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🌙瑠海🎧@ひまがく
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第九章 無人島サバイバル ~始まりの宣告と、未知の大地~
一、精霊と過ごす穏やかな一週間
精霊召喚の儀式から、丁度一週間が過ぎた。
高木暸にとって、この一週間はまさに「猫天国」と呼ぶに相応しい日々だった。朝起きれば腕の中で真っ白な精霊猫・シロが気持ちよさそうに喉を鳴らしている。授業中は机の上でシロが丸くなって寝ているのを眺めながら、自分も一緒に眠りに落ちる。放課後になれば猫世話部の部室で、二十匹以上の現実の猫たちと一匹の精霊猫に囲まれて、餌やりや毛づくろいをしながら日が暮れるのを待つ。
シロは見た目こそ凡霊級の可愛い子猫だが、時折、とんでもない潜在能力を垣間見せることがあった。
例えば、雨の日。部室の窓から雨音が聞こえる中、暸が「あー、雨だと猫たちも外に出られなくて可哀想だな」とぼやいた瞬間、シロがゆっくりと窓際に歩いていき、小さな肉球をガラスに軽く押し当てただけで、部室の周りだけ雨がピタリと止み、晴れ間が差し込んだことがあった。
また別の日、気性の荒い野良猫のトラの助が喧嘩に負けて足を怪我して帰ってきた時、シロがトラの助の怪我した足元に近づき、ぺろりと舌で舐めただけで、傷がみるみるうちに塞がって、トラの助が何事もなかったかのように走り回り始めたこともあった。
いずれの場合も、周りにいたのは猫たちと暸と翠だけだった。ひまわりはその時たまたま餌を買いに外に出ていて、その奇跡を目撃しなかったのが幸いだった。
翠はそれらの光景を静かに見届け、ただ「…この子は、本当に不思議な子だわ」とつぶやくだけで、他の誰にも話そうとはしなかった。彼女の瞳の奥には、暸とシロの秘密を、自分だけの大切なものとして抱え込もうとする決意が宿っていた。
暸自身も、シロの能力が普通の凡霊級ではないことには薄々気づいていた。だが彼は、「まあ、猫だし。可愛いからいいや。誰にもバレていなければ問題ない」と、いつも通りの楽観主義で流してしまっていた。彼にとって重要なのは、シロが強いか弱いかではなく、自分の平穏な生活が守られるかどうか、その一点だけだったのだ。
ある朝のホームルーム。
暸は机の上でシロを抱きながら、まどろみかけていた。担任の白銀雫は、いつもの冷徹な面持ちで黒板に授業の内容を書き込んでいる。だが時折、彼女の視線が暸とその腕の中のシロに、複雑な表情で向けられることがあった。
雫は、精霊召喚の儀式の日、暸が白猫の精霊を召喚した光景を、今でも鮮明に覚えている。あの時、彼女は自分の能力の感知範囲を最大限に広げ、全校生徒の精霊の気配を探っていたのだ。神霊級、あるいはそれ以上の、あの「最強の人」が召喚するであろう精霊の気配を求めて。
だが、結果はどの生徒からもそれらしき気配は感知できなかった。最強だったのは生徒会長と四天王、そして自分の聖霊級たちで、他は皆それ以下だった。特にFランクの高木暸の精霊など、凡霊級の極みで、小さくて可愛いだけの、殆ど力を持たない存在だった。
――なのに。
どういうわけだか、彼女の心の奥底では、あの白猫の精霊が、ただの猫ではないような気がしてならなかった。時折、暸が腕に抱いているその猫の黄金色の瞳が、こちらを見つめているような気がするのだ。その瞳は、まるで世界の全てを見通しているかのような、深くて、広くて、神秘的な輝きを宿しているように思えた。
「…気のせいよ。私が、あの人のことを探しすぎているだけ。あんなFランクの落ちこぼれが、あの人なはずないわ。」
雫は自分で自分に言い聞かせるように、強く心の中で呟き、再び黒板にチョークを走らせ始めた。彼女の胸の奥に抱えた小さな布切れが、今日も彼女の心を静かにかき立て続けていた。
そんな、平穏で、それでいてどこか新たな伏線が蠢き始めた朝だった。
校内のスピーカーが、ガリッというマイクテストの音を立てた。
そして、天城蒼校長の、いつもの穏やかだが、どこか悪戯っぽい声が、学園全体に響き渡った。
