テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
日はまだ出ている、のに暗い。今目の前に広がる異常現象、常人なら唖然としてしまうかもしれない。だが、僕には足掛かりと言える物はあった。この事象における足掛かりではなく、この事象を知っている者の足掛かりを。この暗がりで自転車を漕ぐのは気が引けたが、今はそうは言っていられない。
「升沢、乗ってくれ」
「え」
僕は無言で見つめるだけだった。升沢の性格につけ込んでいるようで後ろめたかった。そうも言っていられないが、そう思ってしまう。僕が謝ってしまう前に升沢はこう言った。
「わかった」
この異常事態の中でも冷静さを保とうとしていた。長年使用していて普段は錆びにより、調子良くは回らないその自転車は、今この瞬間は潤滑油をさしたかのように文字どうり円転滑脱に進んだ。錆びた鉄がほんの少し落ちる。
暗がりの中僕の記憶を頼りに道を行く。幸いにも暗いだけで道に迷わせるとかそう言った類いの妖怪ではないようだ、停電の原因までは妖怪の仕業とは決まったわけではないのだ。というかそもそも升沢は神社の中に入れるのだろうか。幾ら妖怪から被害を受けているとは言え、それに通ずるわけでも、力を持ってるわけでもない。円形の池が見えて来た。神社まではまだ少し距離があるみたいだ。
「亀」
升沢は言う。亀、時亀の事か。そういえば池で見たとか、言ってたな。僕は自転車を止め、池のほうに目をやる。そこには、居た。目が赤く怪しく光り、距離はあったものの確かに僕らを見つめていた。何も喋らない、何も語らない、それなのにその存在感は僕らの視線を固定させその場に止めるに十分なほどにあった。それに、なんでだろうか。亀を見ているととても気が休まる。愛らしいわけなくむしろ不気味だと言うのに。少しずつ亀は近づいてくる。違う、近づいているのは僕達だ。一歩ずつ確実に。思い出した。今こいつは僕達の感情を食べている。けど、僕もか、升沢の話は聞いていたが。目を離したつもりはなかった。亀が、いない。
池になんだか薄く赤い細い線がある。その先には、なんだあれ黒い長い棒のようなものが池に浸かっている。
ぎぎぎ、ギギギ、コツコツコツ、ギギギ、ぎぎぎ…なんだ。馬の蹄か。それと、鉄が摩擦で不協和音を立てている感じだ。近づいてくる。
「私は私らしくだとか、あなたは1人しかいないとか、生きる目標ってのは自分で見つけろだとか、とても綺麗。だけどそれ以上でもそれ以下でもない。机上の空論はお空でやってほしいものだよ」
顔が隠れていてわからない。いや、隠れているのではなく、無いのか。しかしわかることがある。右腕が骨だ。骨が剥き出しとかではなく、骨しかない。黒装束に身を包んでいるが、僕はインパクトが強すぎてむしろ当たり前、新常識のように思え触れていなかった部分がある。その正体不明は、二層になっている鎌を持っている。何故かは分からないが、二層になっている。髪は長い。僕と升沢は立ち尽くしていた。「沈黙は排水溝の匂いがして嫌いだよ。」
妖怪は喋った。あまりの異形な姿にいつの間にかその存在を認めている、ていうか排水溝って。水面を波紋が走るような、そんなのどかな時間は束の間だった。急激に、空気がどっと重い。全身の毛が逆立つ。血管の血がその妖怪からとうざかろうとしている。とうざかれても大した距離ではないのに。
その妖怪は、長くしなやかな足を曲げている。抱えている鎌が唸りを上げている。
「来る」
無意識にそう叫んだ。升沢は_____なんでそんな目で見ている。あれを。空を切り裂きまるで質量など忘れて、摩擦など忘れて、加速する直線運動が起こっている。体感は、いや、時間の概念を忘れてしまうくらい長かった。この鎌が僕の人生を終わらせてしまう。そう思った。
「死ねないよ、君は」
言うなれば雷鳴。その男は現れた。天の怒りを買い、天の光りが喰らわれ、ただ、黒い、雲だけが広がる空に、音もなくさす一筋の光明まさにそれだった。違いがあるとすれば、音が一瞬遅れてやってきたその程度だった。鎌を三本の指で、摘みヒビが入っていた。
「やあ蕪木くん、遅くなったね、いや遅かったね。僕が来たんじゃない、君がきたんだ。」
