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バージル様と共に訪れたのは学園の第二図書室だった。この第二図書室は破損して修復が必要な本を一時的に保管しておいたり、使用頻度の低い書類や教材をしまっておく物置きのような使われ方をしていた。場所も校舎の最上階である三階の一番端に位置しているため、用の無い人間がわざわざ訪れることはまずない。私自身も入学してから一度も来たことがなく、存在だけは知っているという状態だった。
第一図書室と比べて生徒や教師の出入りがほぼないので、サボり場所として最適なんて話も聞いたっけ。今は夜中なので余計に不気味というか……おどろおどろしい雰囲気が漂っている。
「リナ、こっちだ」
ゆっくりと扉を開け、バージル様は躊躇いなく図書室へと入っていく。元生徒ということもあってか、ここへ来るまでの足取りに迷いは一切なく、バージル様はどんどん奥へと進んでいってしまう。置いていかれないように小走りで彼の後に続いた。
初めて入った第二図書室。第一図書室よりも少し狭いが大きな本棚がいくつもあり、複数人が同時に座れるテーブル席もちゃんと設置されている。昔はちゃんと図書室として機能していたであろう名残を感じた。しかし、それが今では薄っすらと白い埃で覆われている。私たちが近くを歩くたびにふわりと舞い上がり、ツンと鼻の奥を刺激した。床にも何が入っているのか分からない箱があちこちに散らばっている。うん、完全に物置部屋だ。
「……ここで待機。22時にはまだ少し時間があるけど、あまり音を立てないようにな」
「はい」
私たちは部屋の一番端にある本棚の影に身を潜めた。棚の周りにも複数の箱が乱雑に積まれている。室内は暗いし、ここなら教室の入り口から見てバレることはないだろう。
バージル様が上着のポケットから懐中時計を取り出して正確な時間を確認している。天窓から僅かに注がれる月明かりのお陰で、近距離であればお互いの姿も認識することができた。バージル様の銀色の髪がキラキラと輝いていて綺麗だと思った。こんな緊迫した状況であるのに場違いにも彼に見惚れてしまう。
「……バージル様。お聞きしたいことがあるのですが……」
「なんだ」
私は浮ついた感情を誤魔化すように彼に質問をした。静かにしろと言われたばかりなので、声を極限にまでに抑えた上で……
「ここでこれから行われるという『DP』の取引についてなのですが、バージル様たちは誰が来るか……ある程度予測がついているのですよね?」
必要なのは証拠だけと言っていた。犯人たちの目星も既についているはずだ。それが学園の関係者であるのなら……私の知っている人かもしれない。心の準備をしないまま知り合いの犯罪行為を目の当たりにしてしまったら、うっかり声を上げてしまうかもしれない。そんなことになったら、張り込みが台無しになってしまう。今のうちにその怪しい人物らの名前を教えて貰うわけにはいかないのだろうか。
私の質問を受けたバージル様は、暫し考えるような仕草をした後に答えを教えてくれた。でも、その答えから私が知りたい情報を得ることは出来なかった。
「……分かっているとも言えるし、分からないとも言えるな。今日この場所に来るだろう者たちは、上からの指示を受けただけの下っ端連中だろうからね」
末端の使いパシリまでは把握しきれていないのだと、バージル様は語る。一瞬はぐらかされたのかと思ったけど、下っ端という言葉を聞いて、この事件がかなり大きな組織的なものであるという事……王太子殿下自らが調査を行い、解決に向けて奔走なさっているということを思い出す。
「……とはいえ、大切な『商品』を雑に扱うはずはないから、その下っ端たちを統率する指示役も同行しているはずだ。今回の私たちの目的は、その指示役を捕えることだ」
DP密売組織の総元締めの検討はついているが、それを摘発するには証拠が不十分。だから決定的な現場を抑えるために、私を伴い学園での張り込みを決行したのだ。
この時、私はバージル様の言葉に僅かに違和感を覚えた。私はてっきりこの第二図書室内で、DPの受け渡しが行われるのだと思っていた。使用者と売人がふたりきりでこっそりと落ち合い、薬を手渡しするようなイメージをしていたのだ。けれど、『下っ端連中』や『指示役』……これらはどう考えても十数人くらいの規模の人数を想起させる単語だ。
もしかして……これからここで行われるのは、私が想像していたような個人間の取引などではなく、もっと大規模な何かなのではないだろうか。先ほど『指示役』を捕えるのだと、バージル様ははっきりと言った。そりゃ、薬の使用者をひとりやふたり捕まえて終わりになるようなものではないだろう。
でも、それって……バージル様と私のふたりでどうにか出来るものなのだろうか。
「あの、バージル様……」
続けて彼に質問しようとした口は、強制的に閉じられてしまう。バージル様の大きな手が私の口元を覆い隠したからだ。
「静かに……」
彼の吐息が僅かに耳を掠める。その感触に背筋がぶるりと震えた。唇が触れてしまいそうなほどの距離。バージル様の美術品のようなご尊顔がこんなにも近くにあって意識するなというほうが難しい。声は出せないけど、バクバクと激しく高鳴る心音が聞こえてしまいそうだ。
そんな私の心境などお構いなしで、バージル様は教室の入り口を警戒していた。そうして1分くらい経過しただろうか。教室の外……廊下から足音が聞こえてきたのだ。しかもそれは明らかに複数で……さらに話し声のようなものまでが聞こえてくる。
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