二、悪夢の宣告 超巨大無人島サバイバル
「――全校生徒、教職員の皆さん。おはようございます。精霊召喚の儀式も無事に終わり、皆さんが新しいパートナーと共に、更なる成長を遂げようとしている今日この頃、私からまた一つ、画期的な、そして中々にスリリングな新企画を発表いたします!」
暸は半分閉じていた目を、少しだけ見開く。嫌な予感が、背筋を這い上がってくる。
「校長、また何かめんどくさいことを始める気だな…」
校長の声は、更に高らかに続く。
「――来るべき次世代の能力者たちには、ただ学園の中で机上の勉強や安全な戦闘訓練を積むだけでは不十分です。真の強さ、真の知恵、真の絆は、命の危機に直面した時に初めて磨かれるものです。」
「というわけで! 本日より、全校生徒・全教職員対象の『超巨大無人島サバイバル実習』を、緊急に実施することに決定いたしました!!」
一瞬、校内全体が、完全なる沈黙に包まれた。
次の瞬間、どこからともなく、絶叫とどよめきが轟音のように沸き起こった。
「えええええ!? 無人島サバイバル!?」「今日から!? 緊急で!?」「何言ってるんだよこのジジイ校長!?」「命の危機って…どういうこと!?」
暸は机に顔を埋め、心の底から大きなため息をついた。
「…あーあ。来たわ。また来たわ。俺の平穏な日々は、いつまで続くんだよ…。せめて一ヶ月くらいは何もなく過ごさせてくれてもいいだろうに…。」
Fクラスの教壇に立つ雫も、思わず眉をひそめていた。白金の髪をかきあげ、碧色の瞳に驚きと警戒の色が宿る。彼女は財閥令嬢として、世界中の危険地域についても知識を持っていた。校長が「超巨大」と形容する無人島が、どれほど危険な場所であるか、容易に想像がついたのだ。
校長の声は、更に会場の混乱を煽るように続く。
「まず、皆さんには今すぐに荷物をまとめてもらいます。持ち込み可能なものは、自分の能力と精霊、そして身に着けているものだけ。特別な装備や食料、薬品などは一切持ち込み禁止です。」
「そして、皆さんが向かう先は、私が個人的に管理・所有している、太平洋上に浮かぶ超巨大無人島『神無島(かんなじま)』です。この島は、東京ドームの約千倍もの広さを誇り、熱帯雨林から高山、更には砂漠地帯まで、多様な環境が存在しています。」
「――ただし、注意点が幾つかあります。」
校長の声が、一瞬だけ、真剣で厳しいものに変わった。
「この神無島には、普通の世界では見られない、特殊で非常に危険な動物や植物が、大量に生息しています。中には、Aランクの能力者が相手をしても死にかねない凶悪なものも、数多く潜んでいます。」
「更に、今回のサバイバルには特別なルールがあります。――もし万が一、この島で命を落としたとしても、それは全て自己責任となります。学園側は一切の責任を負いません。これに同意できる者だけが、今回の実習に参加する資格を持ちます。」
会場から、恐怖のどよめきが広がる。「自己責任? 死ぬ可能性があるの?」「バカなの? なんでそんな危険なことをさせるんだよ!」という抗議の声が、あちこちから上がった。
だが校長は、そんな声を完全に無視して、更に衝撃的な事実を付け加えた。
「――そして、もう一つ。皆さんのサバイバルを、更にスリリングなものにするために、私はこの島のどこかに、『お客様』を三人潜ませておきました。彼らは、おおよそ四天王クラスの実力を持つ、腕利きの傭兵や能力者たちです。」
「彼らは、皆さんを襲うこともあれば、時には助けることもあるかもしれません。あるいは、島の貴重な物資を独占しているかもしれません。彼らとどう関わるかも、全て皆さんの自由です。――くれぐれも、気をつけてくださいね。」
「えええええ!? 四天王クラスの強敵が三人も!?」「これ、完全に命懸けだろ!!」「やめろよ、帰りたい!」
会場は大混乱に陥った。生徒たちは立ち上がって叫び、教師たちも顔色を変えて校長に抗議しようとする。だが、校長は次の言葉で、全員の抗議をねじ伏せた。
「――あ、そうそう。さっきやるのは自己責任だと言いましたが、今回の実習は全員強制参加です。参加しなかった場合、理由の如何に関わらず、即刻退学処分とします。それでは、皆さん、十五分後に校庭に全員集合です。遅れた者も同じく退学ですから、くれぐれもお急ぎください!」
