ランス・クラウンと
虫垂炎
急性虫垂炎、別名で盲腸
⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱
「… 今 日 、 っ欠 席 …す る、」
朝、突然放たれた弱々しい声。
それは同室のスカシた アイツの声、だった。
「はぁ!?」
次いで、憂懼と焦慮と、そして驚愕の入り混じった声。
これは オレの声、だった。
それは即座に心配へ転じる。
「大丈夫か?」
普段ならコイツに対して考えねぇ、
心配という語が脳裏で揺らぐ。
「っん…」
腹を押さえているのが見えた。
「腹、痛ぇのか?」
「、…んや、っその、何でもない。
──学校も行..く」
腹痛くらいで休むなんて気が引ける、とでも言いたげな顔。
確かにオメェならそう考えるのか?と思案。
「っ今日は座学のみだ、問題ない、はぁッ…ふ、」
「何言ってんだよ、バカか」
「っ、ん」
むくり、と右手で腹を庇って起き上がる。
と、そこでバランスを崩してベッドに倒れ込んだ。
「はぁっ、はふ、ぃたぃ、!!っ」
痛いだなんて弱音をコイツが吐くとは…
余程腹痛が酷いのだろうか。
「無理して起きんな」
寝ていろ、と軽く諭す。
それなのに、また起き上がろうと試みたようで、
今度はゆっくりとベッドに座る体勢になった。
「…、っ」
「いつから痛ぇんだ?」
「朝、から、」
「…本当か?」
「何故…っ、夜中から、だ」
さっきよりは痛みが落ち着いたのか、真艫な返答があった。
痛みにも波があるようだ。
「熱は?」
「無い」
「他に症状は?」
「無い」
「んー…授業、そんなんで受けて大丈夫か?」
「、問題無い」
「そっか…そうだなぁ」
しかし、起床後、いの一番に口にした言葉は欠席するというものだった。
それが本音であるなら、汲み取ってやるべきじゃねぇのか。
と、その時。
コンコン、と軽やかに扉を叩く音。
「おー…オメェはそこで待ってろ」
「っ、ぐ ら び. お…る .!!」
覇気の無ぇ声とともに、
オレの身体に圧がかかる。
オレが行かないようにってことか?
しかしそれはあまりにも弱かった。
「うぉ…ってテメェ魔力全然無ェじゃねぇか」
「っ…うるさい、」
軽い圧力を物ともせずに、
ドアの前まで歩いていく。
ちなみにここは押し戸だ。
そしてノックでドアが破壊されることもなかった。
ドアを開けた。
「おはよう、ドットくん!」
「おはよ」
案の定、ノッキングはフィンによるものだった。
「あれ、ランスくんはどうしたんですか?」
「もっもっもっ…」
いつもの面子。
「何かアイツ体調悪ィらしい」
「えぇ!?ランスくん大丈夫なの!?」
「それは心配ですね…」
「もっもっもっ…はんふふん、はいほうふはほ?」
「そうですね、私も気になります」
「そうだね」
「何で会話成立してんだよ」
約1名、何言ってんのか分かんねぇよ。
「そ、だからオレとスカシピアス学校休むわ」
こう見えてオレも勉強の進度は問題無ぇし。
「なるほど、分かりました!」
「じゃあ先生には、2人とも欠席ですっ て伝えておくね」
「助かるわ、フィン、頼んだぜ」
「うん」
何で2人とも欠席するのか、何でランス1人を医務室に連れて行かないのか、だなんて誰1人とて問わねぇし、オレもそうなることを疑問に思うなんて万が一にも無かった。
体調不良を訴えるアイツを、こう見えてもオレが案じていること。これを全員が解っているから、か。
「(いつも喧嘩ばかりしていても、やっぱりこういうときにドットくんはすごく優しいなぁ)」
そうフィンが考えていたことを、オレが知る由も無かった───。
「もっもっ… ん、ごくん。
ランスくん、大丈夫なの?」
おー、さっきシュークリーム食いながらマッシュが何か言ってたのはそれか。
「あぁ。腹が結構痛ェらしくて呻いてて、本人は授業に出るとは言ってんだけど、流石になぁ…大事をとって休ませることにした」
「そっか」
「あ、そろそろ時間じゃねぇか?」
「そうですね、そろそろ行きましょうか」
「じゃあドットくん、ランスくんを頼んだよ」
「あぁ」
「放課後にみんなでお見舞いに行きましょ!」
「そうだね!」
レモンちゃんは優しいなぁ。
いや、そうじゃなくて。
ランスの奴を看病しなければ。
3人を見送った後、寮室内の寝室へ赴く。
先程ベッドに座ったばかりだったのに、
また寝た体勢に戻っていた。
「みんなには欠席って伝えといたわ」
「、すま..な い」
「夜中から痛かったんだよな?
