テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#そのじん
りっちゃ
130
番組の収録後。
この後は仕事も無いし、夜ご飯は少し手の込んだものに挑戦しようかなと考えながら、仁人は帰り支度をしていた。
太智は早々に帰宅し、勇斗は次の仕事の打ち合わせをしている。
「じゃあ、お先。おつかれーす。」
そういって楽屋を後にすると、しばらくして、
「仁ちゃーん!一緒帰らへん?」
と舜太が追いかけてきた。
断ろうか一瞬迷ったが、ニコニコとあの真っ直ぐな笑顔で懇願するように続ける。
「明日オフやんな?久しぶりに一緒にご飯行かへん?」
あかん?と仁人より長身の舜太に、まるで上目遣いかのような目線でねだられると、邪気が祓われて行くかのように肯定を余儀なくされる。
「…あぁー、なに?行きたい店でもあんの?」
「せやねん!仁ちゃん連れていきたいところあって〜」
と、食い気味に返される。
話しながら廊下を歩いているといつの間にか追いついてきていた柔太朗に、
「まーた、舜甘やかして」
と、仁人にしか聞こえない声量で呟かれる。
「柔太朗も行く…?」
と誘うと、「俺、パス。」と速攻で断られ、お疲れ様と去っていく。
「俺と二人でもいいやん!」
笑顔の舜太に肩を組まれ、身をすくめる。
跳ねる心臓に気付かれないように、仁人は猫背をさらに深くした。
二人きり…。
嬉しくないと言えば、それは嘘になる。
長年の経験から、カメラを向けられると自分の中のスイッチが入り、何事も変わりなく、いつも通りの『吉 田 仁 人』を振る舞うことが出来る。
誰に対してもそうだ。
だが、ひとたびそのスイッチがオフになると、甘えん坊で寂しがり屋なこの男の前においては、皮も猫も脱がざるを得なくなる。
自覚は、あった。
いつからかは、もう覚えてもいない。
それくらい自然に、ごく当たり前に、いつの間にか舜太に惹かれているという自覚が。
屈託なく笑う笑顔に、常にポジティブな姿勢。
失敗を恐れないガッツに、くるくる変わる豊かな表情。
でも、それだけじゃなくて…。
努力を努力と捉えず自分の糧に出来るところ
賢いが故に空回りしてしまうところ
集中しすぎて周りが見えなくなるところ
メンバーが大好きで、みんなとずっと一緒にいたいと心から願ってくれているところ。
全てが愛おしくて、大切に大切にしてやりたくて。
思いを告げる気なんて、ましてやこの恋心を悟らせる気なんか、さらさらない。
いつまでも、未来が許す限り、同じメンバーとして支え合い、チームを高め合っていければそれでいい。
本当に心からそう思っている。
思っていたはずなのに…。
舜太おすすめのご飯屋さんに着いて、席に通される。
そこは完全な個室になっていて、二人のようなメディアに露出のある仕事をしている人間にも寛ぎやすい空間になっていた。
対面に座り、
「へぇ〜、雰囲気いいじゃん。舜太にしては、センスある。」
なんて、含みのある言い方をすると
「おっ!イイじゃ〜ん!って、舜太にしては、ってなんやねん!」
と顎のラインを親指でなぞりながら、舜太が軽くノリツッコミを入れてくれて、二人でひとしきり笑う。
メニューを選んでいると、意外にも舜太がアルコールを頼もうとしていた。
「え、お前、飲むの?」
仁人が尋ねると
「うん。俺も明日一応オフやし、今度番組でちょっこっとやけど飲むから、まぁ練習?仁ちゃんは?飲まへん?」
「あー…、いや。俺はいいや。」
「え!なんでよ?一緒飲もうよ〜。一人で飲むん、気まずいやん!」
「気にせず飲みたきゃ飲みなさいよ。俺は、普段からあんま飲まんし。」
「…でも、はやちゃんとは飲むんよね?」
「え?勇斗?ん〜?…まぁ、たまーにね?」
「なんで…?はやちゃんとは飲めて、俺とは無理なん?」
「いやいや…、無理とは言ってないじゃない。」
やけに食いつくなと、仁人は少し嫌な予感がしていた。
案の定、子犬のように垂れた耳としっぽが見えるくらい、舜太のその沈んだ表情に罪悪感が芽生え始める。
なぜか今、勇斗が引き合いに出されていたことも気にならないまま、だんだんとへそを曲げ始めた舜太に、若干のうっとおしさを感じ、ため息をつく。
仁人が、人前で飲まないようにしているのには理由があった。
仁人は酔うとスキンシップが増えるタイプらしい。
らしいというのは、仁人自身は、いつもその記憶が曖昧で、勇斗から後日談としてしか聞いたことしかないからだ。
自分では普通だと思っているが、自然と距離が近くなり、聞く時は至近距離で顔を覗き込んだり、話す時は隣りの人の腿に手を置いていたりしていると聞いたことがある。
ただでさえ、本人の自覚なし人を惹きつける吸い込まれるような瞳に、しなやかな指先。