ガチャッ。
放送が一方的に切られた。
Fクラスの教室は、暸一人だけなのに、重苦しい絶望感で満たされていた。
暸はゆっくりと机から顔を上げ、虚ろな瞳で天井を見上げる。腕の中のシロが、心配そうに「にゃー」と彼の頬をペチペチと叩く。
「…シロ。俺、今から地獄に行ってくるわ。」
「にゃー。」
「まあ、でもお前がいれば、少しはマシかもしれないな…。とにかく、めんどくさい事件には巻き込まれずに、適当に食料を確保して、安全な場所で寝て過ごすことだけを目標にしよう。強敵だの危険な動物だの、全部他人事だ。俺たちは、ただ静かに生き延びればいいんだ。」
暸はそう言い聞かせるようにつぶやきながら、ゆっくりと立ち上がった。彼にとって、今回のサバイバルの唯一の目的は、「誰にも迷惑をかけず、誰にも正体をバレず、無事に学園に帰ってくること」。ただそれだけだった。
三、校庭の集合 各陣営の思惑
十五分後。
校庭には、数千人に及ぶ全校生徒と教職員が、ざわざわと不安そうな面持ちで集まっていた。上位ランクの生徒たちは既に闘志に燃えている者もいれば、不安そうに仲間と固まっている者もいる。下位ランクの生徒たちは、殆どが青ざめた顔で、震えている者も少なくなかった。
暸は人混みの一番後ろの、誰にも見つからないような隅っこに立ち、シロを抱きしめながら、とにかく目立たないようにしていた。
「高木くんー! こっちこっちー!」
明るい声が聞こえ、暸が振り返ると、森下ひまわりが手を振りながら走ってくる。彼女の後ろからは、緑川翠が静かな足取りで近づいてくる。翠の肩には、いつもの白猫が一匹気持ちよさそうに寝そべり、彼女の手には小さな植物のつるが絡まっている。彼女の能力「森の言葉」は、これからのサバイバルで非常に役立つことは、誰の目にも明らかだった。
「ひまわりさん、翠先輩。二人とも大丈夫ですか? 結構、大変なことになりましたね…」暸が苦笑いしながら言う。
ひまわりはニコニコ笑いながら、胸を張る。
「うん! 大丈夫だよ! 翠先輩がいるし、私も植物とお話しできるから、食料とか水とかは何とかなると思う! 高木くんとシロちゃんも一緒に、三人で協力して生き延びようね!」
「…そうだわ。三人で一緒に行動しましょう。私は植物から情報を得ることができるし、森下は明るくて体力もある。あなたは…猫たちから絶大な信頼を得ているから、きっと何かの役に立つわ。」翠が静かに微笑みながら言う。その瞳の奥には、「この少年とシロの側にいて、その秘密をもっと知りたい」という思いが隠されていた。
暸は内心「三人で行動? めんどくさいけど…まあ、翠先輩は植物と話せるし、食料や水の確保は楽になるだろうし、ひまわりさんも明るいし、悪くはないか…。何より、一人でいるよりは、むしろ「普通のFランクが二人の先輩に守ってもらっている」構図の方が、誰からも疑われなくて都合がいい」と判断し、にっこりと頷く。
「はい。よろしくお願いします。三人で、無事に生き延びましょう。」
一方、校庭の中央付近では、生徒会長の神無月凛を中心に、四天王の四人が集まっていた。彼らの背後には、それぞれの聖霊級の精霊たちが、威風堂々と控えている。
「ハハハ! 面白いじゃねえか! 無人島サバイバルだって! しかも四天王クラスの強敵が三人も潜んでるんだろ! 俺の精霊のヴァルカンと二人で、全部ぶっ倒してやるぜ!」黒鉄剛が相変わらずの豪快さで、拳をガシガシと鳴らす。
氷室雪菜は腕組みをして、冷ややかな声で言う。
「…馬鹿ね。無闇に戦いを挑んで怪我をするなよ。まずは島の地形と危険な生物の情報を集め、安全な拠点を確保するのが先決でしょう。私のフェンリルと共に、島の全域を偵察してくるわ。」
御手洗叡智がタブレットを指で弾きながら、冷静に分析する。
「私の精霊のソロモンは、過去のあらゆる文献の知識を持っています。特殊な動植物の生態や、危険な場所の見分け方など、彼の知識が大いに役立つでしょう。まずは全員で固まって行動し、情報を集めながら、三人の強敵の位置と正体を突き止めるのが最優先事項です。」
