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「この前あたしが頭を抱えてたでしょ? 和洋中のいろんな宗教の要素がごちゃまぜになっているって。隠れキリシタンはね、二世紀以上も本場のキリスト教との接触がないまま、役人はもちろん周りの日本人にも秘密でこっそり伝えられてきた。その結果、仏教や神道やその他諸々の日本の宗教の要素が入り込んでしまって、元のキリスト教とは似ても似つかない独特の信仰に変貌してしまったの。だから明治時代になってキリスト教が解禁された後も、西洋諸国の本場の宗派に改宗しないで、その日本独特のキリシタン信仰から離れなかった人たちも多かった。隠れキリシタンという言葉はね、厳密にはその明治になっても本来のキリスト教に改宗しなかった人たちの事を指すのよ」
でも、だったらあの超自然的な力は何なんだ? 俺がその疑問を口にする前に、珍しく美紅が話に入って来た。
「でもお母さん、それじゃあの人の力は何? あれはあたしのユタとしての力と同じ。ううん、それ以上に強力だった」
「それについてはあたしに心当たりがあるわ。それを確かめるために長崎市へ向かっているのよ」
それから俺たちは長崎市内に入り、山の手側にある高級そうな住宅街へタクシーで向かった。地方都市だから一戸建ての家が多い。狭苦しいマンション住まいの俺にはうらやましい限りだ。
母ちゃんに連れられて俺たちが訪ねた家は古めかしい作りだが、その中でもひときわ立派な家だった。豪邸と言う程じゃないが、周りの家屋とは格が違って見えた。母ちゃんがインターホンを押して名乗ると、すぐに玄関のドアが開き、たぶん七十近い白髪のおじいさんが俺たちを招き入れてくれた。表情はにこやかだが、なんとなく威厳のある人だった。
応接間でソファに座り、母ちゃんが自分の名刺を差し出しながらその家の主人に言う。
「ずうずうしく押しかけまして申し訳ありません、有馬教授」
そのおじいさんは笑いながら言った。
「元教授ですわい。今は年金暮らしのただの老いぼれですけん。そげん気を遣わんでよかですよ」
元教授? 大学の先生だったのか。道理で妙に威厳があったわけだ。俺と美紅がすすめられたカステラを頬張っている間、母ちゃんはその元教授とこんな会話を交わした。
「今日有馬教授、いえ有馬さんをお訪ねしたのは深見百合子さんとその息子さんの件です。当時長崎大学付属病院の教授でいらっしゃった有馬さんは、二十年前に百合子さんに、そして十年ほど前に息子の純君にある特別な検査をなさっていますよね。その結果をお聞きしたいんです」
「それは患者のプライバシーに関わる事じゃけん、お話してええもんかどうか……」
「警察の方から事情はお聞きのはずですが」
「確かに……長崎県警を通じて警視庁から協力は要請されとります。ええでしょう。ただし、この話はくれぐれも他言無用に願います。君たちもええな?」
その元教授は俺と美紅に向かって重々しく言った。俺は思わず深々と頭を何度も下げた。美紅も深くうなずく。
「深見さんの事は今でもよう覚えとります。あんな特殊な検査の依頼を受けた事は、最初で最後でしたからな。多分もうお気づきでしょうが、確かに深見百合子さんには他に例を見ない特殊なDNAの配列構造がありました。ただ、いわゆるジャンクDNAと言うて、何のためにあるのか分からん、そういう部分に特異な遺伝子配列があったというだけでしてな。病気とか、そういう何らかの異常を引き起こすような物ではありませんでした」
「それで息子さんの方は?」
「息子さんにはそのDNA配列はありませんでした。ご存じでしょうが、子供は両親から半分ずつDNAのパターンを受け継ぎます。あの息子さん、純君と言うたか、には百合子さんのそのDNAの異常は遺伝しとらんかった。そういう事でした。ただ……」