テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
side mtk
せっかくのオフだし、寝てるだけじゃもったいない。
いつもなら、オフは死んだようにベッドに沈んでるか、制作部屋に籠ってるだけ――
今日はみおちゃんと一緒に過ごしたい。
「みおちゃん、今日は空いてるよね? ……とりあえず、シャワー浴びてきなよ」
「…あ、空いてます。じゃあ、お借りします」
「ん、案内する」
腕をほどき、彼女の手を取って立ち上がる。
その細い指を握ったまま、つい意地悪を言いたくなる。
「あ……それとも、一緒に入る?」
ぴたりと足を止めた彼女。
耳まで真っ赤になって、慌てて首を横に振る。
「な、なに言ってるんですかっ! そ、そんなっ……入りません!」
可愛すぎて、思わず笑いが漏れる。
背中から「なに笑ってるんですか!」って声が飛んできて、それすらも愛しい。
脱衣所に案内して、タオルと僕が普段よく着るTシャツを渡した。
「適当に使っていいから。……あ、覗かないから安心してね」
「も、もう……ありがとうございます」
軽く手を振って扉を閉める。
小さく息を吐きながら、思わず呟く。
「……やば、可愛すぎる」
気づけばもう、彼女に夢中なんだ。
side mio
もときさんに再三からかわれて、今、脱衣所にいる。
なんだか変な気持ち――好きな人の、憧れの人のパーソナルな空間にいることが、こんなに胸をざわつかせるなんて。
服を脱いで、シャワールームへ入る。
お湯が肩を叩くたび、昨夜までの不安や心配が少しずつ流れ落ちていく気がした。
わたしは、もっと彼のことを知りたい。
そして、彼の隣に立つとき、胸を張れる人になりたい。
シャワーを終えて外に出る。
タオルで髪と体を拭き、体にバスタオルを巻いたまま鏡に向かう。
映った自分の首筋と鎖骨に、赤い跡――キスマーク。
「……っ!」
一気に恥ずかしさが込み上げる。
まるで知らない誰かを見ているようで、思わず目を逸らした。
気づかないふりをしてTシャツに着替え、用意してくれていたドライヤーを手に取る。
平然を装いながら髪を乾かして――心臓の音だけが、やけにうるさく響いていた。
side mtk
バスルームのドアの向こうから、水の弾ける音が聞こえてくる。
僕はキッチンへ向かい、冷蔵庫から水をコップに注いで喉を潤す。
リビングに戻ると、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。
テーブルの上には昨夜のマグカップが二つ。そっと手に取り、キッチンへ運ぶ。
洗い物をして、ついでに軽くシンクを流していると――横から視線を感じた。
顔を横に向けると、昨日に続いて僕のTシャツを身にまとった彼女が立っていた。
けれど、その表情はどこかぎこちない。
「もときさん……わたしの首……」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
けれど、彼女が髪を払って首筋を見せるように顔を横に向け――気づく。
「あぁ……ごめん。可愛くて、つい」
本当は“可愛いのが悪い”って思ってるけど……
怒られるかと思いきや――
「……つけてもいいですけど、見えないところにしてくださいっ……」
小さな声でそう言った。
胸が熱くなって、思わず抱きしめてしまう。
「……かわいすぎる、ごめんね?」
彼女の頬がさらに赤くなるのを感じながら、そっと腕に力をこめる。
見上げた彼女が、遠慮がちに言った。
「もときさん……おなか、すいてませんか… もしよかったら、シャワー浴びてる間に、なにか作りますけど…」
「うーん……みおちゃんのこと食べたいかな」
にやっと口角を上げ、わざと意地悪を言う。
「ま、まったくっ! そういうこと言うんじゃないです!」
笑いながら彼女の頭をポンポンと撫でて、脱衣所へ向かう。
「ふふっ、じゃあ行ってくる。冷蔵庫とか勝手に使っていいから」
side mio
もときさんがバスルームへと向かう。
その背中を見送りながら、小声でつぶやいた。
「……心臓もたないんですけどっ」
