テラーノベル
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あれから一年が経った。
季節を一周した花屋は。
一年前とは比べものにならないほど繁盛していた。
阿部が始めたSNSが、少しずつ話題になった。
季節の花。
小さなブーケ。
花言葉。
贈る相手に合わせた花束。
阿部が毎日丁寧に載せていた写真を見て、遠くから足を運んでくれる客まで現れた。
休日になると、店の外まで人が並ぶこともある。
「阿部さん! こっちの花束お願い!」
「今行く!」
「配達の分できたよ!」
「ありがとう!」
老夫婦だけでは、とても回らない。
今では孫たちまで店を手伝っていた。
「私、いつかここ継ぎたいんだ。」
ある日。
孫の一人が言った。
「本当に?」
「うん。今、花の勉強してる。」
もう一人も笑う。
「俺も経営の勉強する。もっと店大きくしたい。」
「二人とも継ぐの?」
「一緒にやればいいじゃん。」
「喧嘩しないでよ。」
阿部が笑う。
その様子を。
老夫婦は嬉しそうに眺めていた。
「阿部さんが来てくれてから、この店も賑やかになったね。」
「そんな……。」
「本当に感謝してるよ。」
「俺の方こそ。」
阿部は笑った。
「あの日、拾ってもらわなかったらどうなってたか分からないから。」
ここに来てよかった。
心からそう思っていた。
自分にも。
誰かへ返せるものがあった。
それが。
とても嬉しかった。
___________
その日。
阿部は二階で少し遅い休憩を取っていた。
昼食を食べながら。
午後に投稿するSNSの文章を考える。
すると。
階段を駆け上がってくる音。
「阿部さん!」
「どうしたの?」
孫の一人が息を切らして入ってきた。
「大変!」
「何?」
「お客さんが!」
「クレーム?」
「違う!」
「じゃあ何?」
「花!」
「花?」
孫は信じられないような顔で言った。
「店の花、全部買うって!」
「……えっ?」
阿部の手から箸が止まった。
「全部?」
「全部!」
「そんなわけ――」
「本当に全部! 店頭も予約分以外の在庫も!」
「何に使うの?」
「分かんない!」
阿部は慌てて立ち上がった。
「ちょっと待って、俺行く。」
一年かけて。
店は大きくなった。
当然。
置いてある花の量だって昔とは違う。
全部買うなんて。
何を考えているのだろう。
階段を下りる。
「すみません、お待たせしました。」
店へ出て。
客の方を見る。
そして。
阿部は。
動けなくなった。
「……。」
一年。
会っていなかった。
それなのに。
一瞬で分かった。
少しも。
忘れていなかった。
「……めめ。」
目黒が。
そこにいた。
目黒は、一年ぶりに聞いた呼び方に。
少しだけ笑った。
「久しぶり、あべちゃん。」
「……。」
声。
笑い方。
何も。
変わっていない。
阿部の心臓が痛いほど鳴る。
「なんで……。」
やっと。
それだけ言った。
目黒は店内を見回した。
「すごいね。」
「……。」
「あべちゃんが頑張ったんでしょ?」
「みんなで……。」
声が震える。
「みんなで頑張った。」
「そっか。」
目黒は優しく笑った。
「頑張ったね。」
その一言で。
一年間。
必死に押し込めていたものが。
全部。
溢れそうになった。
「……なんでここにいるの。」
「迎えに来た。」
あまりにも。
当たり前のように言われた。
「……え?」
「あべちゃん。」
目黒は。
真っ直ぐ阿部を見る。
「一緒に帰ろう。」
「……。」
帰る。
その言葉が。
胸の奥へ刺さった。
「帰るって……。」
阿部は俯く。
「俺の家、ここだから。」
「うん。」
目黒は否定しなかった。
「ここがあべちゃんの家になったのも分かってる。」
「じゃあ……。」
「でも。」
少しだけ。
寂しそうに笑った。
「俺の家も、あべちゃんの家だったでしょ。」
「……っ。」
言葉が出なかった。
そうだった。
一年経っても。
忘れられなかった。
目黒と暮らした家。
目黒の帰りを待ったリビング。
「おかえり」と言った玄関。
自分から。
全部置いてきた場所。
「……俺。」
