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デザート王領を旅立ったレビンは、目的地である魔の森を目指して進んでいた。
「サリーさん情報だと…スペランサー伯爵領を通れば良かったはず。
もちろん街には入れないから素通りだけど」
現在も、ミルキィは眠り姫のままである。
誰もが羨む美貌を有した少女は、あれから一度たりとも目を覚ましていないのだ。
そんなミルキィを守りながらの旅を続けるレビンは、サリー達から口を酸っぱく言われたことがある。それは、なるべく人目を避ける事である。
「僕じゃ想像もできないトラブルが起こるって、大分脅されたもんね…」
ミルキィは類稀な美貌を持つ少女だ。たとえ眠ったままだとしても、悪い大人達は喉から手が出るほど欲しがるだろうことは、火を見るよりも明らかである。
そして、レビンが実力行使をすれば簡単に守ることが出来るのも織り込み済みである。
その場合、敵が盗賊などであればいいが、権力者だと、レビン達は二度と人の国では生活することが出来なくなってしまう。それを危惧して、サリー達はレビンへと釘を刺していたのだ。
そんなレビンが目指しているスペランサー伯爵領は、デザート王領から見て北に存在する。
レビン達の故郷のナキ村と同じ北に位置しているが、スペランサー伯爵領はナキ村よりもやや東に位置しており、ナキ村があるガウェイン領との間には険しい山がある為、両領の交流は少ない。
「とりあえずこの道を真っ直ぐだよね。ミルキィ。なるべく揺れないように気をつけるけど、揺れたらごめんね?」
荷車に寝かせたミルキィに優しく語りかけた後、北東に伸びる道をレビンは行く。
眠り姫は未だ反応を示さない。
「お、おい。死体じゃないよな…?」
関所という名の検問までやって来たレビンは、荷台を確認して驚いている兵士に伝える。
「死んでませんよっ!冗談でもやめてください。怪我が原因で目覚めないんです。ほら。同じパーティですよね?」
怪我が原因ではないのだが、もし病いだと疑われれば入領を拒否されるかもしれない。
その為、頭を打って昏睡状態にあると説明する事に決めていた。
(サリーさんありがとう。この言い訳なら上手くやれそうです)
サリー提案の嘘を使い、スペランサー伯爵領への入領を目論む。
「う、うむ。確認した。良くなるといいな」
「ありがとうございます。きっと目覚めさせます」
銀ランク冒険者であるレビンの言葉に嘘はないと判断した兵士は、一人と荷車の入領を許可した。
レビンも怒り口調で言えば大抵上手く行くとアランにアドバイスされていたので、過剰に反応したが、普通に心配してくれた兵士に少し罪悪感を感じるのであった。
これだけの美少女である。兵士も誘拐などを疑ったが、タグを見ればレビンの説明に嘘は見当たらなかった。
常識人であるサリーや、数々の修羅場(衛兵に捕縛されかける)を経験してきたアランのアドバイスにより、トラブルを回避できたレビンの旅路は順調であった。
「そろそろ街が近づいて来たから、すれ違う人が増えてきたね。今日はこの辺りかな」
夕方前。後一時間も歩かない距離に街があるというのに、レビンは歩みを止めて荷車ごと街道を外れる。
「ホントはミルキィだけでもベッドで休ませてあげたいけど、ごめんね」
そう言いながら街道から少し離れた所にある森に、荷車を隠した。
街へも、関所のように説明すれば入る事は出来るだろう。
しかし、街の中の人たちがどんな行動をとるかは不明である。
奴隷制度があるこの国では、目覚めることのない美少女の使い道など五万とある。
もちろん意識のないモノを勝手に奴隷にする事は犯罪であるが、意識がないので犯罪が露呈する危険は少ない。
そういう後ろ暗い商売をしている者からすれば、この眠り姫はローリスクハイリターンなわけだ。
それ以外にも絶世の美少女という事で人目が集まり、噂が噂を呼び、良くないモノを誘き寄せる事は想像に難くない。
街へは必要最低限寄ることにして、出来るだけ人目につかないように旅路の予定を立てた。
荷車に雨つゆや風よけとして、幌を張る。
簡単な食事を摂った後、短時間睡眠を繰り返し朝を迎える。
見張りが自身しかいない為、15分程の睡眠を何度もとるのだ。