天宮詩織が妖精姫の精霊・リリアと手をつなぎながら、ぴょんぴょんと跳ねる。
「うんうん! 私のリリアと一緒に、可愛い動物たちとお友達になって、色々情報を聞いてみるね~! それに、もし悪い人たちが来たら、リリアの花の魔法と私の幻覚で、ぐちゃぐちゃにしちゃおう~!」
最後に神無月凛が、静かに周りを見回し、鋭い声で全員に指示を出す。
「皆の言う通り、まずは情報収集と拠点確保を最優先に行動しましょう。校長が潜ませた三人の強敵が、どのような目的を持っているのか、まだ分からない。もし彼らが生徒たちに危害を加えるようなら、我々生徒会と四天王として、絶対に阻止しなければなりません。――皆、準備はいいか?」
「おう!」「もちろんよ。」「任せて~!」「了解です。」
四人が一斉に頷く。Zランクの頂点たちの闘志が、校庭の空気を重く引き締めた。
教師陣のグループでは、白銀雫が銀の龍の精霊・ルナを従え、静かに周りを見渡していた。彼女の碧色の瞳は、常に人混みの中を探し続けている。
(あの人は、きっとこの中にいる。このサバイバルの中で、彼はきっと何らかの形でその力を見せるはず…。絶対に、私が一番最初に彼を見つけてみせるわ。)
彼女はそう心の中で誓いながら、ふと、人混みの一番後ろで、猫世話部の三人と一匹が仲良く話している光景を目にする。特に、Fランクの少年が、白猫の精霊を優しく抱きしめて笑っている姿が、どういうわけか彼女の目に焼きついて離れなかった。
「…気のせいよ。」
雫は強く首を振り、再び視線を前方に向け直した。
そして、別の場所では、Aランクの九条覇斗が重力の巨人の精霊・アトラスを従え、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「ふん。無人島サバイバルか。ちょうどいい。今回こそは、俺が四天王や生徒会長よりも先に強敵を倒し、島の英雄になってやる! そして全校生徒、特に女の子たちの憧れの的になって、前回の汚名を全部晴らしてやる! 覚悟しておけよ、神無島の強敵ども――!」
彼は周りの生徒たちに自分の精霊を見せつけるように、わざとらしくポーズを決めて、周りからの注目を浴びて得意げだった。
こうして、それぞれの思惑を胸に抱いた数千人が、校長の登場を待ちわびていた。
やがて、天城蒼校長が杖をつきながら、ゆっくりと校庭の中央の演台に上がった。彼の手には、分厚い書類の束が挟まれている。
四、瞬間移動 神無島への旅立ち
「――皆さん、準備はよろしいですかね。」
校長は穏やかな笑みを浮かべながら、数千人の大群を見下ろす。抗議の声や不安のどよめきは、彼の登場と共に静まり返った。誰もが、この老人が本気で言っていることを、肌で感じ取っていたのだ。
「まず最初に、こちらの同意書に全員サインをしてもらいます。」
校長が手に挟んでいた書類を、何百人もの上級生たちが手分けして、一人一人に配り始める。暸の手元にも、一枚の紙が回ってきた。
紙には、こう書かれていた。
――『神無島サバイバル実習 参加同意書』
私は、今回の神無島サバイバル実習に自発的に参加することをここに同意します。実習中に発生する一切の怪我・事故・死亡について、天叢雲学園および天城蒼は何らの責任を負わないことを、十分に理解した上で参加します。
暸は紙を読みながら、大きなため息をつく。
「…完全に捨て駒扱いだわ。これにサインしたら、死んでも文句言えないんだな…。まあ、俺が死ぬことはまずありえないからいいけどさ。普通の生徒たちは、たまったもんじゃないだろうな…。」
彼は隣にいるひまわりと翠の方を見る。ひまわりは少し不安そうな顔をしているが、翠はにっこりと笑みを浮かべて、「大丈夫よ。三人で力を合わせれば、何とかなりますわ」と励ましてくれる。
暸は、自分の名前を下手な字でぞろぞろと書き、同意書にサインした。
数分後、全員のサインが集められ、校長の手元に届けられる。校長はそれらを確認すると、満足そうに頷き、再び大きな声で宣言する。
「――よろしい。全員の同意が得られました。それでは、いよいよ神無島へ向けて出発です!」
校長が杖を高く空に突き上げる。
「――空間転移・全校一斉転送!」
バチン!