とりあえず寝室へ行き、布団を軽く整える。
さすがにこの格好じゃ落ち着かないと思い、履いてきたスカートとブラジャーを身につける。
ソファの横に置いた鞄からヘアゴムを取り出し、長い髪をひとつに結んだ。
「おじゃましま〜す」
冷蔵庫を開けながら、誰もいないのにそんな言葉が口からこぼれる。
中身は必要最低限のものばかり。
ふとキッチンの棚に並んだパスタジャーとトマト缶が目に入った。
――決まり。今日はパスタにしよう。
大学卒業後、逃げるように上京して一人暮らしをしてきた。
だから自炊は苦ではなく、むしろ好きな部類だ。
鍋でお湯を沸かし、その横で玉ねぎを刻む。
手元の包丁は慣れた動きで、リズムよく音を立てる。
もう一つのコンロではトマトソースを煮込む。
ぐつぐつと沸騰する鍋を眺めながら、ふと思った。
――ちゃんと誰かのためにご飯を作るの、久しぶりかもしれない。
そう気づいて、ほんの少しだけ自分に苦笑した。
パスタを茹でるか迷っていたところに、バスルームからもときさんが戻ってきた。
髪をタオルで拭きながら、メガネをかけた姿。お風呂上がりの匂いと、まだ少し残る湯気がまとわりついて――どきりとする。
「なに作ってるの?」
横に立って、のぞき込んでくる。
「……パスタです」
少し照れながら答えると、彼の目がぱっと輝いた。
「僕の好きなトマトパスタじゃん! みおちゃん、わかってる〜」
嬉しそうに口角を上げる姿に、つい笑ってしまう。
「とりあえず……もう食べますよね? 茹でたらすぐ終わるので」
「うん。ありがとう。じゃあ、テーブルの用意しとくね」
彼が軽やかにリビングへ向かう。
鍋の中で踊るパスタを見つめながら、澪は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
side mtk
リビングのダイニングテーブルに食器を並べていく。
一人暮らしのわりに立派な四人掛け。メンバーが遊びに来ることもあるから、自然とこうなった。
慣れた手つきでカトラリーやランチョンマットを置き、準備を整える。
セッティングを終えて席につくと、ちょうどキッチンから彼女がやって来た。
湯気を立てるパスタの香りがふわっと広がる。
僕の分を先に置いてくれて、そのあと自分の分を向かいの席に置いた。
「……失礼します」
そう言って、背筋を少し正しながら座る彼女。
「……なんだか面接みたいだね」
冗談めかして、メガネをクイッと上げてみせる。
「ふふっ」
彼女は肩を揺らして笑い、少し頬を赤らめながら言った。
「お口に合うかわかりませんが……どうぞ」
side mtk
「ふふっ……お口に合うかわかりませんが、どうぞ」
少し照れながら差し出す仕草が、やけに可愛い。
フォークで一口運ぶと、酸味と甘みのバランスが絶妙で、思わず笑みがこぼれた。
「……うまい。僕が作るより美味しい」
「よかった……」
安堵の吐息と一緒に、彼女の肩がほんの少しだけ下がる。
しばらく二人で黙々と食べていると、彼女がふと問いかけてきた。
「……オフの日って、普段なにしてるんですか?」
「んー……基本はベッドで沈んでるか、作成部屋にこもって曲作ってるか、あとはゲーム」
少し冗談めかして言ったが、それが実際のところだ。
「インドアなんですね。わたしと似てます」
彼女はふふっと笑う。
やがて食事を終えたところで、ふとひらめいた。
――そうだ。オフの日のこともそうだけど、僕のスケジュールは彼女にも知っておいてもらったほうがいい。
僕はマネージャーやメンバーとアプリで予定を共有している。
「ね、みおちゃん。このアプリ、落とせる?」
「え?おとせますけど……これなんですか?」
「スケジュールアプリ。僕の仕事の予定とかが全部入ってるんだ。
よければ、みおちゃんにも知っててほしいな」
「……えっ、いいんですか?」
彼女の目が丸くなる。
「もちろんだよ」
自然にそう答えていた。
コメント
2件
コメント失礼いたします! 一話からここまで一気読みさせていただきました…!丁寧で繊細な心理描写のおかげで、感情移入しながらどんどん読み進めることができました✨とっても好きです🫶 今後も更新楽しみにしております!!