気持ちはそれ程休めないが、日が沈む頃からの睡眠の為、十分に身体を休める事が出来た。
「うーん。良く寝た?」
疑問系なのはわからなくもない。
短時間睡眠で得られる満足感は、育ち盛りのレビンには物足りないものだっただろう。
しかし、ここまでの道中でも何度となく繰り返して来た為、慣れてはいた。
夜明け前の薄暗い空を眺めた後、顔を洗い、簡単な食事を摘んだ後、荷車を曳き街道をゆく。
街を遠目に通り過ぎると、辺りに人気は無くなった。
スペランサー伯爵領はここブルナイット王国の端に位置する領地である。
この先に大きな街はない。
街道と言える道は無くなり、幾人かの村人が使う獣道に毛が生えた程度の道があるのみ。
「荷車の振動が多くなって来たな……ごめんね」
街へ行く人影はない。
収穫期や材木の運搬でもない限り、この道は人が通らないようだ。
スペランサーの街を通り過ぎて二時間余り、ついに山道へと差し掛かった。
前方は右も左も山に囲まれている。
「ここを越えないといけないのかぁ…」
レビンは後ろを振り返り、荷車に視線を落とす。
「流石にもっていけないな……残念だけどここでお別れだね」
ここまで自分の命より大切なモノを運んでくれた荷車に別れを告げた。
もしかしたら取りに戻れるかもと少ない可能性に賭け、荷車を雨風が凌げるところへ隠し、持てるだけの荷物を持ち、一番大切なモノは自身の背中へと預けた。
荷物・レビン・ミルキィ・荷物の構図だ。
「よし。ミルキィごめんね。荷物が減らせないから窮屈だけど我慢してね」
実際、必要な荷物は背嚢一つで十分である。
では、なぜ無理な体勢でも、荷物が減らせなかったのかというと……
(ミルキィの荷物を勝手に漁ったら、起きた時が怖い……捨てるなんてもっての外だし……)
レビンは眠り続ける幼馴染に怯えていた。
ミルキィの中身が不明な背嚢が邪魔ではあるが、前人未到のレベルを持つレビンにとって、それはそこまで苦ではなかった。
山へと足を踏み出したレビンだが、側からみれば平坦な道を何も持たずに歩いているかのような軽やかな足取りに見える事だろう。
「さすがに魔物が出るなぁ…面倒だけど仕方ない」
山へ入ってからというもの、30分に一度くらいの間隔で魔物と出会していた。
「よっと」
ビュンッ
『ピギィッ!?』
レビンがポケットから出した小石を親指で弾くと、茂みからレビンを窺っていた、額に体長の半分はありそうな立派なツノが生えたウサギの魔物に命中した。
この攻撃方法は指弾である。子供の時にしていた遊びを思い出し、使えると考えた攻撃手段だ。
「ごめんね。急いでいるから……」
売れそうな毛皮に後ろ髪を惹かれながらも、荷物とミルキィを下ろして足を止める事を天秤にかければ答えはすぐに出た。冒険者の職業病をその場に置いて、レビンは先へと進んでいった。
「ここは生活圏じゃないからこのままでもいいよね?」
ここは人里離れた山奥である。それは魔物の死体を放置する事をさらに後押しした。
そんなレビンの言い訳は、深い山の中へと消えていく。
「ふぅ。すごい眺めだなぁ……今日はここで…あれ?あそこ……煙?」
その日の内に山を登り切っていたレビンは、暗くなるので今日はここまでと、荷物とミルキィを下ろし、登って来た方角とは反対の景色を眺めていた。
「うーん。遠すぎて確信が持てないなぁ。もう暗くなるし、益々見間違いの可能性が……」
無限に広がって見える広大な森を見下ろしていたレビンだったが、地平線の辺りに煙のようなモノを視界に捉えたのだ。
しかし、すでに辺りは薄暗くなっていたため、これ以上は見ていても仕方ないと、方角だけ確認した後、就寝の準備に入るのであった。
翌朝。見下ろした山の麓は霧に包まれていた。
「うーん。待ってても変わんないし、行こっかな」
そう独り言ちると、荷物とミルキィを背負い眼下に向けて足を踏み出す。
「この下が魔の森。ミルキィ。君が寝てる間に僕だけで冒険してるけど、許してね?」
レビンの問いかけに応える声は、今はない。
代わりに朝の冷たい山風がレビンの頬を撫でた。
レベル
レビン:22(121)
ミルキィ:???
〓後書き〓
レベルについて:道中の魔物とは幾度も戦闘がありましたが、レベルが上がるほどの魔物には遭遇しませんでした。