暫く沈黙が流れた。ヴィオラは、困ったようにテオドールを見遣る。
「やっぱり、ダメ……だよね。ハハ」
テオドールはそう言って笑い、踵を返そうとヴィオラに背を向けた。その瞬間、袖を引っ張られる感覚にテオドールは振り返った。
「最近、ちょっと食べ過ぎちゃってるので、重いですよ?」
「本当だ、ちょっと重いな」
「え、酷いっ!やっぱり、降ろして下さい!」
「ハハッ、嘘だよ。君は羽根のように軽い」
お姫様だっこされたヴィオラは、テオドールの軽口に拗ねてしまいそっぽを向く。テオドールはそんな姿に笑みを浮かべる。
ヴィオラとテオドールは屋敷を出て、森へと向かった。
ヴィオラの鼓動は早くなる。ここへ来るのは、随分と久々だ。レナードと来た以来だから、いつ月振りくらいか。
「ヴィオラ」
不意に、テオドールに名を呼ばれヴィオラは我に返る。どうやら少しぼうっとしていたようだ。
「テオドール様?」
いつになく真剣な表情を浮かべるテオドールに、ヴィオラは首を傾げる。どうかしたのだろうか。
「僕は君の力になりたい。前にも言ったけど、君が歩けるように僕も力になりたいんだ。だから、君の苦しさや辛さを僕にも分けて欲しい。隠さないで、僕に見せて……本当のヴィオラを」
テオドールの優しさに、心が震えた。
「なんて顔なさってるんですか、テオドール様……。でも、テオドール様、ありがとうございます。その優しいお気持ちが、とても嬉しいです」
テオドールは言い切るとその場にしゃがみ込んでしまった。自分で思っていた以上に緊張していたみたいだ。情けない。
そして、テオドールはそのままヴィオラをキツく抱き締める。
「ミシェルを思い出します」
そう言ってヴィオラは、テオドールを抱きしめ返した。ミシェルは確り者で頼り甲斐のある弟だったが、たまに甘えん坊になる事があった。
「……君の弟だよね」
穏やかなヴィオラの声とテオドールの想定していた違う言葉が返ってきて、完全に力が抜けた。人の気も知らないで、相変わらず鈍感な事だ。だが、そんな所も愛らしいと思ってしまう自分は重症だ。
「はい、私の大切な弟でした」
テオドールは見た目だけではなく、中身まで似てると思う事がある。だから、気になってしまう。だから、一緒にいると落ち着くし、ずっとこうしていたいと、思う。
「じゃあ、僕がその弟の代わりになる。そうしたら、ずっと君の側にいられるだろう」
テオドールは出来る筈もない事を口にした。自分でも分かっている。だが、これは自分の願いだ。ヴィオラの側に居たい。ヴィオラから必要とされたい。
「本当、いつも冗談ばかり仰いますね。でも、テオドール様は、本当に良い人だって思いますよ。だって私は、いつもその言葉に救われますから」
レナードがいなくなり、寂しさに押し潰されそうな時、テオドールが現れ、自分を救ってくれた。いつも、冗談を言って笑わしてくれる。たまに、真剣な表情になり本気で向き合ってくれる。そして、何よりヴィオラの事を1人の人間として尊重してくれた。
「救われてる?」
「はい、とても」
「本当に?」
「本当です」
「本当の、本当?」
「本当の本当ですよ」
何度もそう聞き返してくる子供のようなテオドールの姿を見て、ヴィオラは可愛いと思ってしまう。
「そっか」
テオドールはそう言って、実に嬉しそうに笑った。
「今は、その言葉で我慢するよ」
ヴィオラは不思議そうに首を傾げた。
テオドールはそんなヴィオラの額に口付けを落とす。瞬間ヴィオラは顔を真っ赤にした。
「て、テオドール様⁈」
「どうかした?」
「もう!揶揄わないで下さい!」
テオドールは愉しそうに笑いながら、ヴィオラを抱き上げ立ち上がった。そして、屋敷に戻るべく歩き出す。
今は、その言葉だけで十分だ。彼女の側にいれるなら、例え弟の代わりだとしても、良い人でも構わない。だが、いつか……彼女を手にするのはーー
僕だよ、ヴィオラ。
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