実際そうなったらどうする?」
「つまり、うちの夫が外で誰かとってこと?」
「そう」
私は、雅史のことをどうするべきかまだ考えていた。
「あんなことをしでかした私が何か言う権利はないかも?だけど、そこを無視して話すと……。私にバレないようにしてくれたらそれでいいや」
「いいの?」
「うん、だってさ、かわいそうじゃない?私みたいな女だけでこの後の人生が終わるのって。私もそう思ったから、あんなことしちゃったんだし」
「そっか、それもそうだね。私もそんな気がしてきた。私が拒むから外に女がいても、何も言えないね」
「いるの?」
「わからない、今は。でもちょっと前はいた気がする」
「杏奈が気づくようじゃ、旦那さん、ツメが甘いね。そこはしっかりしてほしいね。こっちが知らなければなかったことと同じなのに」
「じゃあさ、言っちゃう?バレないように上手くやんなさいよって」
「それ言った時点で、もうバレてるってことじゃん!」
「それもそうか」
成美と話したら、気が晴れた。