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お久しぶりです、酔々です!
前回の話への♡、コメントありがとうございました!励みになってます
今回は前回と同じく吸血鬼パロです
吸血鬼💚×人間❤️
(3)まで続きます、お付き合いください🙇
では、どうぞ↓↓
「だから!俺はいいって何度も…!」
アルケーの怒声が響いた。いつも尊大な笑みを湛えている顔は真顔になっている。美人の真顔は怖いとか言うけど、本当だな。そう場違いなことを考えた。
「ごめん、俺にはできない」
「っ、…」
「このヘタレ野郎が、」
俺がそう言うと、アルケーは悔しそうに唇を歪めてそのまま踵を返し去っていった。俺はひとりリビングに取り残される。
扉が幾分か間の抜けた音を立てて閉まった途端、身体から力が抜けて座り込んでしまった。フローリングの冷たさが服越しに伝わってくる。
また、悲しませてしまった。
彼の顔を思い返す。お世辞にも綺麗とは言えない言葉を使ったのはあっちなのに、酷く傷付いているように見えた。でも、当然だ。だって俺のせいなのだから。
もう何度目かの喧嘩は、俺の種族が原因だった。
俺は吸血鬼というやつだ。西洋の伝承なんかに出てくる、人の血を吸って永遠に生き長らえるアレ。
俺の親はどちらも普通の人間で、俺もそのはずだった。第二次性徴期、つまり中学生の頃。吸血鬼の特徴が現れ始めた。後に判明したが、遠縁に吸血鬼がいたらしい。先祖返りかな。
このことは恋人であるアルケーも知っていて、受け入れてくれている。俺たちの間で度々問題となるのは、吸血鬼の性質、名前の通り血を吸うという特性だった。
俺は、アルケーの血を吸うことを拒み続けている。
きっかけは、一度目の吸血だった。
人間の血液は何度か飲んだことがあった。吸血鬼なのだから血液は美味しく感じると無意識に考えていたが、実際はただただ苦いだけだった。血を飲むことに抵抗は無かったが、生命維持のためであって好きでもなかった。
半年くらい前だ。晩春の、気温の高い夜だった。あの頃はまだ買い換えていなかったシングルベッドの上で、アルケーの血を飲んだのだ。
細い腰に片手を回すと、アルケーはそっと瞼を閉じた。強気な印象を与える眉は不安そうに下げられていたし、薄紅色の唇は引き結ばれていた。月光に照らされた白い肌が暗い寝室に浮かび上がって、その姿はあまりに神聖でうつくしかった。
生白い首筋にひとつキスを落とすと、肩がびく、と跳ねる。緊張しているのがありありと伝わってきた。どちらかが唾液を飲み込む音が聞こえた。
「アルケー、いい?」そう聞いたら、アルケーは何も言わずに頷いた。細くて、少し力を込めれば折れてしまいそうな首の付け根。優しく噛み付く。薄い皮膚を四本の牙で食い破って──
瞬間、鼻腔が芳醇な香りで満たされる。ぶわりと香ってくるそれは酔ってしまうほどに強烈だった。
味蕾に血液が触れると、再び衝撃を受けた。ボルドーのように渋く複雑な味わいなのに、チョコレートを溶かしたように甘い。
美味しい。美味しかった。
こんなに美味しい血を飲んだことなんかなくて、夢中で貪る。血液が喉を通る度に頭がくらくらして、脳が思考を放棄していく。
何も考えられなくなって、気がついたらアルケーはぐったりと身体を脱力させ、肩で息をしていた。牙の跡がはっきり残っていて、周りは血で真っ赤になっていた。
指先が冷えていく。彼は貧血で意識を失くしていた。
ごめん、とかだいじょうぶ?、が譫言みたいに口から漏れる。酩酊感は消え、後悔だけが胸を占めていた。
それからしばらく経って目を覚ましたアルケーは、怯えていた。俺の手が掠めただけで身体が強張り、発する声は震えていて。何でもない、と言ってくれたけど、強がっているのは明白だった。
それからは、血を飲んでいない。
飲みたくない、と言えば嘘になった。むしろ渇望してやまない。もう一度、たった一滴だっていいからあの血を飲みたい。
情事の度、食事の度、アルケーの真っ赤な舌を。回数を重ねても慣れないセックスに睫毛を震わせるのを、無防備に喉元を晒して眠っているのを見ては何度唾を飲み込んだことだろう。
けど、その度にあの日を思い出しては、本能を捻じ伏せていた。
大切にしたかったのに、暴走した。もう二度とあんな怯えた顔はさせたくない。拒絶されたくない。後悔したくない。
あの夜は俺のトラウマになっていた。
それなのに。アルケーは、吸血の許可をするのだ。
たぶん、俺の身体を気遣ってくれているのだろう。あれ以来、人間の血を飲めなくなった。適当な他人で血液を補給しようとしても、トラウマが思い起こされて牙を立てられない。もう半年間血を吸っていないから、ふつうなら体調を崩してもおかしくない。
ただ幸か不幸か、あの時多量の血を摂取したおかげで、体調不良にはなっていなかった。先祖返りだからか、必要な量が元々少ないことも一つの要因だ。まあ、時間の問題かもしれないが。
今日の喧嘩も吸血をしてほしい、というアルケーの一言から始まった。血を飲んでほしい、俺のことは気にしないでいい。望んでいるから。
望んでいるなんて。
そんなの、誰が信じられると言うのか。
もう、あの顔は見たくなかった。
【続】