眩しい光が、校庭全体を包み込んだ。
暸は思わずシロを強く抱きしめ、目を瞑る。体がふわりと浮き上がるような感覚に包まれ、次の瞬間、強い重力の変化と、熱帯特有のジメッとした空気が肌を襲った。
ゴソッ、ゴソッ。
あちこちから、人々が地面に倒れ込む音や、苦しそうな咳き込む声が聞こえる。
暸はゆっくりと目を開ける。
そこに広がっていたのは、これまで見たこともないような、雄大で、それでいてどこか不気味な熱帯雨林の景色だった。
目の前には、数十メートルもの高さの巨大な木々が鬱蒼と生い茂り、その葉が太陽の光を遮っている。地面には見たこともないような鮮やかな花々が咲き乱れ、どこからともなく聞こえる鳥や虫の鳴き声が、ジャングルの深さを物語っている。遠くには、雲を突き抜けるような高い山々のシルエットが見え、反対側には青く輝く海が広がっているのがかすかに分かる。
美しい――だが、同時に、この景色の隅々から、「ここは安全ではない」という危険な空気が漂っているのが、暸にもはっきりと感じられた。
「ここが…神無島か…」
誰かが、震えた声でつぶやく。
生徒たちは、次々と立ち上がっては、周りの見慣れぬ景色に呆然と立ち尽くす。今までの安全な学園の生活が嘘のようだった。彼らは、命懸けのサバイバルの真っ只中に、突然放り込まれてしまったのだ。
暸は腕の中のシロをそっと撫でながら、心の中でつぶやく。
「…まあ、とにかく最初の目標は、安全な場所を見つけて寝床を作ることだ。水と食料も確保しなきゃいけないけど、翠先輩がいるから何とかなるだろう。――とにかく、めんどくさいことには首を突っ込まない。静かに、目立たずに、生き延びるんだ。」
彼はそう決意し、周りを見回して、翠とひまわりの姿を探す。二人はすぐ近くに立っていて、ひまわりは既に興味津々で周りの植物を観察し始め、翠は地面に生えている草にそっと手を触れながら、何か情報を読み取っているようだった。
「高木くん、大丈夫だった? 気分は悪くない?」ひまわりが駆け寄ってきて、心配そうに暸の顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だよ。ひまわりさんも翠先輩も?」
「うん、私も平気だよ! 翠先輩はね、今草たちからお話を聞いてるの。この辺りの安全な場所とか、危険な場所とか、食べられる果物とか、色々教えてもらってるんだって!」
翠がゆっくりと立ち上がり、手についた草の粉を払いながら、静かに暸たちに報告する。
「…草たちの話によると、この辺りは比較的大型の危険な生物は少ないみたいね。だが、少し奥に行くと、人を食べるような大きな花や、毒を持つ虫が大量にいるらしいわ。水場はここから東に歩いて十五分くらいのところにあるみたいだけど、そこには危険な動物も集まってくるから、注意が必要ね。」
「すごい…翠先輩、頼りになりますわ。」暸が心から感心して言う。
これなら、本当に平穏にサバイバルできるかもしれない――暸は少しだけ希望を持つ。
だが、その瞬間だった。
ジャングルの奥深くから、突然、地鳴りのような轟音が響き渡った。
ゴウウウウン――!!
