テラーノベル
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「メェェェェェェ!!」
巨大化したコットン・キャンディ・シープが、教室中に響く鳴き声を上げた。
一匹だけではない。三匹だ。
さっきまで綿あめみたいに愛らしかった羊たちが、天井に届きそうなほど膨れ上がっている。
「きゃあああああっ!」
「逃げてっ!」
客席から悲鳴が上がった。
テーブルがひっくり返り、紅茶のカップが床に落ちる。
客たちは一斉に出口へ向かおうとするが、羊が一跳ねするたび、床が地震のように大きく揺れた。
ふわふわの毛にぶつかった椅子が軽々と吹き飛ばされていく。
「アレク、水を!」
私は教室の隅を指差した。万が一に備え、水を張ったバケツを用意しておいたのだ。
しかし――。
「メェ!」
暴走した羊の一匹が跳ねた。
――ばしゃん!!
あっという間にバケツは見事に蹴り飛ばされ、水は羊にかかる前に床へ広がってしまった。
(嘘でしょ……!)
三匹同時、しかもこの巨体。
「皆さん、こちらへ!」
フローラが床に両手をついた。
翡翠色の魔力が波紋のように広がり、床板の隙間から蔓が一気に伸びる。
蔓は客席の前で絡み合い、緑のシールドとなって人々を守った。さらに別の蔓が、暴走した羊に巻きつく。
「止まってください……!」
だが、羊の毛はなおも異様に膨張し続けた。
――ブチブチィッ!
「だめです……! 蔓が弾かれてしまいますっ!」
それでもフローラは、客席の盾だけは維持し続けていた。
けれど、もう一匹の羊が、逃げ遅れた生徒たちの方へ跳ねた。
「下がってくださいませ!」
凛とした声が響いた。リリアンヌだ。彼女はフリルのスカートを翻し、腰に隠し持っていた細剣を抜いた。
銀の刃が、教室の照明を受けて鋭く輝く。
「ここは、私が!」
逃げ遅れた生徒の前に立ち、リリアンヌは果敢に羊の懐へ踏み込んだ。
その鋭すぎる剣筋は、とても素人には見えない。
けれど――。
――ガキィィンッ!!
鈍い金属音が響き、刃が羊の毛並みに弾かれた。
「……っ!」
リリアンヌの腕が大きく跳ね上がり、彼女の体がよろめく。
「そんな……この毛、鋼より硬いんですの……!?」
羊の瞳が、赤くぎらりと光る。
その巨体が、リリアンヌへ向かって容赦なく跳ね上がった。
(まずい――!)
その瞬間。
「焼き払う」
剣を抜いたアレクの背後から、赤黒い炎が立ち上がった。
「待って!」
私は反射的に叫んだ。
「ここで炎は使わないで!」
「なぜだ」
「厨房には火炎魔石も油もあるのよ! 装飾も布だらけ。ここで火を使ったら、羊どころか教室ごと火の海になるわ!」
「……」
アレクの魔力が、寸前で止まる。
私は必死に周囲を見回した。
水。
大量の水。
三匹同時に浴びせられるほどの水が必要だ。
(局所的な水じゃダメ。……何か、何か手は……!)
その時、視線が天井で止まった。等間隔に埋め込まれた、防火魔石と防火用の散水魔道具――。
(あれは……前世でいうところの、火災報知器とスプリンクラー……!?)
(いける。あれなら、教室全体に雨を降らせられるわ!)
「アレク!」
私は天井の魔石を指差した。
「天井の防火魔石を壊して!散水魔道具を作動させるのよ!」
「……分かった」
アレクが床を強く蹴った。
黒いオオカミ耳を揺らしながら驚異的な跳躍を見せ、天井の魔石へと剣の柄を叩き込む。
――ガンッ!!
一瞬の静寂。 直後。
ザアアアアアアッ!!
天井の散水魔道具が一斉に作動した。
大雨のような水が、教室全体に激しく降り注ぐ。
「メェ、メェェ……」
暴れていた羊たちの毛が、みるみるしぼんでいった。
天井に届きそうだった巨大な毛玉が、あっというまに二回り、三回りと小さくなり、元の愛らしい姿に戻っていく。
「ふう……」
私は深く息を吐いた。
床は水浸し。客席は大混乱。羊たちはぐったり。それでも、みんな無事だ。
(よかった……本当に、よかった……)
「きゅいっ! きゅいっ!」
ルピが私の服の袖を引っ張った。
「ルピ?」
ルピは一直線に、さっきまで暴れていた羊の一匹へと駆け寄った。不安そうに鳴きながら、何度も私の方を振り返る。
羊はぐったりと床に横たわっていた。その傍らには、吐き出したのだろうか、クッキーのかけらが落ちている。
「やっぱり、これが原因なのかしら……?」
その時、教室の入口から声がした。
「バイオレッタ! さっきすごい音がしたけど、大丈夫?」
レオンだった。学院案内を終えて戻ってきたらしい。
彼は水浸しの教室と、ぐったりした羊たちを見て、すぐに表情を変えた。
「……何があったの……?」
「餌やり体験中に、羊が急に暴走したの。このクッキーに何か入っていたのかもしれないわ」
レオンは無言で羊に近づくと、その体にそっと手をかざした。白い光が、彼の指先に集まる。
さらに、クッキーの欠片に手で風を送って匂いを確かめた。
「……なるほどね」
彼は冷たい声で呟いた。その瞳には、昏い怒りが宿っている。
「羊の体内に残った異常な魔力の流れ。それに、このクッキーの独特な匂い……魔力増強剤だね」
「魔力増強剤……?」
「一時的に魔力を爆発させる薬だよ。ただし、制御を失えば魔力暴走を引き起こす。王国内では製造も所持も禁止されている、危険な禁薬だよ」
「つまり……」
私はクッキーの欠片を見つめ、背筋が凍るのを感じた。
「誰かが故意に、この子たちの餌に混ぜたってこと……?」
「そうだね。目的は、この店を……いや、僕たちを潰すことだろうね」
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