独りで我慢させて悪かった」
そう呟いて、先刻から頻りにランスが押さえている上腹部を、オレはゆっくりと撫でる。
「貴様の; せ い じ ゃ、な ぃ ,.」
「さっきよりはマシになったか?」
「っ、あぁ」
とは言え、顔色が優れないようだ。
「フィンに頼んで治してもらうか?」
「いや、っこの程度の腹痛ごときで、ッ
魔力を遣,いすぎ..るのは.フィンにとって
良くない、から」
想像通りの返事。
「そっか、」
自身が辛くても他人を優先するのはオメェらしい、けれど。
「テメェはもっと自分を大切にしろよ」
「っ、ん、そうしている、つもりだ」
「まぁいい、あれ?」
「?なん、だ」
「オメェ、顔赤くねぇか?」
「へ」
左手でオレの額、右手でランスの額を、それぞれ覆ってみると温度の違いは明らかだった。
「やっぱりあちぃな」
一度オレは立ち上がって別室へ向かった。
水を注ぎ、袋の口を軽く縛る。
簡易的だが十分。氷嚢の完成だ。
ぴと、
「っひゃ.. !!、何をする…」
「オメェ、顔が青白いのに熱があるってことは、寒いんじゃねぇの?」
と言ってオレの布団もアイツに寄越す。
「…っありがと、」
素直に礼を言うとは驚きだ。
「これから熱上がるかもなぁ…」
「…ふぅ、っは」
「大丈夫か?」
「、大丈 夫 、 だ と、
言っ て い る だろ う、 」
大丈夫じゃないヤツだな、これ。
「ん、わかったわかった、大丈夫なんだなー」
適当にあしらっておく。
「っだから、」
「病人は寝とけ」
オレはずっとオメェの傍にいるから安心しろ、と。 伝わっているだろうか。
「きょう の きさ ま、 変だ …」
はぁ?ガキかよ。
「嫌か?」
「そ ん な こ とは ない‥‥っ」
…んだよそれ。
「っ、はぁ、っふは、」
「辛いよな…」
また腹痛の波が来たのか。
「っ‼、ぃた、はぁっ、ん、!」
ギュッと腹を押さえつける姿はあまりにも痛々しくて、見てられねぇ…
「あまり押さえすぎんな、余計に痛くなるだろ」
「っは、こっ ち の 方ッが!、マ シ 、だか、ら…!」
「ランス、大丈夫だ、大丈夫だから」
たちまちランスの指先は白くなり、血の気が失せる。
「はぁっは、ふは、ったぃ、いたぃ…‼」
「ランス、ランス‼」
果たしてオレの声が届いているのか否か。
「っん、ぃたい、どっと、」
「大丈夫、オレがいるから安心しろ」
内心オレが焦っていることを勘付かれないようにしつつ、ランスを落ち着かせようとする。
「、はぁっ、ふはぁ、ひ、っ」
「ランス、医務室行くか?」
「っ、行ったほうが、いい、か?」
そんなテメェがオレにとって迷惑みたいな言い方しやがって。
「違ェよ、オレじゃ対処出来ねぇから、詳しい奴に診てもらうべきじゃねぇか?」
「っ、まだ大丈夫」
その言葉に引っ掛かりを覚える。
“まだ”大丈夫、とはどういうことか。
それは、これから悪化しそう、とでも言いたげで。
「少し治まったなら、寝てていいからな」
疲れただろう。
夜中から苦しんでいたのなら殆ど寝れて無ぇ筈だ。
「はぁ、ん、すまなぃ、」
「気にすんな」
にしても上腹部の痛みの原因って何かあるのか?
