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新しいマンションに入居して必要最低限の家具だけは揃えたけど、まだ前の家に残してきたものもある。
憂鬱だけどきちんと整理して捨てるものは捨てて、契約の変更と鍵の返却もしないといけない。
休みの日に勇気を出して前のマンションへ戻った。
乃愛がSNSで【今日はテーマパークデート♡】と投稿していたので、家にはいないだろうと思ったのだ。
しかし、そうではなかった。
鍵を開けて足を踏み入れると、そこにはつやつやのピンクのリボン付きハイヒールが少し乱れた状態で置いてあった。というか、片方は転んでいた。
家に連れ込みやがったなーっ!!!
最近メッセージが来ないと思ったら、優斗は楽しくやっていたようだ。
どくんどくんと鼓動が鳴る。
急に気分が悪くなってきた。
中に入って現場でも目撃したら吐いてしまうかもしれない。
でも、言い逃れできない状況をこの目で確かめてきっちり縁を切りたい!
そっとスマホの動画を起動し、そろりそろりと入室する。
きゃっきゃと可愛らしい声がする。
私がリビングのドアを開けると、そこにはソファで絡み合う優斗と乃愛がいた。
よかった。服、着てた……。
いや、そうじゃない!!
私の姿を見た優斗は驚愕し、乃愛はきょとんとした顔をした。
「は? お前、出ていったんだろ? 何? もしかして未練があるとか?」
「えー、ちょっと優くん。何なのー。今日はいないって言ったじゃん」
やばい。こいつらの声を聞いただけで頭が痛くなる。
「荷物整理に来ました。鍵も渡します。私のことは気にせず、どうぞごゆっくり」
「は? なんだよ、その態度は!」
優斗が怒りの表情で詰め寄ってきた。
彼が私の肩を掴むので、思いきり振り払う。
「触らないで。気持ち悪い」
「なんだよそれ」
「その子を触った手で触らないでって言ってんの」
それを聞いた優斗はにんまり笑った。
「なーんだ。お前、嫉妬してんのかよ」
「はああっ!? ほんとに頭おかしいんじゃないの?」
相手にするのもバカらしいけど、苛立ちが募ってつい声を荒らげてしまった。
にやにやする優斗のとなりで乃愛がクスクス笑っている。
「えー、ほんとにおばさんじゃん。優くん、かわいそー」
むっかつくー!!!
「女って感じじゃないよ。これじゃ一緒にいても癒されないよぉ」
言い返すのもバカらしいからもう無視することにした。
だけどひとことだけ。
「そんな男、あなたにくれてやるわ。結婚してあげれば? ただしマザコンだけどね」
ああ、ものすごいセーカク悪い女になってる私。
でも、いいや。乃愛の前で善人ぶるつもりなんて微塵もない。
「あと、この人は家事どころか自分の世話もできないよ。何かあればすぐお母さん呼ぶし」
「えー何言ってんのぉ? この人」
乃愛は人差し指で自分の髪をくるくるしながら唇を尖らせている。
これ以上相手をする必要はない。
私はさっさと荷物整理をして出ていくことにした。
処分するものを分けていたら優斗が背後からわざわざ声をかけてきた。
「親になんて言うんだよ?」
「あなたの裏切りにより婚約破棄しましたと言うわ」
すかさず返すと優斗は不機嫌な声になった。
「お前が悪いんだぞ。俺は家にいても心が休まらなかった。毎日紗那は愚痴ばっかりで。家は癒される場所なのに、紗那はああしろこうしろとうるさいだけ。俺が外に癒しを求めたのは紗那のせいだ」
もういい加減、相手にするのも疲れた。
私は処分するものを整理し終わると、立ち上がって優斗と向かい合った。
「わかりました。どうぞ、これからは存分に彼女に癒されてください。あ、そうだ」
私はスマホを取り出して、優斗と乃愛のふたりを写真に収めた。
「やだぁ、いきなり撮らないでよ。髪が乱れちゃったじゃん」
乃愛は写真を撮られたことより、写真の写り方を心配していて笑えてきた。
対する優斗はしっかり怒りの表情をしている。
「何やってんだよ、紗那」
私は冷めた目でふたりを見下ろしながら告げる。
「婚約破棄の理由になる証拠写真です。優斗の有責だよ」
「お前、性格悪いよ? 人としてサイテーだよ?」
「どうぞ吠えてください。では、さようなら」
もう優斗の顔も見ずに勢いよくドアを閉めて外に出た。
その瞬間、ドッと疲れが出て倒れそうになった。
気が緩んだせいかもしれない。
もしくは、もうこの家は私の居場所ではなくなったからかもしれない。
毎日帰ってくる場所だったからなのか、妙に切なくなった。
マンションを離れたところで電話がかかってきた。
スマホ画面に表示されているのは『優斗の母』だ。
なんというタイミング。というか、優斗が連絡したのだろうか。
何を言われるのか、だいたい予想はできる。
覚悟して通話を押すと、優斗の母の高らかな声が耳をつんざくように響いた。
『ちょっと紗那さん、結婚をやめるってどういうこと?』
私はあくまで冷静に答える。
「そういうことです。詳しくは優斗くんに聞いてください。あちらに原因がありますから」
『たかが浮気で心の狭い女ね。あたしの頃はねぇ、浮気する男ほど甲斐性があるって……』
「はい。私は心が狭いのでどうぞ他のお嫁さんを探してくださいね」
『もう親戚やご近所にも報告しちゃったのよ! どうしてくれるの?』
そんなこと私の知ったことか。
「なんなら、浮気相手の乃愛ちゃんをお嫁さんにしてあげたらいかがですか? 優斗くんにもそのようにお伝えしておきましたから」
言いながら、本当に自分が言っているセリフなのかわからなくなった。
それほどに私は感情が高ぶっていて、もう優斗母相手に遠慮する気も起こらない。
『まあ、なんて意地の悪い。あなたがそんな性格だなんて思いもしなかったわ。優斗が可哀そうよ』
「可哀そうなのは私ですよ。勘違いしないでください」
強い口調で返したら、向こうは急にもごもごした。
どうしても私を悪者にしたいのか、優斗母は矛先を私の家族へ向ける。
『だいたいあたしは最初から気に入らなかったのよ。あなたの両親も愛想のない陰気な人たちだし……それにね、両家の挨拶のときにあなたの母親は』
「もう、いいですか?」
『はあ!?』
途中であっちの言葉を遮ったら、優斗母はすっとんきょうな声を上げた。
「あとのことは優斗くんに聞いてください。もし慰謝料の件がありましたら後日話し合いをさせていただきます」
『な、何を言っているの? 慰謝料だなんてバカなことを言わないで! 慰謝料を払うならあなたよ!』
「こちらには優斗くん有責の証拠がありますから」
『あなた……なんて性根の悪い女なの!』
「なんとでも言ってください」
もう疲れちゃった。
優斗も優斗の母も話が通じないんだから。
「それでは失礼します」
ぶつりと電話を終了させた。
正直この人たちと縁が切れるなら慰謝料などどうでもいい。
私はまだ失ったものが少ないし、優斗と同じ会社だけど部署が違うから会うことはないだろうし。
一気にいろんなことがあって頭痛がしてきた。
けれど、今日はこれで終わりじゃない。
私にはまだやるべきことがある。
重い足をひきずるように向かったのは私の実家だ。