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レトは、残ったジャガ煮をお弁当のような器に入れて、鍋を空にする。
そして、私は料理を始めた。
「かけらは僕に何を作ってくれるのかな?」
「私の住んでいたところでは、ジャガみたいな野菜を薄く切って作る料理があるんだよ。
ポテトチップスっていわれているものなんだけど」
「初めて聞く名前の料理だね……」
用意してもらった調理道具を使って、ジャガを薄く切る。次は鍋に……。
油がないことに気付いて、ぴたりと手を止める。
「ところで、この国には油ってあるの?
揚げたり、炒めたりする時に使う物なんだけど」
「料理に使う油か……。
僕は聞いたことがないな……」
「うーん。レトが知っていそうな物で油の代わりになる物は……」
今までレトが話してくれたことを思い出す。
肉がない理由は“動物を大切にしている”から……。
もしかしたら、この国には動物がたくさんいるのかもしれない。
それなら、牛やヤギも飼っていたりするんだろうか……。
「バターが油の代わりになるかな……?
新鮮なミルクを容器に入れて、いっぱい振っていればできるはずなんだけど……」
「ミルクならこの国にもあるよ」
「本当に!?」
「この近くの村に知り合いがいるから、ミルクを少し分けてもらおう。
さっき作った僕の料理も余っているし、それと交換で……」
申し訳ないけど、その不味い料理は渡さない方がいいと思う……。
そう言いたいけど声には出さず、心の中にしまっておくことにした。
「風が冷たくなってきた……。
夕方になってしまうから急いで出発しよう」
「近くに村が見えないけど……」
「ここは、世界で一番広い草原を持つ国だからね。
馬に乗って移動するんだよ」
パンパンッと手を叩いた後、馬が私たちの方に向かって走ってくる。
レトが頭に触れると嬉しそうにしている。どうやらとても懐いているようだ。
「この子は僕の相棒の“馬”だ。
移動する時にいつも世話になっているよ」
背中に羽が生えたりしてない。私の知っている馬と一緒で安心する。
荷物をまとめてからすぐに移動するのかと思いきや、レトはリュックから大きな布を取り出して渡してきた。
「かけらの着ている服は、グリーンホライズンでは珍しいから、村人を驚かせてしまうかもしれない。
僕のマントを頭から被っていた方がいいと思うんだ」
確かに、私の作業着は薄い黄色だから、普通の服より目立つ。
ここまで隠す必要があるのか分からないけど、この国のことを全く知らないから、レトの言うとおりにする。
「これも使って。頭からずれ落ちないようにするための紐だよ」
頭から被ってもぶかぶかするほど大きいマント。
それを首周りで固定できるように紐で結ぶ。
これなら脛の辺りまで隠すことができそうだ。
マントの位置を直した時、花のようないい香りがした。
この香り、なんだか落ち着く……。
「それじゃあ、行こうか。
かけらが先に馬に乗って」
「馬に乗ったことがないんだけど、落ちないかな?」
「僕の体を掴んでいれば大丈夫だよ」
「えっ!? レトに触っていいってこと……!?」
「嫌だったかな……?
触らないと落ちてしまうと思うから。……って、また僕は節操のないことをして……。
いや、これは安全に乗るために仕方がないことだから許して」
「嫌とかそういう問題じゃなくて、私なんかが、レトに触れていいのかなって思ったから……」
「僕がいいって言っているんだから気にしないで」
とりあえず、馬には乗れた。でも、レトの体に触るのが恥ずかしくて、どんな風に掴まればいいのか混乱してしまう。
もたもたしているうちに馬が走り出して、バランスが取れなくなって落ちそうになる。
恥ずかしがってる場合ではない。思い切って、レトにぎゅっと抱きつくことにした。
「かけら、そのままでいてよ。
僕の馬は走るのが早いからね」
レトに触れているせいで、ドキドキと鼓動が早い。
そして、温かくてふわふわした気分で……。
恋人たちがデートをしている時は、こんな感じなんだろうか。
体が熱くなっているから、きっと顔も赤くなっているだろう。
こんなにも恥ずかしいところを出会ったばかりのレトに見られたくない。
後ろに乗っていてよかった。
「広い草原を一気に駆け抜けるのは、気持ちいいと思わないかい?」
「うん……。最高だね!」
水色からオレンジ色に染まってきた空が見える。
仕事が終わったあと、疲れた顔をしながら帰り道を歩いていた。その時に見ていた夕焼けとは違う。
この空はなんだか、とても美しく感じる――
村が近くにあるとレトは言っていたけど、意外と遠かった。辺りがだんだん暗くなってくる。
勢いよく走っていた馬は速度を落としから獣道に入った。
草を掻き分けながらゆっくりと歩いていく。
「そういえば、塩っていう物が気になるな。