胃とは違うような気がする。
不安を覚える。
それから。
オレは甲斐甲斐しく動き回った気がする。
時間はあっという間に過ぎ去った。
ランスは熱に侵された。
氷嚢は直ぐに、ぬるくなる。
入れ替えるとカランコロンと氷が涼し気な音を立てた。
ランスは何も食べなかった。
「食欲無ェのか?」
「大丈夫、だ…」
幾度と聞いた、大丈夫という言葉。何に対してだ?
「何か作ったら、食えそうか?」
「っ、いら、ない」
おそらく心配していることに対しての”大丈夫”だろう。
湯なら飲めたが、食欲も無いとは…。
ランスは夢を見た。
「ぅう、どっと…」
「ん、どうした?」
「…どっと。…z.z..」
寝言かよ。
てかオレが出てくる夢って、どんな夢だ?
ランスには見舞いに来てくれる3人がいた。
「ランスくん、大丈夫ー?」
「それがな…〰〰〰」
生憎ランスは眠っていたため、少し会話して、寝顔だけ見て帰ってもらった。
もしかすると感染するものかもしれないし、念の為だ。
いつしか、月が窓に浮かぶ。
そんなこんなで、気がつけば夜になった。
あれ、?
アイツのことばかり考えていたが、
そういえばオレ、飯食ってねぇわ。
寝ているスカシピアスの瞼が動く。
あ、そろそろ起きるか?
「っん、…はぁ、はっ、」
「起きたか。…体調どんな感じだ?」
「っ、ふぅ、はぁっ、大丈夫、だ」
「素直に言ってくれねぇと分かんねぇよ」
「…朝と同じ、だ」
「まだ治んねぇかぁ…」
頬は赤く、目は熱で潤んでいた。
「オレのッこと は 良い から、貴 様 は ..自分の こ と を 優 先 っしろ、」
「こっちの台詞だよ、そりゃあ」
ランスは病人なのだから。
「っ、朝か ら 貴 様、オレのこ と ば か りで、 何 も 食べて なぃ、」
何で解るんだよ。
「1日ぐれぇ何ともねぇ
それよりテメェの心配くらいさせてくれよ」
「…」
寧ろ心配のあまり、
腹が減ることなんて忘れていた。
どうせ今何か口にしたところで、喉を通る気がしなかった。テメェのいない食事なんてつまらないから。
「さっさと体調治せバーカ」
「、うるさぃ、」
いつもの喧嘩に至りそうで危ない。
しかし、これだけは伝えておきたい。
珍しく真面目な声色で、オレは告げる。
「でも、オメェのそんな姿見たくねぇよ。心配させんな」
「…すま. な い、」
あーもう、謝ってほしい訳じゃねぇっての。
調子が狂う。
「もう夜遅いんだし、寝ようぜ」
「っあぁ、」
「大丈夫か?」
「、大 丈 夫 に 見 え るか?」
「見えねぇ」
「…だ ろ う な 、…っ!」
軽口ばかり叩いていても、これは重症だ、と思った。
何しろ経験したことのないらしい腹痛はずっと続き、未だに発熱している。
「やっぱ明日医務室行った方がいいな」
「っ、…あぁ」
嫌そうな顔、というより少し寂しそうに見えた。
「オレも一緒に行くから」
「…明 日 も 貴 様を 休ま せる訳 に は 、 …」
申し訳無さそうな表情。
殆ど感情を感じさせないテメェの顔の変化を、オレは最近何となく判るようになっていた。
ポーカーフェイスにオレは、
騙されない。
嬉しそうにしている、そう思った。
「おやすみ、ランス」
「っあぁ、
おやすみ、ドット、っ」
痛み続けているらしいランス上腹部をとにかく丁寧に擦ってやる。
オレの手の方がどうやら温かいようだ。
この温もりを共有できたらいいのにと
生ぬるいことを、ガラにもなく思う。
そうして、オレたちの1日は幕を下ろした。
⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱
つづく