蒼い半袖の年季の入ったジャケットと半ズボンいつもとは装いが違う八幡は軽薄な笑いを見せる。不安を煽るその笑顔はその時は違った。するとその瞬間、掴んで離さない鎌を蹴り飛ばす。妖怪は怯んだ。
「やれやれ、色濃く主張したもんだ。」
八幡は笑う。即座に距離を詰め、八幡の右手拳が、妖怪を目がけるが、平手で弾かれる、すかさず左手で平手をした手首を掴み空中で回す。欲しくもない景品が入ったガシャガシャを仕方なく回すように、慣れた手際っだった。妖怪は仰向けで地面に打ちつけられる。しかし跳ね起きで体勢を立て直し、池の方に移動した。その妖怪は懐からライターを取り出し、池に投げ込んだ。八幡は升沢を先に、その後に僕を抱え、池から距離を取るように蹴り飛んだ。チューバのみで構成された音楽隊が一斉に合奏するかのような、合奏と言って良いのだろうか、ただ単純に大きく低い音が無理に迫って来る感じだ。それはもはや暴力に等しい。そして後ろからは凄まじい熱と光を放ち、赤い煙が立ち込めるように、それは年末年始の歌番組の大トリを飾る登場のようだった。しかし登場というよりはこの場合は退場だった。燃焼する気体に包まれその妖怪は姿を消した。動揺で上がっている僕の熱を冷ましまいと放った言葉はこうだった。
「自爆…」
「違うよ、逃げたんだよ。蕪木くん、分かっているんだろ、あの程度では祓えないことくらい」
「はらう」
やはりそうなのか、あれは。
「そこの黙りこくっている、君、いい加減何か言ったらどうなんだい」
升沢を指差す。先程から、この状況に対応できていないのか口を開いていなかった。流石の升沢も、これほど奇々怪怪な状況はキャパオーバーだったのだろう、しかしこれは誤解だった。升沢はこの状況を八幡と同じくらいもしくはそれ以上に把握、理解していたのかもしれない。
「あの、あれは」
升沢は顔を引き攣らせていた。
「知っているんだろ、升沢ねり」
八幡は語調を強めた。僕はたまらずこう言う。
「八幡、どうしてそんな回りくどい言い方をするんだ」
「静かにしてほしいな、蕪木くんこれは意味のあることなんだよ」
升沢は口を開いた。
「蕪木くん。私あれを知っている、知っている気がするの」
升沢は冷や汗を拭った。僕は息を呑んだ。
「あれは、多分私だよ」
元々持っていたパズルのピースが、明らかに違う形のところにはまった、実際そんな事は無いのだろうがそんな感じだ。スピリチュアルな言い回しをされるものだから升沢らしくもないと思ったが、スピリチュアルなことが起きているものだから、納得してしまう。
「じゃああれが」
僕は八幡の方を見てそう言う、八幡は頷く、升沢は俯く。
「そういえば、この暗い空は一体何だ。それに逃してよかったのか、正方形を」
無意識にそう呼んだ。升沢と呼ばないだけ良かったのか、それとも正方形の方が失礼だったか。僕は1人で思い悩む。
「君は良い質問をしたよ蕪木くん」
「良い質問」
どこが良い質問なのだろう。基本的には良いと形容し難い点しかない。
「そう不思議そうな顔をしないでくれよ、僕は妖怪でもなくただの人間だと言うのに。いい質問というのはその2つの質問の答えは繋がっているからだ」
「繋がっている」
「そう、まずこの暗い空の正体だけど、僕が神社に張った結界の拡大版のようなものだよ、もっとも空を暗いと認識できるのは力に通ずるものくらいなんだよ、それに今回の結界は、外からの干渉を拒むのではなく閉じ込めることに特化している。そしてこの結界を張った理由は、正方形をこの街から逃がさない為さ」
「じゃあ逃げられないって事か」
「そういう事だ、そしてこの件をどうにかしなくてはならないのが、升沢ねり、君なんだよ」
升沢は、罰が悪いという表現に近いのだろうが、少し違う。そうだな、暗礁に乗り上げると言った感じ、わびし。そういう表情をしていた。僕はそう言った事は一切慮ってはいなかったのだが、人の傷跡をあえて見るような事を言っていた。
「そういえば、どうして正方形は、此処に来たんだ」
その時気づいた、升沢の後ろめたいような表情に。
「僕にははっきり言って分からないよ、いや分かりたくない、分かっているけど認めたくないかな」
八幡は理解はしていないが把握はしているようだ。升沢はきている服の袖をただ握りしめていた。八幡は言う。
「君はね、これからあの未来の君、正方形、他でもない升沢ねりと闘ってもらうわなきゃいけない」