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人身御供(生贄)という古典的な悲劇を、誰も失いたくない娘の視点から「至上の救済」へと鮮やかに反転させた、美しくも切ない異類婚姻譚。
都を離れた山奥の庵に、私は身を潜めていた。人々の囁きが恐ろしかった。あの冷たい響き――「死神姫」。
最初の夫は、それは優しく私を大切にしてくれた。ささやかな幸せを噛みしめる間もなく、結婚して二月(ふたつき)後、都に流行した病が夫を容赦なく連れ去った。祈祷も虚しく。
次の夫は、逞しい武人だった。「病などには決して倒れぬ」と豪語した。だが、半年後、警護していた貴族と共に、野盗の刃に斃れた。
その次の夫は、先月。飢饉の厳しさに耐えかね、飢えで息を引き取った。
愛する人が皆、私より先に逝ってしまう。その度に残される心を引き裂く悲しみは、地獄の業火のようだった。人々が私を死神と呼ぶのは、当然かもしれない。
「納言殿が亡くなったのは、姫様のせいではございません。姫様は決して……死神などではありません。次の君は必ず……必ず大丈夫です」
幼い頃から私に仕える乳母は、皺の寄った手で私を抱きしめ、背中を優しくさすってくれた。
私は、乳母の言葉に眉を寄せた。早く子を産み、この人を安心させてあげたい。しかし、人があまりにも簡単に亡くなるこの世で、果たして、私と永遠に生きてくれる君がいるだろうか……。私は、もう、別れの悲しみに耐える自信がなかった。
数ヶ月後、大臣を務める父が、長い旅路の果て、この隠れ家を訪ねてきた。
「次の縁談が決まった」
父の言葉に、乳母は「ああ、神様」と、心の底から安堵したように顔を輝かせた。
だが、私の心は違った。相手が良い方であればあるほど、また私だけ残された時の、身を引き裂くような悲しみと絶望を想像してしまう。また、あの孤独を味わねばならないかと思うと、私の気持ちは鉛のように深く沈んでいった。
「今度の相手は……」
そこまで言うと、父は言いよどみ、口を重くつぐんだ。無理もない。私との縁談は、相手にとって死の宣告と同じなのだから。
父は、絞り出すような声で続けた。
「山の神だ……」
「!!」
期待と希望の眼差しで父の言葉を待っていた乳母は、甲高い悲鳴をあげた。
「そんな!大納言様!!それでは姫は!!姫に生贄になれと申されるのですか?!」
「すまない……」
乳母は、大声をあげて抗議したが、父が俯き、大粒の涙を流すのを見ると、それ以上は責められなかった。「そのようなこと……あんまりだ」と、床に伏して嗚咽した。
私は静かに口を開いた。
「おとど様、私、神様のところへ行くわ」
にっこり微笑んで見せると、父は「すまない、すまない」と何度も謝り、震える手で私を抱きしめ、声をあげて泣いた。
私は、密かに思った。人と結ばれるより、神に嫁いだ方が、ずっと気が楽だ。
「死」は、人には避けられないもの。それを乗り越える永遠の愛など、この世には存在しない。だが、神様なら違う。神様は、私より先に亡くなったりしない。
神様となら、ずうっと、一緒にいられる。
婚儀の日。
私は、山の社の裏にある小さな神社まで神輿で運ばれた。今から神になる者は地に足をつけてはならないと、最後は父におぶわれ、神殿の入り口へと進む。
「おとど様、私……嬉しいの。神様なら私より先に亡くなったりしない。ずうっと一緒にいてくださる」
父は、私の言葉を聞いて、かすかに息を飲んだ。
「……今度の婿様は、この我が家だけでなく国を支える大切な方だ。よくよくお仕えし、尽くすのだよ。私たちは、この地でお前の働きをみているから…」
「はい」
私は、神殿の入り口に立つと、最後に父を振り返った。
父は、別れの悲しみを押し殺したような、複雑な優しさを含んだ微笑みを返すと、静かに、そして重々しく、神殿の扉を閉めた。
もう、この扉が開くことはない。
私は、一人きりになった神殿の薄暗がりの中、胸いっぱいに安堵の息を吸い込んだ。
これで、私は独りではなくなる。
永遠の別れにおびえることも、もうないのだ。
都の人々が私を「不幸な生贄」と憐れもうと構わない。
私は、私の望む永遠を手に入れた。
コメント
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決められた運命でも、思い方ひとつで幸せにも感じられるのであれば、自分の幸せは、自分で決めたいな。って思いました。