木々が大きく揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。生徒たちは思わず悲鳴を上げ、恐怖で身動きが取れなくなる。
暸も思わず顔を上げ、轟音のする方角に目を向ける。彼の概念干渉の感知能力が、かすかに、非常に強大な力の気配を感じ取った。
(…これは…四天王クラスの、誰かの気配だな。校長が潜ませた三人の強敵のうちの一人か…。まあ、俺は関係ない。こっちは逆方向に逃げればいいだけの話だ。)
暸は慌てて、翠とひまわりの腕を引っ張る。
「翠先輩、ひまわりさん! あっちは危ない! 俺たちは逆方向に行こう! とにかく、あの音のする場所からは、出来るだけ遠くに離れるのが一番安全だ!」
「う、うん! 分かった、高木くん!」ひまわりが慌てて頷く。
翠は轟音のする方向を、少しだけ深い思いで見つめた後、静かに頷く。
「…そうだわ。まずは安全な場所を探して、拠点を作りましょう。無闇に危険に近づく必要はないわ。」
三人は、他の生徒たちが混乱する中、ひっそりと人混みから離れ、轟音とは逆の方向の、更に深いジャングルの中へと足を踏み入れていった。
暸の腕の中で、シロが黄金色の瞳をキラリと輝かせ、ジャングルの奥深くを見つめながら、小さく「にゃー」と鳴いた。
五、サバイバルの始まり それぞれの一歩
神無島のサバイバル最初の日が、静かに、そして確実に動き始めていた。
生徒会長と四天王たちは、轟音のした方向にいち早く駆けつけていった。彼らの使命は、生徒たちの安全を守ること。もしあれが校長の潜ませた強敵の仕業なら、真っ先に対峙しなければならない。
白銀雫は、教師陣のグループをまとめながら、安全な水場を目指して歩き始めた。彼女の目は、常に人混みの中を探し続けていた。いつか、あの最強の人が現れる時を、待ちわびながら。
九条覇斗は、自分のグループを率いて、いち早く島の中心部に向かって突き進んでいった。「一番最初に強敵を倒すのは俺だ!」という野心に燃えながら。
そして、猫世話部の三人は、誰とも争うことなく、ただ静かにジャングルの奥深くへと進んでいく。暸はただ平穏に生き延びることだけを願い、翠は植物たちの声を聞きながら安全な道を選び、ひまわりは周りの不思議な植物に興味津々で、時々可愛い虫を見つけてはしゃいでいる。
暸は、時折シロの頭を撫でながら、心の中でつぶやく。
「まあ、これで何とかなるだろう。強敵も危険な生物も、全部俺たちには関係ない。適当に食料を確保して、適当に寝床を作って、一日が終わるのを待つだけだ。――平穏に、静かに、誰にも迷惑をかけずに生き延びるんだ。」
彼の願いは、いつもと同じく、ただそれだけだった。
だが。
神無島という大地は、彼のそんな願いを、容易には聞き入れてはくれないだろう。
この島に潜む特殊な動植物たち。三人の四天王クラスの強敵たち。そして、最強の白猫の精霊・シロが秘めた力が、いずれ必ずや、彼の平穏な日常を打ち砕く時が来るのだ。
ジャングルの木漏れ日が、三人の歩む道を、黄金色に照らし出す。
いつまで続くか分からない、命懸けの無人島サバイバルの幕が、今、完全に上がった――。
(次回に続く)
コメント
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グリルタさん、第9話読みました!無人島サバイバル、ついに始まっちゃいましたね…。シロの治癒力や天候操作のシーン、めっちゃ好きです。暸くんが「めんどくさいことには首を突っ込まない」って言いながらも、きっと巻き込まれていくんだろうなって思うとドキドキします。翠先輩がシロの秘密を自分だけのものにしようとしてるのも、何だか切なくて気になる…。次回も楽しみにしてます!