何度か酌み交わしている勇斗はすっかり慣れたと言っていて、仁人の行動に何も言わないが、釘は刺されていた。
「お前にその気がなくても、男だろうが女だろうが勘違いする奴はいくらでもいるんだから、自制しろ。」
だからなるべく人前では飲むな、と。
だが、カメラ前ではないスイッチがオフになっている仁人は、舜太の懇願に弱いわけで。
ついつい、その意志をいとも簡単に曲げてしまう。
折角の舜太と二人のご飯の場を嫌な空気にはしたくはない。
「はぁあ、、なに?一緒に飲めば満足するのね?」
「…うん!する!飲も飲も!」
やった!と言って、舜太はメニューを仁人に向けてくる。
先程の沈んだ表情とは打って変わって「俺はね〜」なんて、気になるものを指さし、楽しそうに笑いながら話している様子に、仁人も釣られて笑う。
それと同時に、相手は舜太だし、自分がボロを出さなければ勘違いされることもないだろう、なるべく度数の低いもので乗り切ればなんとかなるか…?と一人、心の中で自問自答していた。
「かんぱーい!」
「ういす、おつかれーす。」
と、控えめにグラスを合わせて、ちびちびと飲み始める。
食事は美味しいし、会話も途切れることなく楽しい。
仁人が小さくボケると、舜太はすかさず拾い、舜太のコアな例えが仁人にはビシビシ刺さって、ずっと愉快な気分だった。
だから、仁人は気づいていなかった。
いつの間にかグラスが交換され、二杯、三杯と飲み進めていた事に。
「あれ?しゅん、おかわり、たのんでくれたの?」
「うん、俺のと一緒に頼んどいたで?同じもので良かった?」
「あー、うん。ありがと。」
自重して飲まなければいいものを、手元に飲み物があるとついつい口に運んでしまうのは、アルコールの魔性で。
これ以上酔いたくないとは思うのに、一口一口と少しずつ、でも確実に、身体に、脳内に、アルコールが蓄積されていく。
これも美味しそうやなー。とメニューを見ながら伏し目がちな舜太をテーブル越しに頬杖を着いて見つめながら、無邪気だな、愛くるしいな、気が遣えて偉いな、とふわふわしている頭で仁人はぼーっと考えていた。
仁人の視線に気付いたのか、舜太が顔を上げそちらを見る。
目が合って、そのまましばらく見つめ合うと舜太が優しいほほえみを向け訊ねてくる。
「仁ちゃん、酔っちゃったん?」
「ん〜?だいじょぶ…。
ちょっと、トイレいってこようかな。」
「ホンマに大丈夫?俺着いていこか?」
「へいきへいき、」
自力で立ち上がり、さして遠くもないトイレにおぼつかない足取りで歩みを進める。
一人、席に残された舜太は考えていた。
(なんだ、あの可愛い生き物は。)と。
無意識に呼び方が舜太を甘やかすときの「しゅん」になっていることにも、本人は気づいていないだろう。
こぼれ落ちそうな瞳はいつも以上に潤み、とろんとしていて、こちらに向ける表情には幸せが隠し切れておらず、目と目が合うと愛おしそうに蕩け、赤らんだ耳と頬は色欲を誘っているかのようだった。
これが無自覚だと言うんだから、タチが悪い。
そして、勇斗はこの状態の仁人を何度も見ているということに、心の中の黒い感情が顔を覗かせる。
(ずるいなぁ〜、はやちゃん。この仁ちゃん独り占めしとったなんて。まぁ、隠したい気持ちも分からんでもないけど。)
舜太は気付いていた。
仁人から向けられている自分への好意に。
それと同時に自分の中の仁人への感情に。
最年少である立場を最大限に利用して、甘えん坊に振る舞えば、ツンケンしながらも甘えさせてくれる。
けれど、本当は無自覚に甘えてくる仁人を自分が全力で甘やかしてやりたい、と舜太は考えていて。
仁人が勇斗を頼りにしているところを見ると、自分だって…と嫉妬してしまうくらいには心を傾けていた。
だから今日、酒の力を借りてでも何かしら進展したいと考えて、二人とも翌日のことを気にしなくていいタイミングを狙ってご飯に誘ったのだ。
(あかんなぁ、俺。落ち着け、焦って詰めすぎんなよ。)
と、自身に言い聞かせる。
仁人と二人きりの食事は、本当に楽しくて、自分と同じくらい仁人にも楽しいと思って欲しくて、頼まれてもないおかわりを許可もなく頼み、どんどんと進めてしまった。
酔った仁人を見てみたいという下心もあった。
しかし、想像以上の破壊力に、紳士でありたいと願う理性が、少しずつ削られているのもまた事実だった。
(…やっぱ心配やな、様子見てこよ。)
普段から好んでアルコールを摂取する習慣がない仁人は、久しぶりに飲んでみるとさらに弱くなっていることを、一人自己嫌悪していた。
こういう仕事に限らず、大人になると酒の席は避けては通れないわけで、ある程度の耐性は付けておかないと、と反省はするが、ただ、全身に酔いは回っていても頭は思ったよりもクリアであることが飲むペースを持続させていた。