阿部の目に涙が溜まる。
「帰れないよ。」
「なんで?」
「だって。」
目黒の怪我。
あの日の血。
今でも覚えている。
「俺がいたら、めめに迷惑かける。」
「一度も迷惑だと思ったことない。」
「でも怪我した!」
「あべちゃんのせいじゃない。」
「俺のせいだよ!」
一年間。
ずっと。
そう思ってきた。
「俺と出会わなかったら、めめは怪我しなかった。」
「それなら。」
目黒が静かに言う。
「あべちゃんと出会わなかったら、俺はこの一年こんなに苦しくなかった。」
「……。」
阿部が顔を上げる。
「どっちも同じじゃない?」
「……めめ。」
「俺は。」
目黒は笑った。
「怪我したことより、あべちゃんがいなくなったことの方がずっと辛かったよ。」
阿部の頬を。
涙が流れた。
「阿部さん。」
後ろから声がした。
振り返ると老夫婦が立っていた。
二人とも。
優しく笑っている。
「……ごめんなさい。」
なぜか。
阿部は謝っていた。
「なんで謝るの。」
奥さんが笑う。
「だって俺……。」
この店も大切だった。
老夫婦も、孫たちも。
大好きだった。
ここを離れたくない。
でも。
目黒のところへも。
帰りたい。
どちらも。
自分を助けてくれた場所。
選べなかった。
「俺、ここに恩返ししないと。」
すると。
旦那さんが笑った。
「もう十分だよ。」
「……。」
「見てごらん。」
店内。
忙しそうに動く孫たち。
楽しそうに花を包んでいる。
「君が来てくれたおかげで、店はこんなに賑やかになった。」
「孫たちまで。」
奥さんも続ける。
「この店を継ぎたいって言ってくれるようになった。」
「……。」
「十分すぎるくらい、返してもらったわ。」
「でも……。」
奥さんが。
阿部の背中を優しく押した。
「帰りなさい。」
その瞬間。
阿部の涙が。
一気に溢れた。
「……っ。」
「阿部さんにも。」
優しい声。
「待ってくれている人がいるんでしょう?」
「……うん。」
もう。
誤魔化せなかった。
「いる……。」
ずっと。
会いたかった人。
一年間。
毎晩。
思い出していた人。
店の扉が開くたび。
心のどこかで。
待っていた人。
阿部は泣きながら。
目黒を見る。
「……めめ。」
「うん。」
「俺……。」
声にならない。
目黒は。
急かさず待ってくれる。
だから。
阿部は。
一年間言えなかった言葉を。
やっと口にした。
「帰りたい。」
目黒の目も。
少しだけ潤んだ。
「うん。」
「めめと……。」
阿部は泣きながら笑った。
「一緒に帰りたい。」
「うん。」
目黒が笑う。
「あべちゃん。」
「帰ろう。」
___________
孫の一人が。
恐る恐る手を上げた。
「あの……。」
全員が見る。
「……何?」
「本当に花、全部買うんですか?」
「買います。」
目黒が即答した。
「めめ!?」
一年ぶりなのに。
阿部の突っ込みは。
あの頃と何も変わらなかった。
「何に使うの!」
「一年間あべちゃんがお世話になったから。」
「だからって全部!?」
「売上になるでしょ?」
「そういう問題じゃない!」
目黒は楽しそうに笑った。
その笑顔を見て。
阿部も。
泣きながら笑った。
一年かけて。
たくさんの花を売った。
たくさんの人に。
大切な気持ちを届けるために。
そして最後。
店に残ったすべての花と一緒に。
阿部自身もようやく。
ずっと届けられなかった気持ちを抱えて。
大好きな人のところへ帰ることができた。
コメント
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お疲れ様です。 一気に読みました。 ウルウル🥹 素敵すぎます💓 💚頑張ったね。 見つけてもらって良かったね♪ ハッピーエンドはやっぱり良いですね🥰
あるライブで💚ちゃんが言った言葉で「この手を離さないで下さい、僕達も絶対離しません」💚は絶対🖤の手を離したら駄目だよ 2人で幸せにならないと。 このお話を読んでる読者全員の願いなんだから
みら

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