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「らじゅうるみて!この花ちれいなの」「本当ですね。青い花びらが美しいです」
中庭のたくさんの花が咲く中で、青い花の前で足を止めてしゃがんだフィル様が、小さな手で俺を手招きする。太陽の光で肩にかかる銀髪がキラキラと光って、この世のものとは思えないほど尊い。本物の宝石と見まごう緑色の瞳に俺を映して笑う様は、胸が苦しくなるほど愛おしい。そして舌足らずに|喋《しゃべ》る言葉がかわいくて、俺の目尻は終始下がりっぱなしになる。
フィル様の隣に膝をついて共に花を眺めていると、小さく柔らかい手が俺の腕を掴んだ。
「どうされましたか?」
フィル様が大きな目で俺を見てニコリと笑う。かわいい。かわいいとしか言葉が出てこない。
「こえ、らじゅうるみたい」
「え?この花が…ですか?」
「うん!らって、らじゅうるもちれいらから」
「それは…ありがとうございます。フィル様にそう言っていただけるなんて、とても嬉しい。ですが、フィル様の方がきれいですよ」
「…や、ちれくない」
フィル様が俯いてしまった。小さな唇が尖っている。かわいい。
俺はフィル様の銀髪を優しく撫でる。
「きれいですよ。俺は、この世でフィル様が一番きれいだと思ってますよ」
「らって…かあさま…ぼくのこと、きやい」
「フィル様…」
大きな目に涙が溜まるのを見て、俺は小さな身体をそっと抱きしめた。
この小さな身体に、どれほどの不安を抱えているのだろうか。俺が全て取り除いてあげたい。ずっと守ってあげたい。俺はフィル様の傍を絶対に離れない。フィル様が生まれた時からそう決めているけど、何度でも誓う。フィル様をあらゆることから全力で守ると。
俺はフィル様の身体を優しく揺らした。
フィル様が顔を上げる。白く丸い頬が、涙でぬれている。たまらず頬に唇を触れそうになって、なんとか留まった。
「そんなことはありません。王はお忙しいので会いに来れないだけですよ。でもその代わり、俺が傍にいるでしょう?ラズールではダメですか?」
柔らかい頬に指で触れながら聞く。
フィル様は、慌てて首を振って俺にしがみついてきた。
「らめじゃない!らじゅうるっ、どこにもいっちゃらめ!」
「はい、行きません。それではフィル様、今から俺と馬を見に行きませんか?」
「うま?」
「今朝、子馬が生まれたんです」
「赤ちゃん?みたいっ」
「では参りましょう」
「うんっ」
俺が立ち上がると、フィル様も立ち上がり手を握ってきた。その小さな手が痛くないように、だがしっかりと握りしめて歩き出した。
王城の中庭に咲く青い花を見ていたら、懐かしい情景を思い出した。フィル様が三歳、俺が十一歳の頃だ。
あの時もそうだが、それ以前にも以降にも数え切れないほど誓った。絶対にこの手を離さない。ずっとフィル様の傍にいる。そう誓ったのに、結局は離れてしまった。しかも遠い国に。約束を守れなかったが、フィル様が幸せなら仕方がない。俺の代わりに守ってくれる人が現れたのだから、俺は身を引くしかない。
「しばらく会えていないが、フィル様はお元気だろうか」
青く晴れ渡った空を|仰《あお》いで、遠く離れた地にいるフィル様を思って|呟《つぶや》いた言葉に、返事が返ってきて飛び跳ねるほどに驚いた。
「僕は元気だよ。ラズールも元気そうだね。よかった」
勢いよく振り返ると、俺の大切な人が、美しい花の中で、花よりも美しく笑って立っていた。