まだ大丈夫、まだ自我を保っている。
勇斗の言っていた、スキンシップ過多にはなっていないはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、鏡の前で自分の顔を確認して「ふぅ〜、」と息を吐き、手を洗ってトイレを後にした。
自席に戻る途中、入れ違う男性客にぶつかってしまった。
「すいませ、ぅわっ…!」
不意の出来事に足が踏ん張れず、バランスを崩す。
ぶつかった客がさっと仁人の腰を支えてくれ、何とか転ぶのは免れた。
「ははっ、きみ大丈夫?相当酔ってるね〜?」
と、その客が笑う。
「あ、ありがとう、ございま…っ、!?」
腰に回された腕に力が込められ、グイッと身体を引き寄せられる。
客の顔が近づいてきて背筋がぞわっとする。
酒臭い息が顔にかかるほどの近い距離にいる。
「君、綺麗な顔してるね〜。」
「…っ、ちょっ、」
アルコールの回った身体に、元々の非力と恐怖が相まって、上手く押し返す事が出来ない。
「そんなとろーんとした目でこっち見て…、誘ってるんでしょ?」
怖い、臭い、近い、色んな嫌悪の感情が一気に押し寄せて来て、自然と口をついて助けを求めてしまう。
「いやっ…!しゅん…!、」
「いてててっ!」
突然の呻き声と共に酔った客が仁人から離されていく。
「あんたにこの人の相手は荷が重すぎるなぁ。」
そこには、酔っぱらいの腕を捻り上げる舜太がいて、持ち前の長身を活かし、光の入っていない目で酔っぱらいの方を見下ろしていた。
「…ジョークだよっ!、ごめんね!」
舜太の圧に酔いの覚めた顔をした客は千鳥足だが、足早に去っていく。
取り残された仁人は、ずるずると壁にもたれかかった。
「…わるい、助かった」
「やっぱり、ちょっと心配やったから。仁ちゃん、平気?」
「…うん、」
「とりあえず、戻ろか?」
そういって、舜太が力の入らない仁人の腰をそっと支えてくれる。
その手は、酔客に触られたことをすっかり上書きしてくれるくらい力強くて、温かかった。
個室に戻ってからは、先程までの楽しかった空気が嘘みたいに静まりかえっていた。
隣同士に腰掛け、自然と繋がれていた手を舜太は離そうとしない。
しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのは、舜太の方だった。
「…ごめんっ、仁ちゃん、」
舜太が勢い良く頭を下げながら、謝ってくる。
急な謝罪にその真意が理解出来ず、仁人は思わずぽかんとしてしまう。
「もっと早く行けば良かったのに、怖い思いさせて、ホンマにごめん…。」
しょぼんと小さく謝る舜太を見ながら、「しゅんた、」と空いた手で頭を撫でてやると、仁人に目を合わせてくれる。
「しゅんたが謝ることじゃないよ?
きてくれて、ありがと。」
そう言ってなるべく微笑みながらなだめようとすると、繋がれていた手をぐいっと引いて、舜太は仁人を抱き締めた。
「ホンマに?なんもされてない?」
「…うん、だいじょうぶ。」
「マジで焦った。」
「そんなに?」
あまりの真剣さに、仁人は嬉しくなって舜太の腕の中で思わず笑みがこぼれる。
「笑い事ちゃうよ!」
仁人とは逆に、舜太はだんだんと腹が立ってきていた。
あの時、着いていくようにもっと強く押さなかった自分に。
見ず知らずの男が仁人に触れたという現実に。
舜太は仁人を抱きしめた腕を緩めようとしない。
むしろ、仁人を閉じ込めるかのようにさらに力を込めた。
「…どこ触られたん?」
「しゅん?…っ、え、」
「仁ちゃん、答えて?」
「…ちょっ、しゅん、た?」
舜太の手がゆっくりと腰の辺りに降りてくる。
そのまま背中をまさぐり裾から中へと手が侵入きて、脇腹を掠める。
「…この辺?」
先程の客が触ったであろう腰の辺りを撫でてくる。
「しゅ、っん、?」
仁人は抱きすくめられた舜太の腕から逃れることが出来ない。
そのまま舜太は目の前に無防備に晒されている首筋に唇を這わせる。
「…っ!」
仁人が急な刺激に小さく声にならない声を漏らす。
「こんなことになるなら、もっと早く言うべきやったかなぁ…」
「…っ、えっ?」
舜太はゆっくりと力を緩めて、ようやく仁人を解放する。
「仁ちゃん、この後うち来て。」
コメント
1件
よしモンさん、第1話めっちゃ良かったです…!😭💕 仁ちゃんの無自覚な可愛さと、舜太の“実はわかってて動いてた”ギャップがエモすぎる…! 酔った仁ちゃんを助けるシーンも、その後の抱きしめ&首筋キスも、もうドキドキが止まらなかったです。最後の「うち来て」で完全にやられました。続きが早く読みたい…!✨