水は蒸発すると消える、ってことしか分からないから、どういう物なのかなって……」
「塩は、白い結晶みたいに見える物かな。
落とすと拾うのが大変なくらい、一粒一粒がすごく小さいの」
「そうなんだ。……もうすぐ着くよ。
馬、いつものところへ頼む」
「詳しく指示をしなくても、目的の場所に連れて行ってくれるんだ。天才だね。
この子の名前はなんて言うの?」
「名前は“馬”だよ。」
「ヒヒーン!」
その名前に納得しているからなのか、馬は高らかに鳴く。
単純すぎるネーミングだ。他に候補がなかったんだろうか。
「レト様! 馬様!」
木が立ち並んでいる暗闇から、急に誰かの声が聞こえてきて私はビクッと驚く。
馬が足を止めると、レトはその声がした方へ向かった。
「久しぶりだね、ジイ」
「馬様の鳴き声が聞こえたので、急いで来ました。
レト様、お会いできて嬉しいです。
……そちらのお方は?」
ミルクを持っている知り合いというのは、ジイという名前の人なんだろうか。
馬に乗ったまま挨拶をするのは申し訳ないから私も降りることにした。
ジイさんは、白くて長い髪とふさふさの髭が目立つ老人だった。
腰を曲げていて、年季が入った杖を持っている。
「初めまして。かけらと申します」
「お主……」
ジイさんは、何か疑っているように、私をじろじろと見てくる。
服はマントで隠すことができているはずなのに、どうして……。
「ねぇ、ジイ。
急で申し訳ないんだけど、ミルクを分けてくれないかな?」
「分かりました。レト様の頼みでしたら喜んで。
ここでは体が冷えてしまいますので、ワシの家の中でお待ち下さい」
「ありがとう。お邪魔するね」
ジイさんの家がある方に向かって、馬を連れて歩く私とレト。
背丈の高い木がいくつも立っていて、小さな道を囲っていた。
左右に首を振って辺りを見ていると、複数の明かりがここから離れた場所に見えた。
近くに、他の人も住んでいるのかもしれない。
「ここがジイの家だよ。子供の頃からジイにはお世話になっていてね、よくここで遊んでいたんだ」
そこは、木で作られた壁と屋根の小さな家。
離れて見ていても気づくほど、所々の隙間が目立つ。
中に入ってみると、それがよく分かる。
冷たい風を防ぐことができていなくて、土の床に置いてある焚き木の熱が外に逃げていく。
「ジイの家は、かけらにとって珍しいかい?」
「こういう家に入ったことがなかったから、新鮮だなって思って……」
部屋を明るくしているのは四本の松明。
家中見渡しても電球らしいものはない。
玄関に薪をたくさん積み重ねているから、この家には電気が通っていないのだろう。
「この国は、街から離れている場所に電気が通ってないの?」
「デンキ……? 本のことかな?」
「つまり電気がないってことね」
私が常識だと思っていることを話してレトが首を傾げたら、この国では非常識だということなのかもしれない。
そんな話をしていた時、ドアがギィッと音を立てて開く。ジイさんが来たようだ。
「竹で作った筒にミルクを入れてきました。
どうぞお使いくださいませ」
「ありがとう。助かるよ」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます。
王都から離れた田舎に来てもらえて嬉しいのなんの。
急ぎ、村の皆を呼んでレト様に満足していただけるような食事をご用意いたしますので」
「いや、その必要はないよ。
ミルクのお礼に僕の作った料理を受け取って」
レトの自信作のジャガ煮。
ジイさんはどう思うのか……。
「ジャガ煮を作られたのですか!
レト様の手料理を分けていただけるなんて……。
生きていると、幸せなこともあるものですな。冥土の土産になります」
目に涙を浮かべる姿を見て、とても喜んでいるのが分かる。
小さい頃から付き合いがあると言っていたから、レトの成長を感じて喜んでいるのかもしれない。
「よかったね、レト」
「お主、何を言っておる!」
急に、杖でコンッと強く床を叩いたジイさん。
眉間にシワを寄せていて、怒っているのか私を睨んでくる。
「レト様に敬意を払わないで話すとは無礼であろう!
今すぐ地面に座り、頭をつけて謝りなさい」
おまけに杖の先を向けてきて怒鳴りつける。
なぜ、そんなことを言われないといけないのか分からなくて、固まってしまう。
「ジイ、やめてくれないかな。僕は――」
「レト様は、次期国王になるお方です。
振る舞いが分からない者を正すため、きちんと謝らせないといけませぬ」
聞き間違いだろうか。
今、ジイさんは“王”と言ったような……。
「どっ……、どういうこと……?」
混乱した私はゆっくりとレトに視線を向ける。
すると、私の方を向いて一礼してから、胸に手を当て、真面目な表情で口を開いた。
「教えるのが遅くなってごめん。
僕はグリーンホライズンの第一王子。
次の王になる者さ」
レトがこの国の王子様……!?